公の場での対面
ケインはこの日もいつもと変わらず両親とお茶会の出かけることになっていた。
ケインは当日馬車での移動中に重要な事実を知らされることになる。
「本日のお茶会にはクリス様とエレナ様がいらっしゃるそうだ」
ケインは顔をこわばらせた。
ケインからすれば今までのお茶会は予行演習だが、彼らと同席することになるお茶会は本番である。
ここで失敗すれば彼らにも迷惑をかけることになるかもしれない。
ずっとそう言われて実地に挑んできた。
急に言われたため動揺したがいつかはこの日が来ることは解っていた。
自信はないが、やってのけるしかない。
「そう硬くなることはない。今まで通りでいいのだ。おそらく殿下たちとはそんなに話すことはできないだろうからな」
「そうですか……わかりました」
会場に着いてから二人の姿を探そうと思っていたが、探すまでもなかった。
二人の周りには人だかりができており、その中心でクリスとエレナが慣れたように他の貴族の挨拶を受けている。
そこに両親とともに足を運ぶ。
まずは会場に到着したら目上の人への挨拶が必要なのである。
ケインたちはその人だかりにある列の最後尾に並んで、黙って順番が来るのを待つのだった。
実はクリスとエレナもケインと同様にこの日のために貴族への対応を学んでいた。
二人もケインの立場が危うくならないよう、ケインを他の貴族と同じように扱うための訓練を受けていたのである。
日頃から国王陛下と並んで謁見などに立ち会い、大人のやり取りを見続けていた二人の方が対応を覚えるのは早かった。
クリスの課題は人見知りをしないこと、エレナの課題はケインを他の貴族と同じように扱うこととなっていた。
訓練の時はどんな時も笑顔を絶やすことなく、長時間いるのは大変だったが、ケインが頑張っているという話を聞いて二人も頑張ろうと決めたのである。
最初にうまくこなせるようになったのは兄のクリスであった。
そして安心して社交に出せると判断され、今回の前にも何度か同じような会に出席して実践を積んでいた。
今回も最初はクリスだけが参加する予定だったが、この会にはケインが来ることを二人は事前に知らされた。
すると、ケインが来ることを知ったエレナは、どうしても自分も参加すると言って譲らなかったのである。
結果、招待者の許可を得て急遽エレナの参加が決まった。
参加が決まると、エレナは当日ぎりぎりまで練習を繰り返し行うことになった。
ケインを友達ではなく臣下の息子だと何度も言い聞かせられ、自分のところに来たからと言っていきなり名前を呼んだりしないようになど、細かい注意をたくさん覚えさせられた。
招待者は自分のお茶会に王子殿下が参加するだけではなく、姫殿下の社交デビューの場に選ばれたことを大層喜んで、かなり気合を入れたようであった。
そうしていよいよ列に並んでいたケインと、それを迎えるクリスとエレナ、そしてそれを心配そうに見守る両親が顔を合わせる時が来た。
彼らは両親の心配をよそに、子どもたちは言われたことを淡々とこなしていた。
三人は一切感情を表に出さず、淡々と挨拶をし、それを受けている。
その様子は周囲から見れば完璧であったが、普段仲の良い三人とはとても思えない雰囲気であり、両親たちは顔を見合わせるのだった。
しかし、挨拶が終われば次の人に場所を譲らなければならない。
淡々とした挨拶を終えると、ケイン達の一家はすぐにその御前を立ち退いた。
そして会場の広い場所に移動すると、すぐにケインの周りに人が集まってきた。
ケインの周りにやってきたのは、以前に参加したお茶会で一緒になった子どもたちやその親たちである。
流石に顔を合わせてから、子どもたちは時折それぞれの様子をうかがう仕草を見せていたが、お互いきちんと教育を受けてからこの場に挑んでいたため、その場は何事もなく終わった。
大人から見れば合格点である。
これから先、使い分けがうまくなれば普通に話せる日が来る。
三人はそれぞれ親や教育係からそう説得されて今日を乗り越えた。
これから先は何度もこういう場面に遭遇することになる。
その度に同じように対応できなければならない。
三人の未来のための決断は大人たちが考える以上に固いものだったのである。
ずっと同じ場所に座ったまま次々と挨拶を受けている殿下たちは、多くの大人たちに、かわいいかわいいともてはやされていた。
周囲が機嫌を取ってくれたおかげで、エレナがケインと話ができないことを嘆くそぶりを見せることはなかった。
しかしクリスとしては、言われて気分の良いものではない。
ふわふわと可愛らしい女の子のエレナと比較して遜色ないというのだから尚更だ。
きちんとした服装をしていても、二人が並ぶと姉妹のように見えるらしい。
当人のクリスは大変不満なのだが、今回はそのような屈辱に耐えるのも課題である。
かわいいという言葉を大人たちが誉め言葉として用いていることはクリスもわかっている。
隣にいるエレナは可愛がられて素直に喜んでいるし、この場の空気を考えるとお礼を言わなければならないのもわかっている。
クリスが笑顔でお礼を告げると、なぜか皆が笑顔を向けるのだから、対応としても間違いではないのだろう。
その場では何とか矜持を保ち、クリスが笑顔を絶やすことはなかった。
この日、三人は同じ場所にいながらにして初めてほとんど話もせず、遊ぶこともなかった。
クリスとエレナは大人たちに囲まれ、ケインは子どもたちに囲まれて、それぞれの時間を過ごすことになったのである。
三人ともお互いを気にしていたが、寂しいと感じる暇のないくらい、たくさんの人から声を掛けられていた。
このような日は出会ってから初めてのことであったが、これが本来の彼らの距離であると彼らは子どもながらに認識させられるのだった。
「言われてはいたけれど、ケインとあまり話せなくて残念だったわ」
お茶会が終わった帰りの馬車でエレナがつぶやいた。
「仕方がないよ。そういうものなんだから。それにこれからはこういうことが増えるんだから覚悟しないといけないね」
実はクリスもケインと話せなかったことを残念に感じていたが、エレナを言い聞かせるためには自分も残念だったと口に出すことはできない。
「でも、最近はあまり会えていなかったし、いつものラフな感じとは違うケインが見られたから嬉しかったわ。たくさんの人に囲まれていて人気者なのね」
エレナはケインが自分たちのところから離れてから、すぐに人に囲まれたところをしっかりと見ていた。
自分たちは動くことができないためその輪の中に入ることはできないが、ケインが笑顔で対応している姿は何となく頼もしく感じられた。
違う一面を見られたことはエレナにとって収穫だったのだ。
「格好いいケインを見られたのは大事だけど、でも、お茶会じゃなくて、普通に会いたい。たくさんお話しできないのは寂しいもの」
「そうだね。今度は三人で会えるといいね」
「ええ」
お茶会が終わった後、エレナは少し寂しそうにそう話したが、頑張って行ってよかったと思っているのだろう。
最後はクリスに向けて満足そうな笑顔を向けるのだった。