二人の共通点
王妃からの呼び出しを受けて、再びお茶会の会場に戻ったクリスは、先ほどまでブレンダが座っていた王妃の向かい側の席に座ると、自分から話を切り出した。
「どうでしたか?あまり乗り気ではなかったでしょう?」
小首を傾げてふぅとため息をつきながらクリスが言うと、王妃はクスクスと笑いながらそれに答えた。
「そうねぇ。でも、面白いし、いい子だったわ。ねぇ、クリスは気が付いていたのだから少しは彼女について思うところがあるのではないの?」
「特に期待に添えるようなものはありません」
「本当に?」
しっかりと王妃を見据えて無表情のままのクリスに、王妃は小首を傾げて再度問うと、クリスは少し考えて言葉を付け足した。
「そうですね、そういう意識すら持たない相手でしたから何とも言えません。伴侶というよりも友人という感じですから」
クリスにとってのブレンダは、言葉にした通り友人というのが相応しい。
上下関係があるので、ケインと話すように親しい言葉で会話をするのは難しいが、言葉づかいに関係なく、気さくに話ができているように感じている。
「でも、クリスもあの子なら大事にすることができるんじゃないかしら?」
「どうでしょう。そういうお話が進んでも、お互いにあまり変化はないように思いますが」
「まぁ、それならばいいじゃないの。お話が進んで気まずくなるよりずっといいわ」
想像よりはるかに前向きな回答だと王妃は嬉しそうに話す。
けれどクリスは首を横に振った。
「ただ、ブレンダにご令嬢であることを強要したいとはあまり思いません。彼女は騎士でありたいと思っているようですし」
クリスとしては友人のように思っているからこそ、彼女の騎士でありたいという気持ちを尊重したい。
それを少なくとも自分の意見でないがしろにはできないと思っていた。
けれどそれを王妃は好意的にとらえた。
「あら、そういう気遣いができるのはいいことだわ。別にずっとご令嬢でいなさいとは言わないわよ。公務ではそうしてもらうことになるけれど、取り繕うことができるのなら王宮内では普段通りで問題ないもの。そのくらいならできるんじゃなくて?」
「確かに彼女はご令嬢として育っていますし、おそらく大丈夫かと思いますが、それで納得するでしょうか?」
騎士でありたいと考えているのと同じように、王妃という立場になりたくないと思っているであろうブレンダにその言い分は通じるのだろうか。
クリスが少し不満そうにしていると王妃が言った。
「きっと大丈夫よ。だっていいお手本がいるじゃない。王宮内で自由な振る舞いをしている」
「エレナですか?」
「そうよ。本当だったら王宮内とはいえ訓練着で歩く王女なんて前代未聞だわ。しかもあの子ったら、訓練着で外出しようとまでしたのよ。それなら騎士として仕事をしている彼女が騎士服を着て歩いている方がまだいいと思わない?」
「彼女はご令嬢でもありますが、護衛騎士でもありますので」
確かにエレナは公務でしっかりと王女という役割を果たしている。
最近できることが増えたせいで少々、それっぽくない行動をやりかけている節もあるが、基本的には王女としての姿を保てている。
だがそれは、生まれ育った環境でずっとそのような生活をして身につけたものだし、今も基本的には王女として生活をしている。
家事や訓練などはその後に追加で覚えたものなのだから、本来の姿が王女なのは当然だ。
対してブレンダは、確かに貴族のご令嬢として育ったが、今は生活環境全てが騎士としてものだ。
今の彼女は誰が見ても騎士であり、ご令嬢ではない。
エレナと外出をした時に護衛任務を兼ねていたとはいえ、ご令嬢としての動作も卒なくこなしていたのだから、できないことはないだろうが、それを日常で強いるのは少し可哀そうだ。
「そうねぇ。普段はそれでもいいのだけれど、ちょっと教育は必要かもしれないわね」
「教育ですか?」
その言葉にブレンダはやはり何かを強要されることになるのではないかとクリスが警戒していると、王妃はクスクスと笑った。
「クリスが考えているようなものではないわよ。騎士での経験が良くない方に働くこともあると思うから、少し認識を変えてもらわないといけないかもしれないというところかしら?」
王妃の言葉にクリスはすぐに思い当たることがあった。
騎士、護衛騎士という立場故にブレンダにはなかなかできないかもしれないことがある。
「守ることには慣れているけれど、守られることには慣れていないということですか」
「そう。そこを意識させるのはエレナよりも難しいかもしれないわね。エレナはもともと守られながらの生活をしていたから、自分が強くなると言いながらも護衛騎士がついて回るのを当たり前のように受け入れているけれど、あの子はそうではないでしょう?」
「そうですね」
王妃になれば常に守られ、そして四六時中、誰かにに監視され、ほとんど一人になることのできない生活が待っている。
行動自体を制限されることは少ないかもしれないが、常に人について回られるというストレスをかけなければならない。
「でもそれ以外は何も心配していないのよ。もともと騎士団に入れるだけの知力と技術を持っていて、そのトップクラスである近衛騎士に試験を受けて昇格しているような子だもの」
王妃は能力に申し分がないということはすでに把握している。
そして非常に前向きだ。
そうなればクリスはできる限りブレンダに寄り添って、ブレンダが生活しやすいような環境を整えることしかできない。
「分かりました。気にしておきます」
「そうしてちょうだい。もちろん内定してからになるけれど」
「ほぼ内定しているのでしょう?」
「そうね。クリスが嫌ではないのならこのまま話を進めようと思うわ」
「わかりました。心得ておきます」
話は終わったとクリスは席を立つことにした。
この後、騎士団長と入れ替わりでブレンダが業務に戻ってくるはずだ。
その時に話をしておいた方がいいかもしれない。
ブレンダに別の希望があるのなら、そのために自分が動くことも考えた方がいいだろう。
そして自分の感情とも向き合う必要がある。
クリスはそんなことを考えながら執務室に戻るのだった。
「返事まで同じなんて、あの二人はやっぱり気が合うんじゃないかしら?素直に、はいとは返事をしないところもね」
クリスを見送った王妃は閉められたドアを見ながらつぶやいた。
そしてクリスがエレナ以外の一人の女性に向き合おうとしているのを見て少し微笑ましく思った。
おそらくクリス本人は気がついていない。
自分の希望ではなくブレンダの希望を優先したいと意見をしていることそのものが、すでに彼女を大事にしようという行動だということに。
そしておそらく他のご令嬢が相手だったら、きっとそのようなことを気にせず、決定を受け入れただろうことに。
だからこそ、今回の決定を王妃は正解だと思っている。
一時の愛や恋よりも、お互いが相手を思いやれることの方がはるかに大切だし、それこそが両者良い関係でいるために必要なことだからだ。
二人ともお互いの立場を気にして、曖昧な答えを変えしているあたり、考え方も似ているのだからうまくやっていけるように見える。
王妃はしばらく残ったお茶とお菓子を口にしてそんなことを考えてから、話を進めるべく次の準備に取り掛かるのだった。




