暇つぶしと宿題
無事にお茶会前のお茶とお菓子が決定し、エレナはお茶会が開催される日を待つだけとなった。
これから王妃が数名の知人に招待状を送り、返事を待ってから正式な開催が決まるため、お茶会まで日にちはたっぷりと空く。
一時期は調理場に通うことが多く、掃除や洗濯の回数も減っていたが、いつの間にか元の生活に戻りつつあった。
ちなみに基礎訓練は早朝に行っているため、このスケジュールの影響を受けることはなく、変わらず続けられていた。
「あの、エレナ様……」
「何かしら?」
その日も元気に部屋の掃除を始めたエレナに侍女が話しかけた。
「そろそろお茶会の日が近くなりましたし、お掃除や水洗いは控えた方が……」
「あら、疲れを残したりしないから大丈夫よ?」
動き回っていることを心配されていると考えたエレナがそう答えると、侍女は首を横に振った。
「そうではありません。あまりお掃除やお洗濯に力を入れておりますと、またお肌が荒れてしまいます。エレナ様を傷だらけの手でお客様の前にお出しするわけにはまいりませんので、差し出がましくもお控えいただきたいと申し上げました」
侍女は以前、家庭教師に注意を受けたこともあり、勇気を出してそう言った。
するとエレナは掃除の手を止めると、少し考えて答えた。
「わかったわ。でもここは中途半端になってしまうから、これが終わったら、しばらくお掃除は控えるわね。冬ならいいけれど、いつまでも手袋を付けたままでごまかせるわけではないもの。不審に思われても困るもの」
侍女はその言葉を聞いて安堵した。
なぜかエレナは手が空くと掃除を始めたり洗い物をしようとしたりして、働き始めてしまう。
良い働き手にはなれるだろうが、エレナに求められるのはそこではない。
その日は何も準備をしていなかったため、掃除をきりの良いところまで終わらせると、お茶をしながら家事のできない時間を一人でつぶさなければならなかった。
手の荒れる作業を止められたエレナは、翌日から刺繍を始めた。
大判のハンカチサイズのデザインをいくつか考えると、早速作業を始める。
昔は懸命に技術を磨くために頑張っていたが、今はただの暇つぶしである。
すっかり作業に慣れてしまったためか、デザインを考える時以外は手を動かしながら話もできる。
そのため、侍女たちは代わる代わるエレナの話し相手をすることになった。
「ねぇ、あなたはたくさん時間のあいた時は何をしているの?」
初めて話し相手を担当する侍女へはたいていこの質問から会話が始まる。
たくさんの人に話を聞けばその答えも色々で、エレナはその中から自分にできる暇つぶしはないかと模索している状態だ。
「そうですわね……。あまり時間の空くことがございませんけれど、読書などはいたしますよ」
「私はお茶をしながら何時間も休むのが苦痛ではないものですから……」
「そうですわね、家族にプレゼントするために刺繍をして過ごしております」
暇つぶしの方法を尋ねると、結局、刺繍、読書、お茶など、エレナが現在退屈に感じているものばかりが候補として出てくる。
「皆、似たようなものなのね……」
話をしながらも手が止まらなくなったため、部屋には徐々に完成品が増えていった。
「あまり同じものをたくさん作っても、使いきれなくて無駄になってしまうわね……」
カゴいっぱいになりつつある完成品の量を見てエレナがつぶやいた。
「お茶会までの辛抱です。私たちも何か考えてみますから……」
侍女たちもエレナをなだめることしかできない。
「できることが少ないって、退屈になるということなのね。もっと色々なことができるようになれば、こんな思いをしなくてもすむのかしら?」
エレナは用意されたお茶を一口飲むと、何となく再び刺繍に目を落とすのだった。
「エレナ様、最近はまた刺繍を始められたそうですね」
「ええ。お茶会までは家事の回数を減らすように言われてしまったの。手が荒れてしまうからって……」
「そうでしたか」
このままではお茶会が終わったら家事を再開しそうである。
人前に出る機会が増えれば、その度に掃除を中断させることになるのだろうから、何とか家事以外にもやりがいを与えなければならないと家庭教師は思った。
家庭教師が考え込んでいると、エレナは続けた。
「でも、同じものをたくさん作っても、こんなに使いきれないわ。掃除の回数も減ってしまっているから、毎日使うわけでもないし。このままじゃ、使う量より作る量が多くなってしまうわ」
「そうなのですか?」
暇つぶしとは言うが、エレナの刺繍の腕はかなり良い。
エレナは手先が器用なのである。
「もうこんなにできてしまったわ」
エレナは一度席を立つと、家庭教師の前に完成品の詰まった籠を持ってきた。
折りたたんできれいにしまわれた大判のハンカチがずらっと並んでいる。
「まあ、素敵なものばかりで……、まるでお店のようですね」
家庭教師が笑顔でそう言うと、エレナはため息をついた。
「でも、ここではこうして溜まっていくばかりよ。もう、この部屋のカーテンとかベッドに刺繍してしまおうかしら……。刺繍をするために部屋に居ることはできるのだもの」
そんなエレナに家庭教師は尋ねた。
「前に刺繍が楽しかったのは、プレゼントする相手のことを考えていたからではありませんか?」
そう言われてエレナは考える。
確かにケインや家庭教師にどんなものをあげようか考えている時、それをよりよく完成させようと考えている時、刺繍は楽しかった。
「そうね。確かにそうだわ」
「では、また、その相手を決めて作ればよろしいのですよ。そうすれば刺繍は退屈になりません」
「でも、できたものを全部渡されたら困ってしまうわよね……」
技術もスピードも向上してしまったエレナは一日で複数の物を仕上げてしまう。
お茶会までに何枚完成品ができてしまうか想像がつかない。
「それは同じ方のことを考えてしまうからではありませんか?新しいものを考える際に違う方のことを考えればいいのですよ」
「でも、これを使ってくれそうな人はあまりいないわ」
「エレナ様のお近くにいるではありませんか」
家庭教師はそう言って侍女の方を振り返って尋ねた。
「ここでは掃除の際に使うかぶり物に指定はあるの?」
「はい。白いもので統一するように言われており、制服と共に支給されております」
「支給される指定のものが……。そうなのですね。ありがとう」
家庭教師は何かを考え始めた。
「先生?」
「いいえ、何でもありません。まずは授業を始めましょうか。エレナ様にお時間があるようでしたら、私がいない時に行う課題、学校では宿題という言い方もしますが、そういうものを追加してもよろしいですよ」
「宿題?」
「はい。一人で時間を作って行う課題です。一人で考えて答えを出す訓練にもなりますし、授業の予習や復習にもなるのです。今までは家事などにお時間をたくさん使っておりましたし、ここでも充分に勉強はできていますからそういうのは避けてきたのですが、お暇ということでしたら、何か考えてみましょう」
「ええ。ありがとう」
こうして翌日、エレナには家庭教師から時間つぶしのための課題が別に与えられることになるのだった。




