試食
お茶会の当日と同じお茶とお菓子を改めて試食する日、エレナは母親にお茶をする時間を作ってもらえるように頼んでいた。
もちろん、そこでお茶とお菓子を自分と一緒に試食してもらうためである。
「今日はお茶のお時間を作っていただいてありがとうございます、お母様」
「エレナならいつでも歓迎よ。今日もお茶会の相談かしら?」
「はい」
「そう。何か心配なことがあって?」
先日は招待客についての確認だけであったが、この日はお茶に誘われたということもあり、長い話があるのかと思ったのである。
「心配というわけではないのですが、お茶とお菓子を選んだので、お母様にも試食をお願いできればと思ったのです。これからお出しするお菓子とお茶が、私の選んだものなので、種類が足りなかったり、場にそぐわなくないかアドバイスをいただきたいのです」
「そういうことだったのね。私も一足先に味を確認できる方が安心できるわ」
王妃はそう言ったが、エレナがお茶会の件をそこまで真剣に考えてくるとは思っていなかった。
きっと自分の好きなお茶やお菓子を伝えてくるだろうくらいの安易な考えで提案したのである。
そもそも主催は自分なので、エレナが提案したお茶とお菓子に不足があれば、それに加えて自分が追加で用意を頼めばいいだけである。
日時が決まっていないため頼んでいないが、本当はこれから軽食のメニューなども依頼を出す予定なのである。
一方のエレナは王妃がアドバイスの件を快く引き受けてくれたことに安堵すると、早速、自分の選んだお茶とお菓子の用意を頼んだ。
「料理長、お願いできる?」
「かしこまりました」
どういう反応があるのか心配した料理長が、エレナに言われて自らお茶とお菓子を準備している。
「あら、新作かしら?」
自分の前に出された、見慣れないかわいらしい形のお菓子を見て、王妃が確認をすると、料理長はうなずいた。
「調理場の皆が、エレナ様がお茶会のお菓子に悩まれていると聞いて、新作をいくつか提案いたしました。その中からエレナ様がお選びになったものが、こちらのお菓子二品とお茶でございます」
「まあ。調理場でエレナは随分とかわいがってもらっているのね」
「皆、エレナ様に大変親しみを持っており、この度の件を聞いてお手伝いしたいと……」
「そう。これからもエレナのこと、お願いしますね」
「はい。では、早速お召し上がりください」
王妃もエレナが調理場に出入りしていることは知っている。
料理長に懐いていることはよく分かっていたが、他の料理人と、そこまでの信頼関係を築いているとは思っていなかった。
王妃は料理長に促されるまま、試食を始めることにした。
「そうね。エレナ、いただきましょう」
「はい。お母様……」
そう返事をしたエレナが先にお菓子を口にした。
それを見て王妃もお菓子に手を伸ばした。
エレナは初めて組み合わせたお茶とお菓子の両方に手を付けながら、自分の想像通りのものになっているのかをじっくりと吟味する。
あまりにも険しい形相でお茶とお菓子を食べているエレナを見て、王妃は思わず笑いながら言った。
「エレナ、当日はそんなに怖い顔でお茶会に出ないでちょうだいね」
「あ、申し訳ありません。本当にこれでお客さまに満足していただけるのかと。もっと良い組み合わせはないのかと、つい考え込んでしまいました」
我に返ったエレナは苦笑いをしながら素直に答えた。
「見た目もかわいらしいし、エレナくらいの年頃の女性ならそれだけでも喜んでもらえると思うわ。味もお茶に合っているし、これで用意してもらいましょう」
母親の言葉を聞いて、エレナは安堵の息をついた。
「お母様に気に入っていただけて良かったわ」
「ええ、とても気に入りました。今回のお菓子は皆のエレナへの愛情が詰まっていると思いますよ」
「はい!……あの、それでご相談なのですが」
「あら、他にもあるの?」
お茶とお菓子の心配だけではなかったのかと、王妃は首を傾げて尋ねた。
「今回のお菓子はお茶会にあったものを私が選んだのですが、他に考えてくれたお菓子やデザートもとてもおいしかったのです。だからお母様やお父様、お兄様にも食べていただきたいと思うのですが、夕食の時に一品ずつ、追加で出してもらうようにお願いしてもいいかしら?」
すでに調理場では出してほしいとお願いしてしまったが、それはエレナ個人のお願いであり、正式な依頼ではない。
調理場もそれくらいのことは分かっている。
もし許可が出なければ、おそらくエレナ個人が頼んだということで、最初の一皿はエレナにだけ提供されることになるだろう。
だが、ここで王妃の許可が下りれば最初から全員のテーブルに並ぶことになる。
エレナだけではなく、料理長も王妃の答えを黙って見守っていた。
「わかりました。エレナが食べてほしいというのだもの、きっとよっぽどおいしかったのでしょう。料理長、私が許可しますから、エレナの言う通り新しく考案されたものを夕食にデザートとして出してちょうだい。私も楽しみにしているわ」
「かしこまりました」
こうして料理長から調理場にすぐに王妃からの許可が出たことが伝えられ、その日の夕食から早速彼らの考えた新しいデザートが一品ずつ、夕食に提供されることになるのだった。
夕食のデザートに変化が出始めてから数日後、クリスがそのことに気がついてどうしたのかと尋ねると、聞かれた料理長は経緯を簡単に説明した。
「そっか。最近の夕食のデザートに凝ったものが増えたのはエレナのおかげだったんだね」
クリスが事情を聞いて納得したように言った。
「皆に相談したらたくさんアイデアを出してくれたの。どれもとてもおいしかったから、夕食に出してって頼んだのよ。お母様も後押ししてくださったのよ」
「そうだったんだね」
「エレナにお茶会のお茶とお菓子の用意を頼んでよかったわ。こうしてうちでご用意できるお菓子の種類が増えたのだもの」
王妃も嬉しそうにデザートに手を付けている。
「お兄様もお気に入りがあったら教えてほしいわ。調理場に伝えたら喜ぶと思うの」
「そうだね。新しいものもどれもおいしいと思うよ」
クリスがそう言うと、エレナはクリスに笑顔を向けた。
その笑顔にクリスも笑みで答えると、エレナは両親にも同じように話を振った。
「お父様もお母様も夜会のデザートに加えたいものがあったら伝えてあげてほしいわ」
「ああ、そうさせてもらおう」
こうして久々にエレナと家族が普通に会話を交わすことになった夕食は、和やかに過ぎていくのだった。




