最善の対処
孤児院の話に一区切り付き、雑談を少ししたところでお茶会のお客様は帰ることとなった。
「先生、今日はありがとう。またご一緒できるのを楽しみにしているわ」
エレナはこの時間が自分の相談だけで終わってしまったことを残念に思っていた。
本当ならばもっと楽しい話をしたかった。
次こそは先生によい報告ができるようにしたい。
自分が成長した姿を先生に見てもらえるよう、孤児院で結果を残したい。
そのためにも今日言われたことを胸に刻んでもう一度頑張ってみよう。
エレナはそうやって自分を奮い立たせていた。
一方、先生は自分の役割を無事に終えたこともあり笑顔だ。
「私、本日はエレナ様のお元気な姿を見られて安心いたしました。王妃様、この度はこのような機会を賜りありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。ご足労いただいて感謝しているわ」
「それでは失礼いたします」
先生はそう言って深々と頭を下げて部屋を出ていった。
その様子は王妃が何度も開催していたお茶会での様子と何も変わらない。
お客様が変わっただけだ。
少し見ただけではこの二人が親友などには到底思えないだろう。
そのくらい二人の距離感は完璧だった。
部屋の入口で客人を見送って部屋に二人になったところで、王妃はエレナに声を掛けた。
「エレナ」
「はい」
「私ができるのはこのくらいよ。あとは自分で何とかできるかしら?」
母親の問いにエレナはうなずいた。
「ええ、お母様。まさか先生に会わせてもらえるなんて思わなかったわ。先生とお話をして、自分が何をするべきか、見えた気がするの」
「それを聞いて安心したわ」
「そうなの?」
エレナが驚いて思わず問いかけると、王妃はため息をついた。
できることなら、自分の言葉でエレナには何とかやる気を取り戻させたい。
けれど自分の立場がそれを許してくれない。
それに、彼女の方がエレナを導く言葉をたくさん持っている。
だからエレナのことを彼女に託した。
それは功を奏したようだが、自分の口から言えないからと、他人にその役割を差し出すのは複雑だ。
母親として娘にできることを直接したい。
それはきっとクリスも同じように、いや、それ以上にそうしたいと感じているだろうと王妃は思っていた。
「私も、クリスも、エレナには好きなことをさせたいと思っているわ。でもね、難しいこともあるの。回りくどいやり方をしなければいけない時もね」
「ええ。お母様にもお兄様にも立場がおありだもの。私とは比較にならないくらい大変なのでしょう?」
自分は言われた時に公務をこなすだけで、残りの時間はのんびりと過ごしているだけ。
だからできることがあれば何でもしたいと思う。
そして一番役に立ったと実感できたのが孤児院でのお手伝いだった。
それならば、公務ができない分、人の役に立つことに時間を使いたい。
自分の身の回りのことはできるようになったけれど、王宮内には本職の人たちがいる。
エレナだって彼らの仕事を奪うことを良しとは思っていなかった。
ただ、何もしないことから逃避したくてやらずにはいられなかったのだ。
両親も兄も、しっかりと働いていて、その姿を見ていると、自分だけが役に立てないことに歯がゆさを覚えていた。
そしてまた、自分の力不足で母親の手を煩わせてしまっている。
だから多少のことは自分が我慢しなければならない。
むしろ忙しい中、自分のためにこのような場を設けてもらったことに感謝し、労いの言葉をかけるのが正解だとエレナは思った。
「そうね……。でもね、エレナもいつかはしなければならないことだわ。そして、同じような判断をしなければならない日も、いつか来るでしょう。エレナには辛い選択になるかもしれないわね」
エレナが大変だと言っていること、それは大人になったエレナも背負わなければならないことだ。
そしてそろそろ、そのような選択を進んでできるようにならなければならない時期に来ている。
「私は、回りくどくても、できることならば手を回せるようにしていきたいわ。お母様とお兄様のように上手くはできないかもしれないけれど……」
「大丈夫よ。エレナにならきっとできるわ」
「そうだといいのだけれど……」
確かに孤児院の件について何度も通うことに反対はされている。
けれど、結果を残せば問題は解消できそうだとわかった。
本当ならば自分でその答えにたどり着かなければならないのだが、それはできなかった。
自分のことすら解決できないのに、こうして人の問題をよりよく解決に導く手筈を整えるなど、自分にはできそうにない。
エレナが不安そうに言うと、王妃は微笑みかけた。
「エレナ、人の前に立つ身なのだから、もっと堂々としていなければならないわ。それに今さっき話をしていたやるべきことはどうしたの?」
「そうね。今必要のないことをここで考える意味はないわ。お母様、ありがとう。私も部屋に戻ります」
とにかく今は目の前にある孤児院のためにできること、孤児院の子どもたちの文字の習得を効率よくできるようにすること、そこに集中しよう。
そして結果を残さなければ、今回の先生のアドバイスも母親の好意も全て無駄になってしまう。
今のエレナにできることはそれしかない。
そう決心したエレナは母親にお礼を言って、自室に戻るのだった。
エレナが部屋に戻ってほどなく、クリスの執務室に報告がきた。
「クリス様、ご報告に上がりました」
「どうぞ」
「エレナ様の孤児院訪問の件ですが……」
エレナを心配して監視につけていた一人がそう切り出すと、クリスはにっこりと微笑んだ。
「王妃様が先生を呼んで、エレナとお茶の時間を設けた話かな?」
「え、ええ……」
「あれからちゃんとエレナと話ができていないから心配なんだけど、それで元気になった?」
別に彼の報告がなくとも母親のやろうとしていることは察しがつく。
後は結果だけが聞ければいい。
クリスが結論を求めると、彼は何と表現すべきか戸惑いながらも、見たままを報告することにした。
エレナと直接話したわけではないので、見た目とそこから想像できることを伝えるしかない。
「そうですね。先ほど廊下を凛としたお姿でお歩きになっておりました。何か吹っ切れたといった感じでございました……」
「じゃあ、エレナの方は様子を見ればいいかな。あとは孤児院の安全面に関しては引き続きお願いね」
「かしこまりました」
エレナが元気を取り戻したのなら、あとはその周囲とエレナの安全を守ればいい。
それが今、クリスにできる最大限だ。
情報の不足に焦りもあるが、それを表に出すわけにはいかない。
もしそんなことをしてしまったら、エレナに不安を与えるだけではなく、自分がエレナにつけている護衛たちを信用していないことになってしまう。
それでは彼らのモチベーションを下げることになる。
だからあくまで自らは動かず、周囲に任せるし、信用しているからと頼むしかない。
自分が側につくことができないので、そうやって彼らを評価して、やる気を維持してエレナを守ってもらう。
これがクリスの出した最善の対策だ。
今回、クリスのしていることがエレナの耳に届くことはないだろうし、感謝されることもないだろうが、クリスはそれでも最愛の妹のためにできることをしたい。
けれど他にもできることはないだろうか、クリスはつい、そんなことを考えてしまうのだった。




