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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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おたまと剣

「何されているんですか……」


馬車が見えなくなってようやく剣を収めると、振り返りエレナに近付きながらケインは言った。

本当はもっと言いたいことがたくさんある。

なぜ自分たちに命令して様子を見に行かせるなり、女性を助け出すように言わなかったのか。

なぜ自分の身の安全を優先しなければいけない立場のエレナが、率先して現場に向かって飛び出して行ったのか。

それでは守る方が大変になるだろう。

それとも、頼むのに自分たちでは役不足なのか。

もっと立場をわきまえて、感情のままに動くのは止めてくれ。

何より、追いかけていたのに一瞬見失った時、大きな不安があったのだ。

自分はエレナの身が心配で仕方がなかった。

それらの言葉をケインは必死に飲み込んだ。



ケインの言いたいことが何となく察せられた他の護衛二人も、じっとエレナを見下ろして動かない。

自分たちにはできない説教を、おそらくケインがしてくれるだろう。

それならせめて、エレナが説教から逃れることのできないよう、脇を固めるべきだ。

そう考えて、それとなく協力する。

エレナの背に庇われている女性に、圧がかかってしまっているのは申し訳ないが、とりあえず少し我慢してもらうしかない。


「何って、自分の地位を勘違いした貴族に意見しただけよ?」


左右と正面、三方を護衛騎士に囲まれた状態のエレナは、とりあえず正面のケインをまっすぐに見据えて言った。

その答えを聞いてエレナらしいと思いながらもケインはため息をつく。


「自分で立ち向かうなど……。他に方法はなかったのですか?」


自分から危険に率先して飛び込むなと、エレナがクリスに注意されていたのを知っているケインがお小言を言うと、エレナは三人を見まわしてから小首を傾げた。


「だめだったら声を上げるつもりだったのだけれど、あちらが先に大人しくなったのよ。それにあなたたちは追いかけてくると分かっていたし」


護身術も学んでいるわとエレナが言うと、ケインは頭を抱えて言った。


「……ですがおたまでは戦えないでしょう。相手に手練れがいたらどうするつもりだったんですか。私達が間に合わなかったら……」


相手が騎士だったら、もし護衛を付けていたら、間違いなくエレナは一発で一捻りにされていただろう。

幸いにも馬車にそれらしき者はおらず、御者も用心棒を兼ねていなかったようで、手を出してくることがなかったというだけだ。

これは運が良かっただけとしか言えない。

けれどエレナはそんなケインに、呑気な答えを返す。


「これはお鍋をかき回してた時に来たから、たまたま持ったままだっただけよ?人を指すにはちょうどよかったけれど」


このくらい剣が軽ければいいのにと、エレナはおたまを縦にぶんぶんと振る。

おたまについていた汁はすでに落ち、乾いているし、熱も冷めているが、当たらないようにとそれとなく騎士たちは距離をとる。


「わかりましたから、振り回さないでください」


ケインが止めようと声をかけるが、今度は縦に振るだけではなく、突き刺す動作なども試し始めた。


「振り回してないわ。剣もこのくらい手軽に振れたら素敵よね、とは思ったけれど」


そう言いながら片手で振れる、長さのちょうどいいおたまが気に入ったエレナは楽しそうに片手で剣を使う真似事をしている。


「わかりましたから、いつまでも振ってないでください。そろそろ調理場にそれを返してあげないと、皆がスープを飲めなくて困ってしまいますから」


皆がスープを飲めない、そう言われたエレナは動きを止めておたまを見た。

そう言えば調理場で予備のおたまを見かけたことはない。

これがなければ煮込むことはできても、混ぜることはできないかもしれない。

どうしても混ぜるのが必要であれば他のもので代用できなくはないが、掬うものがなければ食べ始めるのは無理だ。

冷静になったエレナはようやくおたまを下ろした。


「……それはそうね。戻りましょうか」


そうしてエレナは振り返ると微笑みながら言った。


「あなたも大丈夫?たぶん食事ができているから一緒に戻りましょう」

「は、はい……」


女性は微笑むエレナと、その背後にいる護衛騎士を見上げると、引きつった表情で返事をするのだった。



「ごめんなさい。途中で離れちゃって。見ていてくれてありがとう。これ、役に立ったわ」


そう言ってエレナがおたまを差し出すと、調理場でスープを見ていた女性は、おたまを受け取り、軽く水洗いしてから鍋をかきまぜ始めた。

彼女は何も言わないが、その顔には笑みが浮かんでいる。

その横にいた男の子は目を輝かせてエレナを見上げて言った。


「姫様すごいや!ボクも姫様みたいに、みんなを守れるようになりたい!騎士様もかっこいいと思ってたけど姫様もかっこよかった!」


実は子どもも大人も、一連のやり取りを孤児院の中から見ていた。

出るなと言われたので中にいたこともあり、男の声は聞きとりにくく良くわからなかったが、エレナの声はとてもよく響いて、皆、内容もしっかりと聞きとれていたのだ。

その時のエレナの凛とした佇まいに、騎士にも引けを取らない強さを皆が感じ取り、思わずため息が出たほどだ。


「本当なら私どもの役目ですのに、申し訳ありません。面目ないとしか……」


本当なら院長への報告を先にすべきなのに、おたまを返すのが先だと、エレナは迷わず調理場に足を運んでしまった。

それを知った院長は慌てて調理場に足を運び、入口でそう言うなりエレナに頭を下げる。


「気にすることはないわ。あなた方は何も悪いことはしていないのだから」

「はい」


確かに院長も孤児院の皆も何も悪いことはしていない。

けれど本来ならばこれは孤児院で解決すべき問題で、エレナを巻き込んではいけないものだった。

子供の報告がきっかけとはいえ、その対応を院長に任せる前に飛び出していったのはエレナだ。

これで孤児院が責められることがあってはいけない。


「どうしますか?一度報告のために戻らないと怒られる気がしますが」


ベテラン騎士がそう言うと、エレナはうなずいた。


「そうね。今回のことを早めに報告したいし、相手を押さえる必要があるでしょうから、今日はお食事の支度が整ったら戻りましょう。だから今日のお勉強はお休み。院長、それでいいかしら?」


当事者のエレナが即報告すべき案件と判断したのなら従うまでだ。

それにこの緊張と興奮の状態では、皆が勉強に集中する事は難しい。

特に絡まれていた女性は怖い思いをしたばかりだし、子どもたちにも改めて事情を説明する必要がある。

今日はこちらもそれどころではない。


「はい。よろしくお願いいたします」


院長は再び頭を下げるのだった。

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