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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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家庭教師への贈り物

エレナは家庭教師との約束を守るため、頭につける布をアレンジするための刺繍の図案を考えていた。

その結果、毎日掃除を極めていくだけではなく、無意識のうちに師匠に言われた通り刺繍を続けている。

忘れない程度にと言われたが、気がつけば就寝時間を過ぎてからの日課となっており、知らぬ間に技術が向上していた。



まず頭に結んだ時に縛る位置が固くならないよう、ポイントは布の中央部分につけるようにし、端からかなり内側にのみ刺繍を施した。

中心を折り曲げることを考えて、対角線の中心には糸がかからないように工夫する。

広げてみると、刺繍のない中央がバツ印のようになっていて、三角形に折り曲げる時は刺繍のない部分を目印に折ることができるようになる。

こうすることで、三角形に折って頭につければ、額部分と、後頭部にかかる布の部分に刺繍が見えるのだ。

最初はどの向きに折っても同じように見えるようにと四方向に同じ刺繍を施していたが、コツを掴んできたエレナはやがて対角線上に違う刺繍を施して、折る位置を変えた時に違うデザインに見えるように工夫するようになった。

刺繍をしては人のいないところでこっそりと自分の頭に当てて鏡を見て位置を確認し、工夫と練習を重ねて、ついにエレナは納得のいく完成品を作り出した。



この間に試作品は何枚も完成していたが、エレナはそれらを人前では決して身に着けなかった。

家庭教師に一番に披露して驚かせたかったのである。

試作品は家庭教師に完成品を渡してから自分が使うつもりで残してあり、今後自分が掃除や料理をする時に使えばいいと考えている。

深夜に作業が偏ったのは、鏡の前で布を当てて、刺繍の位置を確認しながら行ったからである。

位置が定まったらそこに印をつけておいて、昼間にできる部分は昼の時間に刺繍をする。

一時期、ずっと時間が空けば刺繍に明け暮れていたエレナを知っている使用人たちは、エレナの刺繍熱が再燃しただけだと思い、特に何も言わなかった。



「やっとできたわ!喜んでもらえるかしら?」


完成品を広げてエレナは一人で満足していた。


「プレゼント用の包みとか、どうしようかしら……。お菓子の袋をアレンジして渡してもいいかしら?先生にプレゼントをしたいなんて言って人に頼んだら、大事になってしまいそうだもの」


今までずっと刺繍に明け暮れていたのがプレゼントを作るためだったと、ここまで隠してきたのだから、周囲にばれるのは避けたい。

エレナとしては先生を驚かせたいのだから、プレゼントをするまで、家庭教師に知られたくないのだ。

侍女たちの口から家庭教師に伝わったとしても、先生はきっとそのことには触れず、笑顔で受け取ってくれると思う。

でも、それではエレナ自身の喜びが半減してしまう。

だから、包装用品を頼むことも、ラッピングそのものを頼むこともしたくない。

そう自分を納得させて、エレナは深夜の室内でお菓子の袋を探し始めるのだった。



お菓子用の袋はすぐに見つかった。

その袋に完成したものを入れてからエレナは再び悩み始めた。


「これではあまりプレゼントっぽくないわよね……」


中身が入って少しふくらみをもったお菓子用の簡素な袋を目の前にエレナは考え込んだ。

お菓子はすぐに食べるもののため、持ち帰りさえできれば問題ない。

だからこのような簡素な袋でもよい。

だが、これは一応プレゼントである。


「リボンとか……あったかしら?」


思い立ってしばらく装飾品やクローゼットを漁って使えそうなものを探すが、なかなか良いものが見つからない。

もう着ていない服からリボンを切り取ってしまいたいとも思ったが、服に何かあって管理ができていないと注意を受けるのは侍女たちである。

彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかない。

エレナはため息をつきながら、クローゼットの扉を静かに閉めて改めて暗い部屋を見渡した。

そして今まで使っていた裁縫セットのカゴが目にとまった。

「そうだわ!」


エレナは思い立ってカゴを持って灯りの前に行くと、端切れを探し始めた。


「細く切った端切れでリボンを作ってしまえばいいのよね」


大判のハンカチサイズの布を折りたたんだものを入れた袋である。

そんなに大きいものではない。

手のひらサイズの袋を一周するくらいの長さがあればいいのだ。

それならここにある端切れを細く切って、布の縁をきれいに縫い合わせればリボンとして使える。

エレナは薄暗い中で、カゴの中から使えそうな色の布を探し出して裁断するとリボンを作成した。

そうして時間をかけて作られたリボンを紙袋に付けると、それを机の引き出しにしまった。


「明日が楽しみだわ」


エレナは満足してベッドにもぐりこむのだった。



翌日。

家庭教師がいつも通りやってきた。

エレナはいつも通り先生と並んで勉強机に向かった。

そして授業が始まる前に引き出しを開けて紙袋を取り出した。


「先生、約束をしていたものが完成したの。受け取ってもらえるかしら?」

「……?」


家庭教師が驚いていると、エレナは目の前にラッピングされた物を差し出した。


「開けてみても?」


差し出された家庭教師は袋を丁寧に開けた。

そして中の物を取り出して広げると、大判のハンカチに刺繍が施されたものが出てきた。

これを見た家庭教師は約束の内容をようやく思い出す。


「まあ、こんなに素敵なものを、よろしいのですか?」

「もちろんよ。先生にプレゼントするために考えて作ったのだもの。試作品も残してあるから、自分が使う分もたくさんあるの」


どうやら本人は図案を研究するために作ったものを使うつもりらしい。

エレナが先生のためにと考えた図案のことと、この布をどのように使ってほしいのかの説明を始めた。


「素敵なアイデアですね。それに刺繍も、とても美しいです……」

「先生には私が満足できたものをあげたかったのだもの。頑張ったわ。それにこういったものは傷んでいくものだからって洗い場で教えてもらったの。それに私はこれから毎日、図案を考えるために刺繍した試作品を使えるのが楽しみなのよ。だって、作るたびに次々とアイデアが出てきて、試作品たちはその軌跡だもの」


自分の思い描いたものを形にできたエレナは満足そうである。

それに試作品も決して品が悪いわけではない。

試作品を作って着けてみたら、もっとこうしたいとアイデアが湧いてきて、次から次へと改良を重ねた結果、増えてしまっただけである。


「刺繍の練習にもなるし、おしゃれをする楽しみも増えるし、これからも時々作ってみようと思っているの。気に入ってくれたのなら、また、先生にもプレゼントしたいわ」

「ありがとうございます。こちらも大切に使わせていただきますね」


笑顔でそう言った家庭教師を見て、エレナは満足そうにうなずくのだった。

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