告白
学校の施設から再び教室の建物へ戻ってみると、すでに生徒の姿は見当たらなかった。
おそらく二人を見た生徒たちは、満足して下校したのだろう。
そんな教室を少し見た後、二人は通常登下校する際に利用する校門へ向かった。
ここにはまだ迎えの馬車を待つ生徒が残っている。
クリスは少し離れた人目につかないところで立ち止まった。
「まだここは人が多いね。もう少し人数が減ってから行こう」
「はい」
その間にも馬車が門の前に停まり、生徒が乗り込んだのを確認すると離れていく。
そうして次々と馬車が出入りしているため、生徒が少なくなってもいいはずだが、そこにまた下校する生徒がやってくる。
「ちょっと時間がかかりそうだね」
遠くからその様子を眺めていると、そこにケインらしき人が向かってくるのが見えた。
建物の陰に隠れているためケインは彼らに気が付いていないようだ。
「あっ」
エレナはケインの姿を見つけて、普通に駆け寄ろうとしたところでクリスに止められた。
「エレナ、ケインはすごく学校で人気があってね。エレナとだけ話をしているのを見られたら、他の人がエレナに嫌がらせをするかもしれないから、学校から離れるところで声をかけた方がいい」
「わかったわ。ケインって学校でもすごいのね。それなら一人になったところで声をかけて驚かせたいわ」
そんな会話をしながら、二人は誰にも気がつかれないよう少し距離を置いて、ケインの後を追いかけることにしたのだった。
学校でのケインはとても人気があった。
彼には目指すものがあり、文武共にそのためだけに頑張っていたため、すぐに優秀な生徒となったのだ。
そして彼は男子の友人とばかり行動していたが、見目の良さもあって、女子生徒たちの憧れの的となるのも早かった。
連日のように彼に告白をする女子生徒たちが現れては、玉砕していく。
今日はクリスが近くにいないことをいいことに、とある女子生徒がケインに迫っていた。
「何か用?」
声を掛けられてケインが立ち止まると、声を掛けた女子生徒はケインの前に回り込んだ。
「あの、ケイン様には決められたお相手がいらっしゃるのですか?」
「君には関係のないことだと思うけど?」
そう言って彼女の脇をすり抜けて通り抜け用とすると、再び前に立ちふさがって食い下がった。
「もし、そういうお相手がいないのでしたら、私とのことを真剣に考えていただきたいのです」
女子生徒はそこまで言い切ると大きく開いていた腕をおろした。
言いたいことは言い切ったという感じである。
「真剣に考えるも何も、私は君のことは知らないし、なんでそんなに真剣なのかもわからない」
ケインは冷たい目で女子生徒を見下ろした。
彼女は一瞬すくんだがここまで公の場で宣言したのだ。
あとには引けない。
「それは、生涯を共にする方として、私がケイン様を見初めたからです。頭脳明晰で剣の腕も立つ。私を生涯守ってくださる方だと……」
「申し訳ないけど、一方的にそう言われても迷惑だ。もういいかな」
「え……、はい」
勢いに押されて思わず返事をしてしまった彼女の横を何もなかったかのようにケインは通り過ぎた。
そして近くを通りかかった友人たちに小声で話しかける。
「悪いんだけどちょっと一緒してていいかな」
「ああ、構わないけど……。またか?」
友人の一人がケインにあしらわれた女子生徒を一瞥してそう言った。
女子生徒はその場に立ちつくしたままである。
「またってなんだよ……」
そんな友人の横で立ち止まることも振り返ることなくケインがつぶやく。
今日もいつも通り女性を袖にしたケインに対して別の友人が聞いた。
「あのさ、お前なんであんなにあっさりと彼女たちを切り捨てられるんだ?もったいないとか思わないの?」
「いつも思うんだけど、なんで女子に冷たいんだ?」
先ほど彼女の方を見た友人もその言葉に乗っかってケインに聞く。
「冷たいか?」
そんな友人の問いに、短い言葉でそっけなく答えたケインに、呆れた口調で同級生が言った。
「いや、だってさ……。なんかこう、もっと言い方というか、せっかく自分に好意を持って声を掛けてくれているのに、考えもせずあっさり断るとかさ……」
「その気がないのに気をもたせる必要はないだだろう。期待させられて裏切られる方が酷だと思う。待たせれば待たせた分だけ、期待も大きくなるだろうし、そっちの方がダメージが大きい」
ケインは答えながらエレナのことを思い出していた。
学校に通うことができると信じて二年もの間、努力を続けたエレナ。
そしてとうとうそれは叶わなかった。
結果が先日の事件だ。
あの事件の詳細を知れば知るほど、自分が彼女たちに期待を持たせないという行動をしていることは正しいと信じることができた。
「それに、彼女たちは人に寄りかかることしか考えてないじゃないか。女だからって守られるのが当たり前っていう考えで寄ってこられてもな」
彼は文武両道、見た目だけではなく、将来有望な優等生である。
彼女たちは、そんな彼に寄りかかることしか考えていないのだ。
彼女たちに共通して、守られたい、頼りたい、楽をしたいという欲望が透けて見えてしまっていることに、ケインはうんざりしていた。
「まあ、それはそうだな」
ケインが自分の意見を述べると一緒に下校している友人も同意した。
そして彼らはそんな話をしながら仲良く自分たちの迎えの馬車を待つのだった。
その言葉はエレナの耳にも届いていた。
ケインの言葉を聞いた途端、エレナの足が止まる。
その言葉はエレナを傷つけ、同時に奮い起たせるには充分だった。
その場に立ち尽くしてしまったエレナにクリスは心配そうに声をかけた。
「エレナ、大丈夫?」
エレナは傷ついた表情を繕うこともできないまま黙っていたが、しばらくすると、そんな彼女の目から大粒の涙が溢れ出した。
「私は、我慢していれば、待っていれば、いつかって、ずっと思っていたの。でも、それは間違っていたのね。このままでは、私は、邪魔なだけ、なのね」
涙を流しながら、顔をあげて彼から目をそらすこともせず、エレナは言った。
「そう言えば、私がケインのお姫様になりたいって話したあの日、お兄様も言ってましたよね。私も素敵なレディにならなくてはいけないって」
「……よく覚えていたね。でも、今でもそう思っているよ。そしてエレナはよく頑張っている。だから大丈夫だよ」
クリスは今のままで充分だと諭したが、エレナは首を横に振った。
「きっと、私も先程の女性と同じように、突然ケインから言われてしまうのよ。今はあまり会えないからケインに気付かれていないだけで、私だってその子たちと何も変わらないもの」
「エレナ……」
「私、もっと頑張るわ。守られなくてもいいように。そしたら私はケインの隣にいられるわよね」
「うん、まあ、そうだけど、エレナはそんなことしなくても……」
「足りないものがあってはいけないわ。ケインにふさわしい女性を目指すと決めたのだもの。これからはもっともっと、自分に厳しくしていくわ」
エレナは遠くに小さく見える彼の背に誓うのだった。




