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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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絵本の書写

エレナが孤児院に手紙を出してから数日後、院長から準備してお待ちしておりますという返事が来た。

その返事によって決まった訪問日、いつも通り新人二人とベテラン一人の護衛騎士とエレナは孤児院を訪ねることになった。

いつもと違うのはその一人が書きとりのための筆記具を抱えていることだ。

まず、院長室に行ったエレナたちは、院長に絵本を準備してもらった件ついて説明する。


「急に絵本を出してほしいなんて言って驚かせてしまったでしょう?これは孤児院の所有物だし持ち帰るわけにはいかないから、ここで確認させてもらう必要があったのよ」

「絵本を確認ですか……?」

「ええ」


ここの絵本はエレナが読み聞かせのために使用している。

もちろん、孤児院としてはただの絵本に問題などないと思っていたが、確認をしなければならないというのは内容、もしくは絵本そのものに何かあったということだろうか。

隠していることは何もないし、悪いことをした心当たりもない。


「何か不都合でも……?」


院長が不安そうに尋ねると、エレナは自分の言い方がよくなかったと気が付いて言葉を変えた。


「そうではないの。絵本に書かれている文字を確認したかったのよ。どのくらい難しい文字が使われているのかを知りたくて」

「文字……?」

「前回、皆でイニシャルの読み方を学んだでしょう?今日は名前を書けるよう、一人一人見ていくつもりだけれど、その次は女性たちが希望していた、絵本を読めるようになるというのを目標にしようと思ったの。でも知らない絵本から始めるより、知っている絵本の内容から始めた方がいいでしょう?だから新しいものではなくて、ここにある絵本の文字や文章をこちらで把握しておいて、説明できるようにしておきたいと思ったのよ」


すでに読める文字もあるけれど、そうではない文字もある。

そして文字の種類はかなり多い。

普通なら使用する教科書順で、分からないことを都度、教員が説明してくれるので問題ないのだが、ここにそのような教科書も授業もない。

それならば読める文字を増やすとっかかりとして、話の内容を理解している絵本を教科書として使えばいいと、そういう結論に至ったのだ。


「ああ、そういうことでしたか。先日クリス様からお手紙が届いて驚きましたが、すでにそこまでお考えいただいていたのですか……」


絵本の確認目的が明確になったことで院長は安堵してため息を漏らした。


「絵本のことは、お兄様が院長の手紙を読んで、子どもたちがそんなに早く勉強内容を吸収しているのなら、イニシャルを読めるようになったら、絵本を読むという目標はすぐ達成できるんじゃないかって言ってくれたから、進めることにしたの。その準備のために見せてもらいたかったのよ」

「確かに、イニシャルが読めるようになればそれなりに……」


院長もエレナも彼らの進みの遅さから不安を持っていた。

けれどクリスは客観的に子どもたちの可能性を見出し、エレナに進み具合だけを見るのではなく、努力している彼らを信じてみてはどうかと伝えたのだ。


「私は読めたら次は書けないとって思っていたのだけれど、読み方を先に進めると、こういうメリットがあったのねってお兄様から聞いて思ったの」


エレナはクリスに院長の懸念を相談した時のことなどもかいつまんで説明した。

イニシャルに関してはそれがすべてではないし、文字を書くことに慣れ、形が理解できて、相手に書いたものがその文字として認識されれば何とかなると言うのはここに来ていた騎士が以前に言っていたことだった。

そしてすでに数字で読み書き両方を行ったので、おそらく子どもたちにも書くというのがどういうものなのかは伝わっている。

もう一つの文字に時間をかける段階は過ぎたと判断していいだろう。


「そういうことでしたら、絵本はお持ち帰りいただいても問題ございません。子どもたちも納得すると思います」


まだ自分たちで読むことはできないのだ。

教材として使うため、一時貸し出しをするくらい、孤児院からすればたいしたことではない。

院長はそう申し出たが、エレナは首を横に振った。


「でも、もし次回私達が来る前に、卒院した方が読み聞かせをしようとしても、肝心の本がなかったら困るでしょう?だから絵本と、邪魔が入らず円滑に作業を進められるこの場所を少し貸してほしいとお願いしたのよ。もし私が長く来られなくなってしまったら絵本を返すのが遅れてしまうし、その間に他の騎士が来て、その読み聞かせを楽しみにしている子どもがいたらかわいそうだわ」


それにとりあえず自分たちは文字が分かれば絵は必要ない。

絵本の冊数は多くないが、行き帰りに持ち運ぶのに一人の手が完全にふさがってしまうくらいはある。

実は荷物を運ぶ人員を割き、さらに王宮内で作業が発生するより、ここで写し終えてしまった方がよほど楽なのだ。


「エレナ様、あとの説明は私からでよろしいですか?」

「ええ」


実作業をするのは彼なのだ。

説明も任せてしまったほうがいいだろう。

筆記具を持った騎士がそう申し出ると、エレナは微笑みながら了承した。


「院長、私がしばらくここのテーブルと椅子と絵本をお借りします。絵本ですからそんなに文字の分量はありませんので、こちらに書き写してしまうつもりです」

「騎士様自らそのような作業をなさるのですか?」


クリスも懸念していたが、騎士はこのような雑務を好まない傾向にある。

説明をした彼はエレナに頼まれたから仕方なく引き受けているに違いない。

院長は最初そう思ったのだが、説明している彼から、しぶしぶやらされているといった様子は見られない。

しかし彼が、私がと言ったのは院長の聞き違いでない。

不安そうに尋ねた院長に、彼は子どもに向けるのと同じような穏やかな口調で続ける。


「ノートを取るのは得意だったのでお任せください。エレナ様が調理をしている間に終わらせます。ですからその時間だけ私をここに置いてもらいたいのです」

「わ、わかりました……。こちらでよろしければお使いください。よろしくお願いいたします」


話がまとまったと見たエレナは、自分もすべき事をやるべきだろうと立ち上がった。


「私はいつも通り、調理場でいいかしら?」

「はい。すでに数名が待機していると思います」

「じゃあ、後はお願いね」


絵本について院長の承諾を得たエレナは、騎士にその件を任せると、院長室を出た。



院長はエレナたちが去ったのを確認すると、恐る恐る口を開いた。


「騎士様、私もお手伝いした方がよろしいでしょうか?文字を写すだけならば、私にもできますが……」


エレナがいては騎士も仕事をしたくないとは言いにくいだろう。

この騎士は毎回来てくれるし、子どもたちにもよくしてくれている。

何より彼は子供の扱いが上手い。

だから毎回、自分たちの相手をしてくれる彼が来てくれるのを、一部の子どもたちは心待ちにしているのだ。

そんな彼にこのような仕事を任せて、この先、来てくれなくなるようなことがあっては困る。

それならば自分がこの仕事を引き受ければ済むことだ。

実際エレナが来てから、子供たちに少し手がかからなくなった。

皆が文字の勉強をし、大人数が集まれば復習に当てる者が出始めたからだ。

それによって騒ぎを起こしたり、遊んでほしいと駄々をこねる子が少なくなった。

少し寂しくもあるが、その時間は事務作業に集中できるため、以前ほど仕事が溜まることはなくなっていたのだ。


「お気遣い不要です。院長は普通にお仕事がおありでしょうから、そちらを進めてもらえれば問題ないですよ」


テーブルを借りられると言われた騎士は、手際良くノートやペンを広げて書写する準備を始めている。


「ですが……、あなたは騎士様ですよね?しかも王族の護衛を任されているだけの能力もおありで、そのような方にこのような作業をお任せするのは……」


あまり強く言えばエレナを批判していると取られかねない、

それはそれで困るので、彼には気を使っての発言ではあるが、どうしてもしりすぼみになってしまう。

けれど彼は院長が何を言いたいのか察し、思い至ったらしく言った。


「そういえば一部の騎士はこういうの嫌がりますね。私は全然苦じゃないですし、嫌いじゃないんですよ。それに私も作業を終わらせて調理場で合流するつもりなので、そんなに時間をかけるつもりはありません。話している間にも手を動かせば終わるものですから。そんなわけで、作業を始めてもいいですか?」


一言一句間違えないで写すのにはさすがに集中力が必要だ。

だから作業を始めるという言葉を使いながらも、暗に邪魔しないでくれというニュアンスを含ませると、院長は正しくそれを察した。


「失礼いたしました。ではこちらもお言葉に甘えさせていただきます」


院長はそう言って自分の机に戻り作業を始める。

それを見た騎士も、手元の絵本を開きながら、黙々と作業を進めるのだった。

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