気晴らしのお茶会
孤児院でトラブルがあって以降、孤児院へ行く許可が下りず悶々とした日を過ごすことになったエレナは、母親が開くお茶会に参加することになった。
本来お茶会はこのように別のパーティの準備で忙しい最中に行うものではないのだが、エレナが久しく交流していないご令嬢たちとの親交を、お披露目パーティの前に深めておくことを目的としたもので、そうしておくことでパーティ当日に孤立する確率は減るし、何より気晴らしになればと考えたのだ。
だから今回はエレナと同年代のご令嬢を持つ母娘を招待する形で開催されていて、母と娘でテーブルを分けている。
エレナも母親の気遣いを理解して参加を決めたので、あまり交流のないご令嬢の話は退屈に感じながらも、にこやかに相槌を打っていた。
「あなた、エレナ様のお話、聞きました?」
「どうかされましたの?」
「先日、あの憎き新興貴族のご子息から、市井の民を守ったってお話ですわ」
「まぁ、そうなのですの?」
「もう、その話を聞いてからエレナ様は私の憧れになったわ。身を呈して市民を守る女騎士のようで、素敵じゃない。第二のブレンダ様だわ」
孤児院での出来事はまだ公にはなっていないし、まだあれからそんなに日が経っていない。
だが、社交に強い彼女たちはその事をすでに耳にしているようだ。
第二のブレンダというのは、ブレンダを姉と慕うエレナとしては嬉しいが、ブレンダが本物の騎士であるのに対し、エレナはただの高位な令嬢で、実際にエレナと女性を守ったのは自分の護衛騎士だ。
話が大きくなっていることを懸念として捉えたエレナは、盛り上がっている令嬢の会話に割って入った。
「守ったというほどのことはしていないわ。訪問先の孤児院にいる女性を力で抑えようとしていた男に少しお説教のようなことはしたけれど……」
エレナがそう言うと、ご令嬢たちはその話が本当なのだと逆に前のめりになった。
「もう、エレナ様、それは謙遜ですわ。虐げられていた市井の民と貴族の間に立ちはだかって、彼らをかばい、戦われたという話ではありませんか」
社交界で広がった噂にはどうも尾びれや背びれがたくさんついているようだ。
確かに間に立ちはだかったが、エレナが戦ったわけではない。
その場にいたケインではないが、振り回していたのも殺傷能力などないおたまだし、彼が孤児院の人たちに権力を振りかざしたように、自分が彼に対して振りかざしたのも権力だ。
彼からすれば、エレナがいたことが不運で、知らずに立ち向かった相手が悪かった、というだけである。
「それにしても、もう彼らの言葉が皆さまの元に届いているの?」
孤児院から市井に、そして貴族の耳に入るには期間が短すぎる。
どこからその話を聞いたのか。
エレナが小首を傾げると、ご令嬢は口元を隠して言った。
「あら、市井の声など届かなくても、貴族の声は届きますのよ」
「そうですわ。エレナ様があの不届き者を成敗したという話は、された貴族が別の貴族にその話をしたことで有名になったのですわ」
なんと出所は男本人らしい。
ご令嬢たちの話によると、男が取引先である別の貴族男性達との酒の席で、女ごときが男に反抗しやがってという愚痴を始めたようだが、相手が話を聞いてみれば、男に反抗したという相手がエレナで、男のしようとしていたことも人目のあるところで賛同できるような内容ではなかったため、聞いていた貴族男性はすぐに話を切り上げて彼から離れたのだという。
酒に飲まれていた男は、自分の意見に賛同されなかったことに癇癪を起していたそうだが、その原因を貴族男性が他の人物に話したことで、あっという間にご夫人、ご令嬢の耳にも入ることになったそうだ。
「そう、では私はさぞ恨みを買っているのでしょうね」
爵位制度も理解できず、女である相手に見下されたと触れ回ってしまうくらいの人物なのだから、逆恨みされているかもしれない。
エレナがため息交じりにそう言うと、ご令嬢たちは次々と声を上げた。
「大丈夫ですわ!皆、エレナ様の味方です!」
「あのような者は社交界から追放でよいのです」
「本当にその通りだわ!」
男性に比べて女性の方が立場が弱いことに代わりはない。
ましてや貴族というだけで、本人が爵位を持てる可能性の低いご令嬢たちは、そのような男たちをうまくあしらって生きてきたのだ。
それが社交でうまくやっていくことだと教育されていたし、男性に取り入るためにも嫁に行くためにも必要なことだから、そのような扱いを不満に思いながらも我慢していたのだ。
けれどエレナはそこに一石を投じてくれた。
自分たちにできないことをしてくれただけで充分尊敬に値する。
「そう言ってもらえると心強いわ」
エレナがそう言うと、そこに便乗する形でどんどんと話は盛り上がっていく。
敵に回らないでくれただけで充分という意味でそう言ったつもりだったが、ご令嬢たちもよほど不満を抱いていたのだろう。
身の程を知らない男など貴族社会には不要、自分たちもその男を相手にするつもりはない。
彼女たちは口々にそう断言し、家としては男との取引もこの先行わない予定だと話していた。
貴族たちにとって確かに男との取り引きは有益だった。
流行の最先端を取り入れる、流行を生み出す、そうすることで社交界を牽引する力を持つことができるわけだが、そういったものを調達してきているのがまさにその男であり、男は様々な貴族にそのような商品や情報を宛がって、利益を上げていた。
そして男は一人の貴族に取り入る訳ではなく、複数の貴族に興味のありそうなものを割り振ることで、同時多発的な流行を生み、流通を操作する能力が高い。
彼の操作によって、貴族たちは軋轢なく自分を流行の発信者とすることができていたのだ。
その恩恵を受けるため、貴族は自分の得意分野の商品で新作が出たら男に情報を回してもらえるよう交渉し、男もその約束は違えず、最初は契約した相手にしかその情報を回さないようにしていた。
そうすることで信頼関係を築くことにも成功していたのだ。
けれどこの一件で貴族たちは、王族を敵に回してまで男と取り引きをするのは悪手であると判断した。
今回男は、エレナを、王族を敵に回してしまった。
最初は勘違いだったため、そこで穏便に済ませていればこのようなことにはならなかったかもしれない。
ところが男は、その場の暴言だけではなく、社交の場でエレナを見下す発言をしてしまった。
つまり勘違いでも何でもなく、そういう反逆の可能性のある思想を持つ者と男は周囲に認定されたのである。
これを貴族として容認すれば、それこそ不敬罪で男と一緒に牢屋に収監される可能性がある。
商品そのものは良質だが、人間性に問題が大きい。
うまく取り引きだけできればいいが、付き合いが長くなればなるほど、同類とみなされる可能性がある。
社交界でうまく生きていくために行っている取り引きで、社交界からはじき出されては意味がないのだ。
だから男がどんなに頑張っても、悪事に手を染めてまで流行の最先端の商品を手にしたとしても、本当はもう売り先がない状態になっていた。
けれどその情報を与えられていない男は、まだそれを知らない。
男は落ちるところまで落ちてしまっていたのだ。
失うもののない人間の暴走ほど怖いものはない。
エレナは軽い気持ちで発したかもしれないが、情報が男の耳に入った時、逆恨みでエレナに害を及ぼそうとする可能性が高い。
ご令嬢たちの話を遠巻きに聞いていたエレナの護衛騎士たちは、顔を見合せながら、さらに警戒を強める必要があると判断して、その意思を確認するのだった。




