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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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学校の施設

エレナの訪問は学生の好奇心というものを刺激したらしい。

学校中に噂が出回ったようで、二人が教室から出ると、たくさんの生徒が道をふさがないように教室の前に集まっていた。

学校という環境ではあるものの、彼らの前に立ちふさがって道をふさぐなど、本来は不敬に当たることを大半の生徒は分かっているのだ。


「教室にいらした皆様とは結局お話しませんでしたね」

「うん。みんな突然エレナが来たから驚いたんだろうな」

「それにしても、学校の生徒というのはこんなにもたくさんいるのですね」


廊下にずらりと並ぶ生徒たちの間を通りながらエレナは言った。


「普段はもっと、さっきの上級生の教室の前くらいしかいないはずなんだけど、たぶん私たちのことが気になって見に来たんだよ」


公務にはたまに顔を出しているエレナだが、その姿を見られるのはそこに参加している一部の貴族たちだけである。

まだ学生である彼らの中には、社交界に出ていない者もいれば、民衆の挨拶に足を運んでいても遠すぎて顔をしっかりと見ることができていない者も多い。

そんな彼らからすれば、学校に通っていないエレナを間近に見る貴重な機会なのである。



しばらく廊下を歩いて、別の校舎に向かう渡り廊下の辺りまで来ると、生徒の姿は見えなくなった。


「他には図書館、ホール、訓練場なんかも学校にはあってね。私もまだ授業で使ったことがないところもあるんだけど、場所だけは知っているから案内するね」


クリスはそう言うと、教室から比較的近い図書館に向かった。


「まあ!とても広いのね」


入口から中を見て思わず簡単の声を上げたエレナは、自分ですぐに両手を使って自分の口を塞いだ。


「図書館だから静かにね。みんな教室か、ここで勉強をするんだよ。勉強するだけなら教室でもできるけど、図書館なら資料もたくさんあるからね。調べながら勉強をするにはとてもいい環境なんだよ」

「学校では調べものをしながら勉強をすることもあるのね」


図書館はとても静かで、少し薄暗い。

雰囲気が良いため、落ち着いて勉強をするにはいいかもしれないが、長時間文字を書いたり、本を呼んだりすると少し疲れそうだとエレナは思った。


「ここの本は手続きをすれば持ち帰って読むこともできるんだよ。学生のために揃えられているものだから、読み物よりも調べ物に使う本が多いんだよ」

「そうなのね」


エレナは本の背表紙を楽しそうに眺めながら、棚に沿って歩き、その後ろをクリスがついていく。

そして、時々本に気を取られて本を探している人にぶつかりそうになるエレナをクリスが止めるのだ。


「エレナ、本ばかりに気を取られていると人にぶつかってしまうから気をつけて」

「はい」


そうして図書館の中を大きく一回りして入口まで戻ると、クリスが聞いた。


「図書館は満足できた?次の場所に移動しようかと思うんだけど、どうかな」


エレナはクリスを一度見上げてから、目を輝かせてうなずいた。

そしてまた、クリスの腕にしがみつく。


「じゃあ、行こう」


そうして二人は図書館を離れた。


図書館では人が歩いていないから気にならなかったようだが、廊下などでは気になるらしく、エレナは再びクリスの後ろに隠れるようにしがみついていた。

クリスが次に案内をしたのは実技で使うホールである。


「このホールは何に使われるの?」

「ここではダンスや音楽の授業をするみたいだよ。お客様が来るわけではないから、クラスのメンバーが踊れる広さがあれば充分なんだ」


二人は誰もいないホールの中に足を踏み入れた。


「音楽は演奏を披露したりするのかしら。たくさんの方の演奏が聞けるなんて楽しそうだわ」

「皆教養程度のものだから、そんなに上手ではないよ?」


ダンスのできるホールだからといって、ダンスの楽曲を演奏するわけではないし、ホールでの発表だから上手な人だけが演奏をするわけではないことをクリスは説明する。


「それでも、知らない音楽を聞くことができたりするのでしょう?」

「まあ、そうだね」

「何だか楽しそうだわ」


ステップを踏みながら、広いホールの中でくるくると回りながら、エレナはここでの授業のことを想像した。

しばらくして、満足したのかエレナは足を止めて疑問を口にする。


「そういえば、ダンスはそれぞれの家で学ぶものではないの?」

「そうだけど、パートナーによって踊りやすい人と踊りにくい人がいるだろう?パートナーを変えてたくさんの人と踊るのはとても勉強になるよ」


ここで練習をするのは学生たちだ。

先生に合わせてもらっての練習ではなく、人に合わせる練習をすることも勉強になる。

周囲に上手な人しかいないと、自分が気を使って合わせる必要がない。

上手な人が相手の場合はとても楽に踊れるため、本人のダンススキルは上がっても社交のスキルは上がりにくいのである。


「ここではたくさんの実践的な訓練が受けられるのね」

「訓練か……」

「ひたすらパートナーを変えて踊り続けるのでしょう?」

「まぁ……、多分そうだけど、エレナが想像しているようなハードなものではないと思うよ?」


エレナはよくわからないと言ったように首を傾げた。

一対一の授業ばかり受けているエレナは、集団で行われる実技の授業のイメージがつかめないのだろう。


「じゃあ、訓練の話も出たことだし、訓練場も見に行ってみる?」

「そこは、お兄様たちも使うの?」

「そうだね。何回か授業で使ったよ」

「じゃあ、行ってみたいわ!どんな授業をしたのかも教えてほしいもの」


エレナはそう言ってクリスの腕にしがみついた。

学校見学の間はエレナが自分に寄りかかってくれる。

それを嬉しく感じながらクリスはエレナをエスコートしてホールを後にした。



「ここは訓練場。女子生徒が来ることはあまりないかもしれないね」


ホール同様、訓練場は閑散としていた。

武器を使用して実践の練習をするためには必ず先生が同伴し、許可を取る必要があるため、放課後はあまり使われないのだ。


「騎士の訓練もされるのですか?」

「そこまでではないけど、護身術くらいのことはするよ。あと一通りの武器の使い方とか。知っているのと知らないのでは、全然違うからね。一度でも触ったことがあれば、いざという時に使うことができるだろう?」


学校での訓練は、弓を的に当てる、剣を振る、馬に乗る、という初歩的なものだけを学ぶのでそんなに広い敷地ではなく、ホールと同じくらいの広さである。


「思っていたのとは違ったわ」

「エレナが想像していたのは騎士団の訓練だよね。ここは騎士になる人だけが通っている学校ではないから、使い方だけ勉強できればいいようになっているんだよ。それに授業の様子を公開するわけじゃないから客席もいらないし、弓、剣、乗馬で同じ場所を使うから、不要なものは全部どけてあるんだよ」


エレナは闘技場のようなものを想像していたが、実際は空き地の周りが柵で覆われていて、入口の正面だけ柵の前に大きな板と的が置かれているだけの簡素な場所だった。

地面がむき出しになっているのは、馬の脚を傷めないようにするためだろう。



ここは特に長時間見るような場所ではない。

一瞬で見渡せるし、入学してからの案内でも、中に入ることもなく通りすがりに説明されるような場所なのだ。


「そろそろ教室に戻ってみようか。さっきのように人がたくさんいることはないと思うから、少しはゆっくり見られると思う」

「はい」


一通り校内を案内したクリスは、エレナを連れて教室に戻ることにしたのだった。

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