子どもたちの社交場
父親に呼ばれ、話をした翌日から、ケインはお茶会でのマナーや応対を徹底的に学ぶことになった。
お茶会は学校に行く前から参加する社交のひとつで、ケインもいよいよ社交の場に足を運ぶことになったのだ。
お茶会での評判は貴族ばかりが通う学校でもそのまま反映される。
それだけ貴族の噂や情報収集能力が高いということでもあるが、失敗するとそれを挽回するのが大変で、だからといって参加しなければ、参加していなかった理由などを問われることになる。
そのため、親たちは子どもにしっかりとマナーを学ばせて、学校に行かせる前からそのような場に子どもを連れて参加するのである。
もともと所作に関しては厳しくしつけられているケインだが、人なつっこいところがあり、上下関係などを気にせず誰とでも話ができ、そして相手にかわいがられることが多い。
かわいがられるのはいいのだが、お茶会の場では不敬に当たることもある。
ケインは家で使用人たちと実践的なお茶会の対応を繰り返し行い、それらを獲得していった。
特にクリスとエレナがいた際の対応に関しては重点的に行われ、当日にボロを出さないようになるまで容赦なく叩き込まれた。
初めてのお茶会の当日、ケインに幼い面影はなく、八歳にしては大人びた印象を与える好青年となっていた。
特訓の成果でもあるが、実際に何度も繰り返し行ってきた結果、それが見た目にもにじみ出てくるようになったのである。
両親も、息子のケインも見目が良いため、会場に入るなり人の目を引いた。
そして初めて参加する、一部で殿下のご友人とささやかれる息子のケインが初めて参加するということもあって特に注目を浴びていた。
会場に着く前に多くの視線を浴びることを覚悟するようにと言われていたものの、好意的ではない視線をたくさん浴びるのは初めてで、とても不愉快な気分であった。
それでも特訓の成果を発揮して、余裕はないものの、どうにか表情を崩すことなく、その場を乗り切ることができた。
今回彼らの招かれた会には、他にもお茶会デビューと思われる子供が数名ほど見られた。
学校へ行くタイミングから逆算するとこの時期にデビューを考える親が多くなるため、そういうこともが多いのは必然である。
子どもたちは自分たちの置かれた状況を理解しているのか、皆、緊張している様子だ。
この日のお茶会は立食形式のガーデンパーティという形で行われていた。
お茶会とは名ばかりの盛大なものである。
しばらく両親と一緒にいたケインだったが、あいさつ回りが落ち着いたところで飲み物を取りに行くと両親の元を離れた。
そして彼が飲み物の置かれている台に向かって歩いていると、その前で同じように飲み物を取りに来ている子どもが数人台に向かって手を伸ばしていた。
あいさつ回りが落ち着くタイミングはどこも同じということだろう。
そんな中、同じようなタイミングで手を伸ばした少年と少女の腕がぶつかっているところに出くわした。
「あ、ごめんなさい」
それだけいうと、ぶつかった少年はそのまま立ち去ってしまった。
少女が転ぶことはなかったが、ぶつかったはずみで持っていた飲み物が服にかかってしまっていた。
服を汚すことになってしまった少女は今にも泣き出しそうである。
「大丈夫?」
誰も気がついていないのか、様子をうかがっているだけなのか誰も声をかけないことを見かねてケインが声をかけた。
「お洋服が……」
そう言って台の前で立ちつくしている少女に、ケインは言った。
「ここにいたら、また人とぶつかってしまうかもしれませんから、少し離れましょう」
ケインの提案に少女は黙って頷くと、促されるままに少し離れたところにある椅子のところまで移動した。
「これを使ってください」
少女が座るのを確認して、ケインが持っていたハンカチを差し出した。
すると少女はようやく服の汚れた部分から目を離し、顔を上げてケインの方を見た。
「あ……、ありがとうございます」
ケインに見とれていた少女は慌ててハンカチを受け取ると、急いで濡れた部分を拭き始めた。
「ありがとうございました」
そう言ってハンカチを返そうとしたが、そのままでは失礼だと思ったのだろう、少し困ったようにハンカチを握りしめた。
「大丈夫かしら?」
ケインの母親が二人に声をかけた。
戻りが遅いのを心配して探していたところ、ケインが少女を連れていたため様子をうかがっていたのだ。
「あの……」
相手が誰だかわからない少女は困惑してうまく言葉が出ない。
「そのハンカチを借りてもいいかしら?……だいたいきれいに拭きとれているわ。これならシミも残らないと思うから大丈夫だと思うわよ」
そう言いながら残った汚れを丁寧に拭きとっていく。
そしてそれが終わると母親は少女に言った。
「それじゃあ、私達はそろそろ帰らなければならないから、失礼するわね」
女性の手際の良さに呆気に取られていた少女は声を掛けられて我に返った。
「あ、あの……。ありがとうございました」
少女が椅子から立ち上がって頭を下げると、ケインの母親は笑顔で言った。
「きちんとお礼の言える素敵なお嬢さんで嬉しいわ。ケイン、行きますよ」
「はい。お母様」
少女に向かって軽く一礼するとケインは先に背を向けた母親を追いかけていった。
「ケイン様とおっしゃるのね」
少女は何度もつぶやいて、しっかりとその名前を胸に刻むのだった。
この年頃の少女は年上で大人の男性に憧れを持つことが多い。
彼女の中で今回のケインの対応は、それに匹敵するものとして映っていた。
本来、幼い少年に求める気づかいではないのだが、それを自然にこなしてしまったケインが、彼女には手の届くところにいる理想の王子様に映ってしまったのである。
少女はこの後、自分が助けられた話を他の少女たちと話題にしていた。
後日ケインの耳に入った時には少し尾びれや背びれがついていて、困っている時に手を差し伸べてくれた王子様が、自分をエスコートしてくれたという話として広まっていた。
この出来事は、男の子たちにはなんとも思われなかったようだが、同年代の女の子たちの人気を得るには充分であった。
お茶会での対応は、思わぬ効果をもたらしていた。
少女の話を聞いた大人たちが、彼が殿下の遊び相手に選ばれた理由を勝手に察したのである。
実際は単に親同士仲が良いというだけで始まった交流だったが、彼らは自分の子供にはできない対応、厳しくしつけられたマナー、選ばれなかった理由がそこにあると考えて納得したのである。
この一件から、ケインと彼の両親は別の意味で注目されるようになってしまったのだが、向けられる視線は以前とは異なり、妬みから尊敬の込もったものへと変わった。
そして国王に計らってもらうためではなく、彼自身に近づこうとする人が増えたのである。
その後も何度かのお茶会に参加することになったが、彼らの周りには徐々に人が集まるようになっていった。
その大半が噂を聞いた女性だったが、彼女たちはお互いを牽制しあっている状態で一定の距離から近づいてこない。
一方で男性の友人を増やすことに成功したケインは大半の時間を同年代の少年たちと有意義に過ごせるようになっていた。
そうしてケインが社交の場で経験を積んでいく中、ついに幼馴染みの三人が公の場で対面する日を迎えることになるのだった。