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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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院長の感謝

院長の話を聞いて、とりあえずエレナにできることは、できるだけ早く次の日程を調整してもらうことしかない。

自分が来た時にしか進められないのなら、最低でもきりのいいところまではやってしまいたい。

目標としている、一人で絵本を読めるようになるというところには、なかなか到達できなそうだ。

今日やってみたことで、改めて新人騎士がそこまで行くのは時間がかかるし難しいと言ったことの意味を理解できた。


「わかったわ。できるだけ次回は早く来られるようにして、次回のお勉強の時間で最低この教材の分だけは教えてしまうようにしましょう。そうすれば一桁の数字は全部ね。それからは二桁、三桁と表記の仕方を教えれば、数字の読み書きは復習だけで充分のはずよ。あとはこれを使ってくれると嬉しいのだけれど……」


そう言ってまだ使用していない数字を刺繍した布を出すと、それを院長に預けた。


「それじゃあ、これをお願い。あと……」


エレナが護衛たちの方を見ると、すぐに一人が使用した布を畳んだ状態で院長に差し出した。


「こちらですね」

「こっちが勉強した文字よ」


院長はそのすべてを大事に受け取って礼をする。


「かしこまりました。では、まだ勉強していない数字については姫様が教えるまで見せないようにし、今お教えいただいた二つについては、これを見なくても読み書きできるようになるまで、子どもたちにこちらを使って練習するように伝えましょう」


両手でしっかりと渡された布を握って院長はそう言った。

子どもたちへの宿題という言葉は使わなかったが、これなら院長に任せておけば大半の子どもたちは次回までにこの二文字をかけるようになっているだろうから、次回は続きからと考えてよさそうだ。


「わかったわ。じゃあ次回この文字を忘れていたら、この文字、からやり直しで新しい文字のお勉強は先送りにするわね」

「確かに承りました。覚えたら進むと聞けば、彼らもきっと忘れないよう努力するでしょう。本当に姫様にここまでしていただいて何と申してよいか……」


院長は感無量と言った様子だが、エレナは小首を傾げていた。

本来であれば孤児院で皆が仕事をしているところに割って入っているのは自分だ。

だからわざわざクリスが孤児院にお伺いを立て、許可を得てからここに来ている。

役に立っていると褒めてもらえるのは嬉しいが、自分も来たくて来ているのだからそんなに気を使わないでほしいとエレナは伝えようと口を開いた。


「そう?私は空いている時間に来ているだけだし、一応お忍びで来ていることになっているのだから、そんなに畏まらなくてもいいのだけれど」

「いいえ、姫様が来て、読み聞かせだけではなく、文字まで教えていただけて……。先ほども同じ材料でもおいしい料理は作れるのだと女性たちも驚いておりましたし、不躾にもうちのものが調理場に押し掛けたにもかかわらず、先日お出しいただいた料理の調理方法まで教えていただいたと報告を受けております」


料理の話から、孤児院の女性の一人が調理場で一緒に料理をしたという話を聞いたことを思い出した院長は、謝罪しなければと焦っていた。

だが、エレナは謝罪の前にその言葉を遮るように言った。


「作り方を教えると言っても、もともと彼女は料理ができるじゃない。かなり作業を手伝ってもらったの。あれは単に作業をしながら雑談したにすぎないわ」


彼女は料理ができる、エレナはそう言ったが、本当に彼女が作っていたものが料理なのかと言われると微妙だ。

そのくらいエレナの出した食事、そのおいしさは衝撃だったのだ。


「ですが、今までは何となく食べられればいいと、そういう料理しか作ることはできませんでしたし、私たちはそれが当たり前だと思って生活していました。ですから、姫様がお作り下さった料理は本当に……」


食べられればいいというのは悲しい話だとエレナは思った。

食べ物は命をいただくのだと料理長から教えられているエレナからすれば、確かに残しはしないし命を繋ぐために必要なものなのだから、何でも食べられることには大きな意味があると思う。

でもそれだけではなく、せっかくいただくのならおいしく食べてもらった方が食べられる方も報われるのではないか。

そのためにできることが調理方法を教えることならば、それはやった方がいいに違いない。


「……そんなに気に入ってもらえたのなら嬉しいわ。もし私の作り方を覚えたいというのなら、次回は最初から彼女と一緒に調理させてもらえるかしら?そうすれば、実戦で覚えられると思うの。彼女もそうしたいと言っていたわ。でも彼女は他にもたくさんの仕事を任されていそうだから、院長が許可してくれるのならだけれど」


失礼を働いたことを叱責されるどころか、次回からは一緒にやりましょうとまで言われた院長は頭を下げた。


「それはもう……!ぜひお願いいたします」

「わかったわ。そうしたら調理時間が短くなる分、他のこともできるようになるかしら?」「他のことでございますか?」


調理に読み聞かせに勉強に、すでに孤児院としては至れり尽くせりだ。

だがエレナは他のことがしたいという。


「私、ここに来て、調理と読み聞かせ、今回のお勉強くらいしかしていないでしょう?刺繍もここで使っている布と糸を取り寄せて練習しているの。あの教材も練習の一環として作ったのよ」

「……そうでしたか」

「だからもし機会があれば皆で刺繍をしている中に混ぜてもらって、同じ作業を体験したいわ」

「そのようなご要望があるとは存じず、大変失礼いたしました」


孤児院のお手伝いと言っているが元は視察の名目できているし、最初の視察の時に刺繍に使用している布や糸が違うという話をしてから、その種類に関する問い合わせに答えていた。

料理ならできるというのは実際に包丁さばきを見ての判断で、それも間違いではなかったが、それを言ったら刺繍だって相当な腕であることは分かっていた。

何より今、自分の手元にある布も糸も、触り慣れた素材だ。

つまりこの姫様は、本当にここでの生活を体験するための努力をしていたのだと、院長は本当の意味で理解した。


「そんなことないわ。料理は好きだもの。毎回喜んで食べてくれること、嬉しいと思っているわ。それに私はここにお仕事のお手伝いに来ているのだもの。一番必要なことをするのは当然だわ。けれど時間ができるのなら、もっと皆とお話したりして、ここのことを知りたいと思っているの」

「なんとありがたい……。かしこまりました。ぜひお願いいたします」


使用した教材の刺繍と、これから使用する予定の刺繍は孤児院に預けて、その日は戻ることになったのだった。

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