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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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エレナの手

「エレナ様、どうかされましたか?」


ペンを握った手をじっと見ているエレナに家庭教師が尋ねた。


「私の手、最近荒れてしまっていて。今まで気にしていなかったのだけれど、見られるのは嫌だなって思ってしまったの」


エレナはここ最近、手荒れをしたまま人前に出ないようにと手袋をして生活していた。

顔には出さないが、手袋をしていても少し痛みがあったり、手袋に手を入れる際は引っ掛かったりすることも多い。

表面的に見えなければ、自分が我慢すればいいだけだと放置していたが、実はだんだんひどくなっている。

しかもケインに見られたのは洗い場で、水洗いをしているタイミングだったため、手袋をしていなかった。

エレナの様子から家庭教師は何かを察して答えた。


「それならば、手をケアするようにいたしましょう。冬場に水仕事をすると、どうしてもあかぎれができてしまうのです。ですから、水洗いをする回数を減らしたり、水洗いをした後で手をケアしたり工夫するといいですよ」

「それでよくなるの?」

「完全にとはいきませんが、悪くならないようにしていけば徐々に良くなっていきますよ」


そう言って家庭教師は自分の手を見せた。


「私もこういうところが切れて赤くなったりしてしまったりしますけど、はちみつやハーブの入っているクリームを塗ってケアしています。私の場合は年齢もあってエレナ様よりも治りにくいのですが、それでもこのような感じですよ」


エレナは差し出された家庭教師の手をじっくり観察した。

確かに切れた後がふさがって赤みが引いている部分があり、手にも全体的にツヤがある。


「先生の手はしっとりしているのね。私の手よりきれいだわ」

「お薬がついた状態で水仕事はできませんので、洗い流してから仕事をすることになります。お料理にお薬が混ざってしまっては良くありませんし、お薬の混ざった水で洗いものをしては、洗ったものにお薬がついてしまったり、洗いものをする水がお薬で汚れてしまいますから。ですが、こういう勉強をする時やお茶を飲むとき、就寝前など、手袋をしてできることをする時は長く薬を付けておくことができますから、こういう時間に薬を塗っておくと効果が出やすいのでございます」

「皆、そういう工夫をしているのね」


水仕事に慣れていないエレナに気がつけというのは無理な話である。

このような仕事があると教えた責任を感じて家庭教師は謝罪した。


「私も気がつかずに申し訳ありません。あまりにひどいようでしたら医師に診ていただいた方がいいですよ。効果の高い塗り薬を調合してもらえるかもしれませんから」

「考えてみるわ」

「それでは後でそちらの侍女の方に私が使っているクリームのお話をしておきますね」

「ありがとう。お願いするわ」



その日の授業を終えエレナの部屋を出る時、家庭教師は侍女をクリームのことを話したいと外に呼んだ。


「エレナ様の前では言えなかったのですが、あまりにひどいようでしたらやはりお医者様に見ていただいた方がいいと思います。あとこちらは私が使っているクリームを作っているお店の場所です。まさか気がついていなかったわけではないでしょう?」

「はい……。ですが、症状は見ていないのです」

「どういうことなのですか?」


侍女がついていながらこのような事態になっていることが理解できないと家庭教師は尋ねた。


「朝、お着替えに伺った時にはすでに手袋をされていて外していただけないのです」

「湯あみの時は?」

「ご自身でなさると、最後まで手袋を外されません……」

「そう……。あなたたちも大変だと思うけど、エレナ様のケアはあなた方の役目ですから、頑張ってくださいね。このクリーム、口に入っても大丈夫なもので作られていて効果も高いと評判なので、エレナ様には基本としてクリームは洗い流してと言いましたけど、落としきれなくても害は少ないと思いますよ。それでは」


そう辛口のコメントを残すとメモを渡して家庭教師は帰っていった。

侍女はただ、申し訳なさそうに頭を下げて家庭教師を見送るのだった。



その後、クリスや侍女から連絡を受けた両親によってエレナのもとに医師が呼ばれた。


「これは典型的なあかぎれです。夏はいいのですが、冬は気温も低く乾燥していますからこのようになってしまうのです。数日は水を使うようなことは控えてお薬を塗り、上から手袋をしていてください。そうすれば早くて数日できれいに治ります。手洗いをした後は良く水分をふき取ってください」


エレナの手を見た医師はあっさりと診断を終えて帰っていった。

あかぎれのエレナの手を初めて見た侍女は、そこまでひどくなっているとは思わなかったと青ざめたが、幸い誰からも責められることはなかった。


「あの、エレナ様、病院のお薬と一緒には使えませんが、よくなりましたら、手を洗った後、水をよく拭きとってからこちらを塗っておくと手荒れしにくくなります。家庭教師の先生が教えてくださったクリームです。購入後、数人が内容を確認をしたので封は開いております。それから……、これからはお肌のケアとマッサージを受けてほしいと王妃様からご伝言です」

「お母様が?」

「はい」

「……それはどういうものかしら?」

「湯あみの後にお体全体をマッサージでほぐしたり、お肌に良いクリームを塗ったりするもののでございます」

「お母様がそう言ったのよね。今日の夕食の時にでもお話してみるわ」


人に頼めば今のままでも充分なケアを受けられているとエレナは思っている。

それに加えて何かしなければならないということだろうか。

そう考えて、エレナは少し身構えるのだった。



「お母様、侍女から聞いたわ。これからは私もお母様と同じお体のケアをするようにって」


夕食の時間にエレナは母親に早速確認しようと話を切り出した。


「そうよ。エレナが毎日頑張っているから、ご褒美になるかしらって思って」


エレナの体に傷がないかを探る目的もあるが、そこはあえて伝えない。


「ご褒美?」

「ええ。私はこれをしてもらうととても気持ちがよくなれるの。エレナは素敵なレディになりたいってクリスに言ったのでしょう?」

「はい」


そう言われてもいまいちイメージの湧かないエレナはあいまいな返事をした。

そんなエレナに王妃は言った。


「身だしなみも大事だけれど、体も大事にしないといけないわ。そうね、最初は一人だと不安でしょうから、私と一緒に受けましょう。嫌だったら言ってもらえればすぐ止めさせるわ。どうかしら?何をされるのかわからないから不安なのでしょう?」

「はい。確かにお母様と一緒なら……」

「じゃあ決まりね。早速手配しておかなければいけないわ」


そう言って手配を依頼すると王妃は再び食事に戻った。


「あの、お体のケアとはなんですか……?」


クリスが首を傾げて母親に問いかける。

すると王妃はクスクスと笑いながら答えた。


「まあ、クリスも興味があるの?でもダメよ。これは女性の特権だから、クリスにも言えないわ」

「……わかりました」


何となく目的を察してクリスは大人しく引き下がった。


「娘と並んでなんて、楽しみだわ。まだ先のことだと思っていたけれど、もうそういうことを始めてもいい年齢なのよね」


一切エレナを監視するという名目を表に出さずに、王妃は嬉しそうにエレナにそう伝えるのだった。

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