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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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信頼と問題提起

イニシャルの読み方だけを教えてその場を乗り切った孤児院訪問から数日、エレナは次にどう文字の書き方に入るか、その説明をどうすればいいのか考えていた。

エレナが孤児院に行く回数が増えてきたため、毎回同行する二名の新人以外のベテランも、一度は孤児院訪問を経験していて、エレナがそれとなく相談をすると意見をくれるようになった。

ベテランの中には当然妻子のいる者もいるため、自分の子供ならこうするなどの話を聞かせてもらい参考にしている。

先日孤児院で、ここの子どもたちなら理解できると言ったベテラン騎士も妻子持ちで、自分の子どもの成長を見守ってきたからこそ説得力のある意見が言えたし、院長の気持ちも分かると馬車でも帰りにエレナは教えられていた。

孤児院の環境を理解している護衛たちは、すっかりエレナの相談相手として重宝されている。

けれど彼らにばかり頼ってはいられない。

自分でも何かいいアイデアを出さなければ、説明する時の文言くらい自分で決めなければとエレナはずっと考え込んでいたのだ。



「エレナ、どうしたの?孤児院のこと?」


食事中も手を動かしながら考え事をしているエレナにクリスは声をかけた。


「ええ。文字を書けるようにすることのリスクなんて考えたことがなかったから、どう説明すればいいのか悩んでいたの。院長も、子どもたちがその説明を理解してくれるのなら安心できるでしょうけれど、こればかりはやってみないとわからないもの」


自分があの年の時はどうだったのか。

何も言われなければ名前くらい書いたかもしれないが、元々どこかにサインを入れようなどと習った時に考えた事もなかったのでいまいち思い出すことができない。

もともと読むだけならクリスに絵本を読んでもらっていたので文字は見慣れていたし、それに名前を書けるようになってからすぐに別の文字の勉強に入ってしまったので、自分の名前を書けることが特別とは思わなかった。

けれど孤児院の子どもたちに関しては、次回、一人一人が名前の書き方を覚えた後、しばらく別の文字の勉強はない。

自分たちとは明らかに環境が違うし、彼らの文字の練習は自分の名前を書ける状態しにしておくことになってしまうだろう。


「確かにそうだね。報告にも上がっていたけど、院長の言うリスクについては、正直こちらも不勉強だった。エレナが孤児院に行ってきちんと話を聞いてきてくれてよかったと思っているよ」

「本当?」


ここで勉強を中断したら、前に立ってくれるクリスに迷惑をかけるのではないかと懸念していたエレナは、クリスの言葉を素直に受け取ることができず小首を傾げた。

そんなエレナに、クリスは微笑みかけながら言う。


「だって、その問題を院長が提起してくれなくて、孤児院で問題が起こらなかったら、それを基準に国営の孤児院で勉強を教えていたかもしれないんだよ。そうしたらたくさんの孤児院の子どもたちが院長の心配しているような問題に巻き込まれていたかもしれないでしょう?」

「そうね」

「そして院長がその話をしてくれたのは、きっとエレナなら話を聞いてくれるし、反抗しているとか不敬だとか悪い方に取らないだろうって信じてもらえたからだと思う。それだけの信用を築いたエレナはすごいと思うよ」


信頼が築けていなければ、きっとそう思っても黙っていただろう。

そして院長が子どもたちに注意をして終わりだったかもしれない。

けれど院長が注意したところで、子どもたちがその指示通りに言うことを聞くかは別だ。

いつものお小言だろうと軽く考えた子どもたちが問題に巻き込まれたかもしれない。

だからエレナが準備がないので教えないという選択をしたのは正解だとクリスは考えている。

同時にそうして切り抜けたことで、おそらく院長のエレナへの信頼度も上がったはずだ。


「そうかしら?院長は子どもたちを守らなければと必死だったのだと思うわ。でもその意見がお兄様の役に立ったのなら、院長にはお礼を伝えるべきよね」


エレナの言う通り、院長は子どもたちを守るのに必死だった。

だがそれはエレナなら聞いてくれるという期待があってのことで、クリスの言っている事も間違いない。

けれど一番は、子どもたちの文字への関心の高さを知っている院長は、トラブルを恐れていたのだ。

少ないながらも孤児院では貴族がらみのトラブルが起こっている。

しかも彼らの狙いは女性たちだ。

その貴族に彼らが名前を書けると知られたら、サインさせられてしまう可能性が高まる。

もし奴隷契約や人身売買などの書面に自らサインしてしまうようなことがあれば、本当に彼らは一生を台無しにされてしまう。

しかも保護者ではなく筆跡鑑定で直筆と判断されたら、どうあがいても取り返しがつかない。

そんな孤児院特有の事情もあった。


「そうだね。院長にこの先の国営孤児院の運営の話を伝えておくのは良いかもしれないな。本当はもう少し形になってからにしたかったんだけど、勉強のできる子が増えているってことはいずれ周囲に知れてしまうだろうし、そこで院長が詰め寄られるようなことがあってはいけないからね。言い訳をきちんとできる状態にしておいた方が良いかもしれない」


計算ができるのはバザーで商品を売っているから知られているけれど、文字を書けると知られるのはまた別の話だ。

院長が変なものにサインさせられるかもしれないというのは、それが周囲に知れた時のことだろう。

けれど子どもたちがそれを外で自慢するようになれば知れるのは一瞬だ。

それを考慮して教える前のタイミングでエレナにそう伝えたに違いない。

今の名札はあくまで自分の名前の札を作ってもらっただけなので、それが広がったとしても勉強の一環という目的までは認識されないだろう。


「じゃあその件を私は次の訪問のお手紙に書いていいかしら?」


クリスが色々考えていると、エレナは今回の指摘がクリスのためになったのならお礼をしたい、そしてこの先の計画もその流れで伝えればいいのではないかと言う。


「いや、それは僕か国王名義の方が良いと思う。今度エレナの手紙と一緒に僕からの手紙も届けてもらうようにしたいから、出す前に声をかけてほしいな。今、国家事業をエレナが主導で動かしていると思われると別の問題が発生するかもしれないから」


エレナが自ら手紙にその概要を書くことで院長がそう認識して世に広めてしまっては困る。

クリスがそう指摘すると、エレナはきょとんとして目を見開いた。


「別の問題?」

「エレナが危険になるかもしれないし、そうなったら孤児院訪問を許可できなくなってしまうってこと。もともとエレナが孤児院に通いたいって言わなければ考えていなかった案だけど、あくまでこれは国が主導、今の僕は立太子に向けた準備で忙しいからエレナに任せている、そうすればエレナは僕や国王の代理ってことになるから、エレナに手を出してもこの事業が止まることはないと判断されて狙われるリスクが低くなる。もしエレナが主導ということが知れたら、この時期でもエレナの孤児院訪問は中断してもらわないといけないよ。護衛を増やさないといけなくなるけど、今はその余裕がないから……」

「それは構わないわ。お兄様が動きやすいようにしてちょうだい」


エレナが動けるうちにと訪問回数をこのタイミングで増やしてもらっている。

もしエレナの手紙によって自分が狙われるようになり、クリスや護衛の負担が増えるのなら、それは得策ではない。

エレナは自分の手紙が書き終わったら、封をせず兄に預けるので、彼の国の皇太子の時のように手紙の内容を確認した上で届けてもらって構わない、そう付け加えたのだった。

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