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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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教えるのに大切なこと

王妃からの連絡はすぐにエレナの元に届いた。

部屋で連絡を受けたエレナは、すぐに指定された場所に向かうと王妃からの使者に伝えると、すぐに作業をしている手を止めた。

そしてその使者を追うようにエレナも自室を出て、二人がお茶をしているという場所に急いだ。


「ご無沙汰しております、エレナ様」


先に声をかけたのは客人だった。

遠くにエレナの姿を見つけた彼女はその場で立ち上がって礼をしている。


「先生!お会いできて嬉しいわ!お母様、お招きありがとうございます」

「久々に嬉しそうにしているエレナの顔が見られて嬉しいわ。座ってちょうだい」

「はい」


母親に促されエレナが着席すると、客人として来ている女性、エレナの家庭教師をしていた彼女も静かに椅子に腰を下ろした。

そしてほどなくテーブルに新しいお茶が配られ、お茶の席が仕切り直されたところで、エレナは口を開いた。


「先生、改めてお礼を言わせてほしいの。いつもお手紙で相談に乗ってくれてありがとう。先生に教えてもらった作品はとても面白いものばかりで、大体読んで写し終えたわ」

「紹介した作品を面白いと思っていただけたのなら光栄です」

「もし、読み聞かせをする機会ができたら、次は先生に教えてもらった作品の中から選びたいと思っているわ……」


にっこりと笑みを浮かべてそう言ったが、エレナはその日が来ないかもしれないと、ふと思った。

前回も勉強に時間を使いすぎてしまって読み聞かせの時間の一部ではなく、読み聞かせの時間全てを使ってしまった。

次回もきっとそうなるし、数字を覚えるまでは読み聞かせをする時間を取ることはできないかもしれないのだ。

そしてもしかしたら、数字を教え終わってしまった時、子どもたちに読み聞かせをさせる前に自分が孤児院に行けなくなってしまうかもしれない。

そうなれば、先生に教えてもらった作品たちを子どもたちに聞いてもらうことができなくなってしまう。

大好きな先生が目の前にいて、会えて嬉しかったのは間違いないが、その現実がエレナの気持ちを下げてしまった。



そんなエレナの様子を見た王妃は頬に手を当ててため息をつくと、穏やかに声をかけた。


「エレナ、先生に聞きたいことがあるのでしょう?」

「え?ええ。でもいいの?」


ここは母親が主催しているお茶会の席だ。

自分の相談に多くの時間を使ってはいけないと遠慮して、本当は聞きたいことも教えてほしいこともたくさんあるのに我慢していた。

だが、母親はエレナが好きなように質問していいという。

急な申し出にエレナが戸惑っていると、王妃は笑みを絶やさずに言った。


「私に遠慮せずお話しなさい。そのために呼んだのだから」

「ありがとう!お母様!」


せっかく母親がくれた機会だ。

ここで何とか解決の糸口を見つけたい。

エレナは母親にお礼を言うと、改めて家庭教師と向かい合うのだった。



まずエレナは数字を教えるために必要なものとして準備した刺繍について話をした。

一つ一つデザインを考えて、皆が見ただけでその文字が何を示しているのかわかるように工夫した教材はエレナの自信作だった。


「まあ、そうでしたか。随分と手間をかけられたのですね」

「手間はかかったけれど、その方が丈夫だし長く使ってもらえると思ったのよ」

「エレナ様のおっしゃる通り、紙より布の方が丈夫ですし、布ならば少し切れたりしても補修できますから、長く使うのでしたらよいかと思います」


先生の答えを聞いても教材を布にしたのは悪くなさそうだ。

むしろ長く使えると太鼓判を押してもらえた。

エレナはその言葉だけで、刺繍を頑張ってよかったと思った。

けれど教材には問題がないとなれば、彼らの勉強が進まない原因はエレナの教え方にあるということだ。


「先生、私ね、これだけ準備したのに、彼らにニ文字しか教えることができなかったの……。私のやり方が間違っているのかしら」

「エレナ様、そんなことはありませんよ」

「でも、先生ならもっとちゃんと教えられたと思うの。私が先生に教えてもらった時、こんなに時間はかからなかったはずだわ。私だって理解が早い方ではないのだもの。きっと教える人が違えば、もっとわかりやすく教えてあげることができれば、あの子たちはもっと早く勉強を進めることができるはずだわ」


自分の力不足をどうしていいか分からないとエレナが興奮しながら言うと、それを母親がなだめた。


「落ち着きなさい、エレナ」


なだめられたエレナは口を閉ざしたが、母親の方を恨めしそうに見ている。

エレナからすればこの母親も、孤児院に何度も通うことをよしとしていないのは同じだ。

確かに教えるのに時間はかかってしまっているし、思ったように進まなかったことに関しては、自分でも少なからずショックを受けている。

でも時間さえくれるのなら、回数さえ通わせてくれるのなら、エレナは最後まで文字を教え切るつもりでいる。

その時間を与えてもらえなくなりそうだからこそ、エレナはさらに悩みを深くしてしまっているのだ。



母娘がじっとお互いの様子を伺っているところに、家庭教師は言った。


「あの、エレナ様。まずですね、教え方に正しいも間違いもありません。だからエレナ様のやり方が間違っているわけではないのです」

「どういう意味?」


自分のやり方が間違っていないのなら、彼らはできるようになるはずだ。

エレナは意味がわからないと言った様子で小首を傾げると、家庭教師は続ける。


「人は色々な環境で育ちます。その環境によって、できること、できないことが違います。それはおわかりですか?」

「ええ……」

「エレナ様やエレナ様の周りにいる方は、たまたま、この国の文字に触れる機会が多かった。そういう環境の方は、文字を覚えるのが早いです。ですが、環境が違えば、全て変わります」

「だから文字に触れる機会のなかった孤児院の子どもたちは、文字の読み書きができないのよね」


個人の子どもたちが文字に触れる機会が少なかったということはエレナも理解している。

だからこうして文字を教えて触れる機会を増やそうとしているのだ。

けれど実際に時間を作ってみたところで思うように進めることができない。

進められないのは自分の責任ではないのかとエレナは思っているのだ。


「その通りです。ではエレナ様、もう一度考えてみて下さい。本当にエレナ様の教え方に原因がありますか?私には、彼らが初めてだから時間がかかってしまうだけに見えますし、時間をかけて丁寧に教える方が、はるかに難しいことだと思いますよ。エレナ様は、何でできないのだと彼らを責めたり、途中で放り出したりはしないでしょう?」


エレナの言葉を受けて、その認識に間違いがないと一度肯定した家庭教師はエレナ尋ねた。

するとエレナは真っ先にその質問内容を否定する。


「そんなことできないわ。これは私が始めたことだもの」

「それを聞いて安心しました。この先、子どもたちには何度も同じことを聞かれるかもしれません。途中から入ってきた子どもには一から教えなければならない場合もあるでしょう。それでも根気強く、何度も繰り返し答えていくこと、それが教えるのに一番大切なことです。孤児院は事情があって覚えの良い方にしか教えていないようでしたし、エレナ様はそのできる方々と比較して、彼らができないと思ってしまってはいけません。そしてエレナ様も、彼らの勉強が進まないのを自分のせいだと感じる必要はないのです」

「本当に、私のせいではないの?」

「違います」


家庭教師が孤児院の子どもたちが文字をすぐに覚えられないのは、子どもたちのせいでも、エレナのせいでもないと説明して、ようやく納得したエレナは少し落ち着きを取り戻したのだった。

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