調理場のお茶会
その夜、エレナはマッサージの時に母親とした会話をボンヤリと思い出していた。
お昼にたくさん眠ったせいか、夜なのに頭がスッキリしている。
「そういえば、お母様にお茶会のお茶とお菓子を提案するように言われた気がするわ」
ベッドに仰向けになったまま、今度は過去のお茶会のことを考える。
基本的に同じところに座っていることの多いお茶会の風景だが、そのテーブルに並んでいるものを思い出すのは意外と難しい。
そうしてしばらく自分の力で考えようとしていたが、ふと料理長の顔が頭をよぎった。
手作りのお菓子や軽食は調理場のメンバーが作っているはずである。
「こういうのは専門の人に聞くのが一番よね」
調理場には毎日足を運んでいるため、料理長だけではなく、料理人たちとも仲が良い。
エレナは彼らに話を聞こうと決めて、その日はそのまま就寝することにした。
翌日、授業の後に掃除や洗濯を控えてまっすぐに調理場に向かったエレナは、到着するなり、料理長に尋ねた。
「料理長、相談があるの」
「はい、何でございますか?」
「実はね、今度お母様にお茶会のお茶とお菓子を提案するように言われたのよ。私、こういうのは初めてだから、どうしていいかわからなくて……。それで思いついたのよ、美味しいものを教えてもらうなら料理長だわって!」
内容を忘れる前に吐き出してすっきりしたエレナはここでようやく落ち着きを取り戻した。
「お褒めに預かり光栄でございます」
料理長はかわいい弟子に慕われたと心の中で喜んだ。
本当は雇い主になるが、心の中では弟子か娘である。
「それで早速なのだけれど……」
「それでは、せっかくですから、ここでティータイムといたしましょう」
「え?あのね、今じゃなくて……」
今からお茶会をするので準備をしますと言われても、心の準備ができていない。
エレナがきょとんとしていると、料理長は笑いながら言った。
「エレナ様、基本は同じでございます。自信を持ってお客様にお出ししたいのであれば味見が必要です。せっかくこちらに毎日足を運ばれているのですから、これからはしばらく我々とお茶の時間を過ごしましょう。場所はここになってしまいますが……」
「まあ!それは素敵だわ!みんなの意見も聞きたいし、場所はここで充分よ。私が作ったものを味見する時だってここでいただいているじゃない」
別にエレナが作ったものを味見する時も優雅に座ってお茶をしながら、というわけではない。
ただのつまみ食いである。
「では、早速、お茶の準備を始めましょう。どうぞ、こちらにお座りください」
料理長は、調理場の人が軽食の時に使うテーブルに案内すると、早速お茶とお菓子の用意を始めた。
「本日は、ご提案用のお菓子はございませんが、こちらのお菓子とお茶をお楽しみください。そちらをお召し上がりいただきながら、エレナ様の考えているお菓子についてお話をお聞かせいただけませんか?明日までに何か考えますので」
料理長が笑顔でそう言うと、エレナは嬉しそうにお菓子をほおばりながら、自分のイメージを話し始めるのだった。
「あの、私たちもエレナ様にお菓子をご提案させていただけないでしょうか!」
一人の料理人がそう言うと、そこに乗っかるように次々と立候補をする者が現れた。
「皆忙しいのに、協力してくれるの?」
エレナがお菓子をほおばりながら言うと、料理人たちは目を輝かせてうなずいた。
「でもいっぺんに出されたらわからなくなっちゃうし、そんなにたくさんは食べられないから、一日一人ずつでいいかしら?しばらく毎日来られそうだし。もし公務でいない日があったら連絡すればいい?」
「はい!」
料理人たちは元気よく返事をした。
「あの、料理長……」
エレナは今日のお菓子を出している料理長の方を見た。
料理長は苦笑いしている。
「なんだか、皆にまで迷惑をかけてしまっているような気がするのだけれど、大丈夫かしら?」
「はい。一日一人でしたら……。むしろ私では起こせなかった彼らのやる気を奮い立たせてくださってありがとうございます」
この日からさらに調理場は活気付くことになるのだった。
こうして気がつけば段々と話は大きくなり、いつの間にか、エレナを長としたお茶とお菓子の審査会が行われるようになった。
調理場では料理人が毎日交代で自作のお菓子と、それに合わせたお茶を用意してエレナを待ちうける。
ここで認められれば、多くのお客様に提供するお菓子を任されるとあって、皆、真剣に取り組んでいるのだ。
目標が明確なため、モチベーションを上げやすいのだろう。
「お前たち、お菓子だけではなく、料理にもそのくらい力を入れないと、料理の腕でエレナ様に負けるんじゃないか?」
料理長が皮肉を言うくらいである。
数日後、エレナは料理人が一人一回お茶とお菓子の提供を終え、一巡したことがわかると、今まで出されたお菓子を思い起こして悩み始めた。
「どれも、とても美味しかったわ。見た目もいいし、迷ってしまうわね」
実は二回目もと意気込んでいるものも多く、作業の手を止めずにいても、皆、耳はエレナの方を向いている。
「エレナ様、お茶会にはどのような方がお見えになるのか、規模や内容などはお決まりなのですか?」
料理長から指摘をされて、判断基準にお客様の入っていないことにそこでようやく気がついた。
「お母様は練習だから、小規模って言っていたけれど、確かに私だけではなくて、お客様の好みも大切ね。一度聞いてみるわ!確かにお茶会の内容によってどれを選ぶのか変わってくるもの」
そう言うとエレナは調理場を飛び出していくのだった。
「あら、覚えていたの?偉いわ!」
突然訪ねてきたことはさて置き、マッサージ中に眠ってしまったエレナが、きちんと課題を覚えていたことに驚きながらも、王妃はエレナを褒めた。
「お茶会の話はまだ決めていないの。きちんとお話して、エレナの意見も取り入れたいと思っていたのよ。あなたから聞いてくれるなんて、手間が省けたわ」
折を見てもう一度最初から説明をしなければならないと思っていたが、その必要はなさそうだ。
王妃はそのまま話を進めることにした。
「エレナは話してみたい人とかいる?もちろん私が招待状を出せる人よ?」
「そう言われましても……」
話してみたい人などいない。
本当ならばクリスやケインと穏やかにお茶を楽しみたいのだ。
「そうよねぇ。仲の良いお友達を作ってあげるタイミングがなかったもの、聞かれても困るわよね……」
確かにお茶会でたくさんの人に会うが、未だにエレナには友達というものがいなかった。
同じ年代の人が集まる学校に通っていればそういう友達もできたのだろうが、残念ながらエレナにはその機会を与えられなかったのだ。
「そうだわ!お母様、同年代の女性に声をかけていただけませんか?お母様主催のお茶会は、お母様と同年代の方が多かったもの。私がお茶会を主催することになった時、その方たちと面識があったほうがいいわ。子どもの頃以来、お会いしてない方ばかりだもの」
挨拶のために来る同年代の女性はすぐに次の人に挨拶の順番を譲るためにいなくなってしまう。
そのため、ゆっくりと話をすることもない。
この機会にそういう時間を設けたら少し変わるかもしれないとエレナは思った。
「そうね、そうしましょう。招待客のリストができたら、エレナにも見せるわね」
「はい。そしたらその方たちが喜ぶようなお茶とお菓子をご提案するわ!日程が決まっていないのならまだ時間があるということだから、お茶とお菓子についてはもっと考えてみようと思います」
少なくともどのようなお客様を相手にするのかは決まった。
それならば、少しは対策も進むだろう。
エレナは母親にお礼を言うと、再び調理場に戻るべく立ちあがった。
「誘導がうまくいって、前向きにお友達を作るって言わせることができてよかったわ」
部屋を出ていくエレナの背中を見送りながら、王妃は小声でつぶやくのだった。




