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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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初めてのマッサージ

マッサージを受ける当日、エレナはいつも通りにクリスを見送った後、母のところに向かった。

今日はマッサージのために授業はお休みである。


「お母様、まいりました」


指示された部屋の前に到着したエレナはドアの前で声をかけた。


「あら、ちょうどよかったわ。入ってちょうだい」

「はい……」


ドアの向こうではガチャガチャと音がしていたが、入るように指示をされたため、エレナはドアを開けた。


「お母様、これは……?」


ドアを開けた先に用意されていたのは湯船が二つである。

すでにそこにはお湯がためられていて、部屋の中には湯気が立ち込めている。


「エレナ、早く入ってドアを閉めてちょうだい。準備が止まってしまうわ」


そう促されて、エレナが付き添いの侍女と共に中に入ると、準備をしていた使用人がドアを閉めて鍵をかけた。

そして、ドアの前に衝立を移動する。


「最初は体をきれいにしなきゃいけないわ」

「そうなのですね……」


つまり二人で体を清めようと、わざわざ朝から準備をしていたということらしい。

エレナは母親に言われるがまま、湯浴みの準備に取り掛かることになった。



「二人で湯浴みなんて、エレナが子どもの頃以来だわ!……あら、黙り込んでどうしたの?」


丁寧に体を洗われて、香りのよい湯船につかりながら話をしているうちにエレナが返事をしなくなったのだ。


「いえ、とても良い香りで眠くなってしまいました」


慌てて起きたエレナがそう答えると、王妃は嬉しそうに言った。


「そう、それはいいことだわ。最近、ずっと根を詰めて頑張っているようだったけれど、時にはこういう時間も大切にしなければいけないわ」

「でも……」


勉強も家事もしないのは公務で外出が必要な日以外では久しくなかったため、エレナは困惑していた。


「いい?エレナ。頑張ることはいいことなのよ。間違っているというわけではないの。でもね、素敵な女性って、そんなにがむしゃらに頑張っているかしら?」

「どうなのでしょう?私はそういう方にお愛したことがないからわからないのです」


エレナの中にある理想の女性像は、自身ができるようになった姿であり、誰かの背中を追いかけているわけではない。

そのため、空想で作られた理想のエレナは現実的ではないものである。


「そう……。それじゃあ、久々にお茶会に参加しなさい。同年代の子達とあまりお話する機会がないのだもの。皆がどのようなことをしていて、どんなものに憧れているのか、少しお話してみたらいいわ。お茶会が遊びではないってことはわかるわね」

「はい……」


お茶会や公務をしている時より、掃除や洗濯をしていることにやりがいを感じるようになってしまったエレナはあまり気乗りのしない返事をした。


「あと、そうねぇ。まだ主催はしなくてもいいけれど、どのようなお茶やお菓子を用意するか、提案してみてちょうだい。いずれは自分ですべての手配をしなければならないのだから、そのための練習よ。あなたが準備をしたもので理想のお茶会が開催できるのか、どういうものを提供したら喜ばれるのか、少しずつ覚えていきましょう。それならサボっているなんて考えなくていいでしょう?お茶会や夜会の主催ができるかどうかで、周囲の評価が変わるの。もちろん主催をしたら当日のケアもしなければならないけれど、いきなり全てをする必要はないわ。どう?」

「わかりました。お茶やお菓子のこと、考えてみます」


王妃からの提案を受けて、エレナは少し考えてから答えを出した。


「エレナがどういうものを用意するように言ってくるか、楽しみにしているわ。それじゃあ後日、お茶会の概要を説明させるようにするわね」

「はい」


エレナの返事を聞くと、王妃は使用人に声をかけた。


「もう充分暖まったわ。マッサージをお願い」

「準備は整っております」


王妃はエレナにも声をかけ湯船から上がるように指示した。

どうしていいか分からないエレナは、母親に言われるがまま、用意されたベッドに移動する。



ベッドに移動した二人は仲良くうつぶせに寝かされた。


「そうだわ、エレナ。これから全身をもまれたり、オイルを塗られたりするから、痛かったり嫌だったら言うのよ。とても気持ちがいいから眠くなってしまうと思うけど、そのまま眠ってしまってかまわないわ」

「わかりました。湯浴みでかなり眠くなってしまっているので、横になっただけで眠ってしまいそうです」


ベッドに敷かれたタオルに顔をうずめたエレナは、もごもごとそう言った。


「そう。リラックスできたのならよかったわ。それじゃあ、始めてちょうだい」


王妃の合図で二人の全身マッサージが開始された。

上半身からゆっくりと体を刺激され、エレナはすぐに眠りに落ちた。



マッサージが終わってから王妃は早速尋ねた。

エレナはまだベッドの上でタオルをかけられ眠ったままである。


「エレナの体はどう?」

「お肌は大変美しくて、心配されていた腕から手先にかけても、ケアをされているようで問題はないと思います」


そう言いながら施術者がちらっとエレナの方に視線を向けたのを王妃は見逃さなかった。


「あら、何か気になることがあったの?」

「あ、あの、何と言いますか……。悪いということではないので……」

「でも気になったのでしょう?言ってごらんなさい」

「はい……。エレナ様は年齢の割に、体が少し全体的にコリがあったり筋肉質であったりするように感じました」


湯浴みの時に王妃から見たエレナは年齢相応の体つきだと思われたが、施術を行った印象は少し違うようである。


「どういうことかしら?」

「申し上げにくいのですが、労働をしている人間に起こるような肩や腰の状態に見えるのです。腹筋や背筋などは、こう、鍛えられているような、筋肉の付いている硬さと言いますか……」

「そうなの……。よく気がついてくれましたね」


エレナの体の悪いところが際立って伝わったように感じ、慌てて施術者は続けた。


「ですが、傷があるとかそういうことではありませんので……」

「わかったわ。他に気になることはあって?」

「いいえ、ございません」

「ありがとう、また次もお願いね」

「か、かしこまりました」


問題はないと判断されたことに安堵して施術者はホッと息を吐いた。

王妃は彼女の返事を聞いてすぐに別の指示を出す。


「それから、エレナに服を着せたら部屋まで運んであげて。起こすのは少しかわいそうな気がするの。皆もお願いできる?」

「はい」


終わった湯浴みの片づけをしていた使用人たちも一斉に返事をした。

こうして本人があまり意識のないまま、エレナの初めてのマッサージは終了したのだった。

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