節約料理
孤児院訪問を終えた翌日。
エレナは早速、料理長に色々アドバイスをもらうため、調理場に足を運んでいた。
「料理長、相談があるのだけれど」
「エレナ様、改まってどうされましたか?」
「実はこの間、孤児院にお手伝いに行ったのだけれど、少ない材料でできる料理をあまり知らないことに気がついたの」
「孤児院でお料理をなさったのですか?」
料理長の耳には孤児院でエレナが調理をしたという情報は伝わっていなかったため、思わず驚いてエレナに聞き返すと、エレナはうなずいた。
「そうなの」
「お一人で、ですか?」
「ええ。メニューも材料も決められていたから、その範囲内で作ったわ」
今まで調理場で下ごしらえをしたり、一緒に調理をしたことはあったが、エレナ一人で調理をさせたことはなかった。
それなのにエレナは一人で料理を完成させて、孤児院で提供したのだという。
それだけでも弟子が成長したと嬉しく思ったのだが、エレナはさらなる向上を目指してこうして自分に相談に来てくれた。
だから、料理長はエレナに詳しく話を聞いて少しでも力になりたいと、詳細を教えてもらうことにした。
「エレナ様は先日、どのようなものをお作りになったのですか?」
「この間は、スープとサラダを作ったわ。材料は用意されていて、お昼の献立はすでに決められていたの。できるだけ材料や燃料を無駄にしないでほしいと言われたから、それなりに頑張ってはみたのだけれど……」
エレナは葉物野菜をちぎって準備したこと、芋を茹でて、その皮をむき塩コショウで味付けをしてアクセントに細かくして茹で汁で煮た肉を少し混ぜたこと、その煮汁を使って肉と、少し葉物野菜と水を足して塩コショウで味を調えてスープにしたことなどを料理長に細かく説明した。
料理長はエレナの説明が終わると、思わずすぐにエレナにねぎらいの言葉をかけた。
「その材料でそれだけの調理をなさったのなら充分です」
「でも、それはたまたま作れるものだから良かっただけのように思ったの。それにせっかくだもの、同じものばかりではなく、違うものも作って喜んでもらいたいわ」
同じ材料で違う料理を考える力が自分には足りないとエレナは感じていた。
孤児院で材料を見た時、時間を使って考えたのに、今回作った調理方法以外は浮かばなかった。
だからできれば、材料を見ただけで複数の選択肢が浮かんで、その中から喜んでもらえそうな料理を選んで作れるようになりたい。
今回の孤児院訪問で、調理の技術は身についているかもしれないが、知識が足りないということを実感していたのだ。
「エレナ様は随分とその孤児院に肩入れなさっていますね」
孤児院の子どもたちがかわいかったのか、それともよほどその場所が良かったのかわからないが、彼らに喜んでもらいたいと必死になっているエレナに、料理長がそれとなく尋ねると、エレナは首を傾げた。
「そうかしら?機会があれば他でもやってみたいと思うけれど、そんなにあちらこちらに行かせてもらえるわけではないもの……」
「ああ、そうですね……」
エレナの答えを聞いて、この質問が愚問だったことに気が付いた料理長は、少し申し訳なくなったのか声がしぼんだ。
だがエレナは気にした様子を見せることなく、自分の意思を料理長に伝える。
「だからせめてあの子たちにできることをしたいと思っているわ」
「事情はわかりました。ですが、私も材料を見ずに案を出すのは、なかなか難しいのですが……」
「そうよね……」
純粋においしい料理をふるまいたいというエレナの気持ちに応えたいと思ったものの、いざ料理を考えようと思っても、使えるものが限られているのに、肝心の材料が当日にならないとわからない。
それと同時にぶっつけ本番で立派にやり遂げたエレナなら、この先も自分で考えて料理を完成させることができるのではないかと、料理長は期待を込めて言った。
「ですからエレナ様がその場で思いついた通りにするのがよろしいかと思います。孤児院ではメニューが決まっていたのでしょう?」
「ええ。だからそれをより美味しく作るように頑張ったわ」
「もしかしたら、それがいいのかもしれません」
「どういう意味?」
料理長が期待を込めて言った言葉だったが、あまりうまく伝わっていない様子で、エレナはきょとんとしている。
「エレナ様が毎回、そのようにご自分で考えるのです。今でも充分過ぎるくらいですが、生活に必要な料理の醍醐味は、家に残された食材でいかに美味しいものを作るかということなのです。大変だからこそ、自分で工夫したからこそ、喜んでもらえたら、より嬉しく思えるものなのです」
「確かにそうだけれど、料理長みたいに私はたくさんの料理を知らないから、次においしいものをって期待されても困ってしまうわ」
孤児院で料理がよほど好評だったのだろう。
エレナは次回の訪問時、料理を作ることになったらとプレッシャーを感じているようで、喜んでもらえた分、期待に応えなければと思い、相談に来たということがわかった。
「エレナ様、おそらくですが、孤児院でエレナ様の料理がおいしいと喜ばれたのは、孤児院で普段作っているものより風味がよかったからではないかと思います。ですから、次も同じように作ればおそらく問題ありません。ですがエレナ様からすると、決められた食材しか使えないということなので、それではレパートリーが少なくなってしまうということでしょう」
「そう、そうなの!もっと工夫できるようにレパートリーを増やしたいの!」
料理長がエレナの要望に応える方法を考えてそう言うと、エレナは目を輝かせた。
自分ではどこから手をつければいいのか分からなかったが、料理長がそれを理解してくれたのだということがわかったのだ。
「エレナ様、一つ教えていただきたいのですが、食事の際、孤児院でテーブルに並んだのは、すでにできているパンと、エレナ様がお作りになったサラダとスープだけでしたか?」
「ええ。そうよ」
孤児院で一食に出される料理の品数が少ないのは間違いない。
それならばできることがあるかもしれないと、料理長はエレナに提案することにした。
「わかりました。では、まずはスープについて一緒に考えてみるというのはいかがでしょう」
「スープ?」
食事全体のことしか頭になかったエレナが料理長に聞き返すと、料理長は首を縦に振った。
「まず、パンはすでに用意されているようですから変更は難しいでしょう。サラダはドレッシングなどをつければ味を変えられますが、それはそれで手間もかかりますし、材料も別に用意しなければなりません。ですからサラダで変えられるのは生野菜の付け合わせくらいでしょう。そうなるとその食卓のメインはスープになります。ですからスープを工夫できれば、その食事の味の変化を楽しんでもらえると思います」
料理長の話を聞きながら、エレナは孤児院での食事を思い出していた。
お皿に取り分けたサラダ、その端に水気が付かないように後から置かれるパン、そしてテーブルの真ん中に運ばれた鍋、そこから取り分けられるスープ。
そして院長もスープは必ず作ると言っていた。
水分の多い物を食事に取り入れてお腹を満たすのだと。
だから料理長の言う通り、スープがその食事ではとても大事なものだ。
「確かにそうだわ。パンはもう袋に入ったものを用意されていたし、野菜もちぎってお皿に分けただけ、芋を付け合わせにしたけれど、最初にそういうメニューを聞いていたからだもの。確かに刻んだお肉を混ぜたり、野菜を少しスープに入れたりはしたけれど、工夫したのはそのくらいなの。それにスープは毎食必ず出すと言っていたもの。だからもしその材料でスープの味だけでも変えられるのなら、是非そうしたいわ!」
「かしこまりました」
食事のメニューを伝えただけで大事なことを見抜いた料理長に尊敬のまなざしを向けながらエレナがそう言うと、料理長は嬉しそうにそう答えたのだった。




