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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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自立への一歩

「人に守られずに生きていく術を学ばないといけないのだけれど、私は学校に行けない間、何をしていればいいのかしら?」


学校見学を終えて、エレナは改めて家庭教師に聞いた。

今回の質問に学校へ進学した際に役立つという趣旨ではなく、行くことができなくても学校で学ぶようなことを多く知っておきたいというものである。

兄の話でも自分の身を守る術や社会生活に順応するすべを学ぶという。

しかし、エレナは学校に行くことができない。

社会生活における勉強はできなくても、せめてケインの言葉通り、守られてばかりにはならない女性になりたい。


「エレナ様はすでにお裁縫もお上手ですし、お菓子もお作りになれるので、きっとお料理なども上手にできますでしょう。それでは足りないのでございますか?」

「足りないかどうかもわからないわ。すでに未熟な証拠だわ」


そう言って少し落ち込むエレナを家庭教師がなだめる。


「そうですね、守られないで生きていくというと、自立した女性を目指すということでしょうか?例えば市井の女性たちは男性と同じように働いて賃金を得ています。それと市井の賃金だけでは生活をする最低限のお金しか手に入りませんから、自分のことは自分でしますよ」

「自分のことを自分で?」


エレナは首を傾げた。

自分もある程度自分のことは自分でできていると思う。

しかし、ここで指摘されるということはまだできていないか、できていないことが多いということなのだろう。


「それでは市井の女性たちはどのようにして一日を過ごしているのかしら?その中から必要なことを探してできるようになっていけば、自立した女性に近付ける気がするわ。教えてちょうだい」

「かしこまりました。ですがこれは例でございますので皆が揃って同じ生活をしているわけではありませんので、そこはご理解くださいませ」

「わかったわ」


エレナはメモの準備をして家庭教師の言葉を待った。


「ご家庭のある女性でしたら、親や夫、子供のこともされている場合が多いです。そういう女性という設定でお話いたしますね」

「ええ」

「まず、朝起きましたら朝食の支度をし、家族が起きたら一緒に食事、食器を洗い片付けて、夫を送り出します。親や子も働いていればその時に出かけるものを皆送り出すでしょう。女性が働いている人ならば一緒に仕事に言うかもしれません」

「女性が外で働いておらず、子供が小さい、親の面倒を見る必要があるのであれば、彼らの食事などの世話をいたします。昼食の前後、空いた時間に掃除や洗濯などもいたしますね。お仕事をしている女性はお休みの日にまとめてされることが多いですが」


エレナはその内容を必死に書き留める。


「お仕事にもよりますが、夕方になりましたら皆外での仕事を終えて帰宅してきますから、夕食の準備。家族が湯浴みをする場合はお湯の準備などもありますね。そうして一日一日を過ごしていくのでございます」

「外で働いていない女性は家のことだけをするの?」

「その場合もございますが、家でできるお仕事というのもございますので……」

「どんなものかしら?」


家の中にいてもできる仕事ならば、ここでもできるかもしれないと、エレナは期待を持って聞いた。


「それこそ刺繍を含めてお裁縫などは女性のお仕事の代表ですよ。作成した小物をバザーなどで売ったり、依頼を受けて洋服を作ったり直したりするお仕事をしている女性もいます」

「でもお洋服なら工房の人に頼めばいいじゃない」

「エレナ様、工房の洋服というのは市井の民にはとても手の出ない高級なものなのでございます。高級な布や糸を使い、一流の技術で仕上げる服など、袖を通すことすらできません」

「そうなの?」


お金を出して修理する時ですらプロではなくて素人に頼むのだと聞いて、エレナは衝撃を受けた。


「親から受け継いだ服を子供が使用したり、穴が空いたところを繕ったりしながら一着一着を大切に着るのでございます。そういう服を繕ったりするのは工房のお仕事ではございません。ですから手先の器用なご婦人に依頼して、少しのお礼をお渡しするのでございます」

「なんだか私はもうドレスを買うのをやめてもいい気がしてしまったわ。着られるものがたくさんあるのだもの」


姿勢の民が袖を通すことも許されない服を着て、それはすべて自分のために作られた物ばかりで、この先も人に譲られることなく処分される可能性があると考えたら、無駄遣いをしているように感じられた。


「エレナ様、エレナ様は国を代表されるお一人なので、常に良いものを身に着けていただかなければなりません。そうしていただかなければ国民全体の恥となるのです。それに、エレナ様からのご依頼で服を作っている方からすれば、依頼がなくなるということは仕事がなくなるということでございますよ。その方の生活もありますからよくお考えくださいね」

「そうよね……。難しいわ。でも刺繍やお裁縫は役に立つのね。よかったわ」


もうドレスはいらないと採寸を受け付けなくなっては困ると思った家庭教師は、エレナの返事を聞いて安堵した。

しかし次の言葉を聞いて、再び慌てることになる。


「それでは市井で働くにはどうしたらいいのかしら?」

「……エレナ様、エレナ様は市井で働く代わりに公務をこなしておいでです。どうか、市井で働くというお考えはお捨てください」

「市井で働くというのは公務をこなすのと同じなの?」


公務が賃金をもらって生活をするために行われているという感覚がない。

今のところ公式行事への参加だけだからかもしれないが、エレナにとっての公務は生活習慣の一部のようなものである。

指定された場所へ足を運び、そこで顔を出して帰るだけなのだ。

しかも家族そろってのお出かけである。


「仕事の種類が違うだけとお考えいただければ問題ありません。服飾職人とパン屋で作っているものやお出しするものが違うように、エレナ様のこなしている公務も立派なお仕事でございます。それにこれから大人になれば公務としてこなさなければならないお仕事は増えていきます」


言われてみれば、両親はいつも忙しそうに入れ替わり立ち替わり来る重鎮たちと話をしている。

エレナもそのような仕事をこなすようになれば両親のように忙しくなるのかもしれない。

そう考えて、エレナは先にできることを絞り込もうと続けた。


「わかったわ。他にしていないこと……」


話を聞きながら書き留めたメモから質問しては線を引いて消していくことを繰り返し、ついに結論を出した。


「残っているのは掃除と洗濯かしら?」

「それらはどちらも家事の一部でございますね。それならばエレナ様のお部屋を掃除してくださったり、洗濯をしてくださっている侍女や使用人の皆様から学べることも多いのではないですか?」


外に出なくてもできる仕事が残っていたことにホッとしながら家庭教師が言った。

すると、エレナは振り返ってエレナの勉強を見守っていた侍女に言った。


「今日からあなたも先生になるのね」


驚いた侍女が首を横に振る。


「先生などとはそんな……」


慌てた家庭教師がエレナを止めた。


「エレナ様、そんな急に言われたらどなたでも驚いてしまいますよ。それに本来はエレナ様にそのようなことをさせないために雇われているのです。彼女たちにもお仕事をさせてあげてください」


家庭教師の言葉に侍女は勢いよく首を縦に振った。

本に似頼まれたとはいえ、いきなりエレナに掃除などさせたら、クビになるだけでなく、不敬だと処罰される可能性もある。


「そうね。困らせたいわけではないのだもの。相談しなくてはいけないわね……」


急にエレナのテンションが下がる。

学校に関する一件があってから、クリスとは話すようになったものの、両親とはほとんど口をきいていない。

それに相談してもまた反対されるのではないかという思いがある。


「エレナ様……」


家庭教師も何かを察したのか、考え込んでいる。



「僭越ながらよろしいでしょうか」


沈黙の続く中、声を出したのは意外にも先ほどの侍女だった。


「何かしら?」

「はい……。まずは見学というのはいかがでしょう?毎日こちらにいらして本格的に侍女の仕事を学ぶというのは難しいと思いますが、侍女の仕事は貴族女性が教養を学ぶための職場としても機能しておりますから、学校見学と同じように、まずは見学ということにされて、その上で挑戦してみたいことをお申し出になる方がよろしいかと……」


話を聞きながらエレナの目は輝いていく。

そして話が終わると家庭教師の方に向き直った。


「どうかしら?」


家庭教師はため息を殺して言った。


「良いご提案だと思います。確かに市井でも知らないお仕事をいきなり始めるのではなく、通い慣れたお店を頼ったり、見学してから働く先を決めたりしますからね。あとは皆様のお仕事に支障が出ないように、日時を調整すればよろしいと思います」



その日の授業が終わった後、家庭教師が本日の授業に関する報告の際に、恐る恐るこの話を告げると、あっさりと許可が下りた。

敷地から出ずにできることならば、ある程度許容する、そんなところである。

こうしてエレナの職場見学が決定したのだった。


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