初日のお手伝い
髪をまとめてエプロンを身につけ準備万端のエレナは院長に尋ねた。
「私は何をすればいいのかしら?」
「エレナ様は何がお得意なのでしょうか?」
答えに困った院長に聞き返されたエレナは、少し考えてからその質問に答えた。
「得意と言っていいか分からないけれど、掃除とか洗濯とかお料理ならそれなりにできるかしら?あ、一応、この孤児院で使っているという布と糸を使って刺繍も練習してきたわ!」
エレナが自分のできることを答えると、院長は思わず護衛騎士の方に目をやった。
確かにそれらが本当にできるのなら大助かりだ。
でも本当にどれを頼んでもいいのかと、判断に困って助けを求めたのだ。
助けを求められた新人護衛騎士たちは、思わず互いの顔を見合わせた。
そこで同伴していたベテランが助け船を出す。
「どちらを頼んでいただいても構いませんが、危険なことは避けていただけるとありがたく思います。例えば掃除ならば手の届かないような高所に上っての作業のように大けがに繋がるようなものなどです。先日ご覧いただいた通り、包丁などを持っての調理などは問題ありません」
するとそれに呼応するようにエレナが続いた。
「確かに屋根に上って窓を拭くとか、そういう作業はしたことがないわ。調理も動物をさばくのはうまくできないから、そこは力のある人にお願いできたら嬉しいのだけれど……」
エレナは言いながら、実はできないことがまだ多いということに気がついて、少しそわそわしていた。
これでは役に立たないのではないかと不安そうに院長の方を見ると、言われた院長はポカンとした表情をして固まっている。
「院長?私では役不足かしら?」
反応のない院長にそうエレナが声をかけると、ようやく我に返った院長は首を大きく横に振った。
「いえ、元々屋根に上るようなことなどお願いする予定はございませんでしたし……、むしろうちの女性たちがしているようなことは全てお願いできると考えていいようで、正直驚いてしまいまして……」
そしてここまで色々できると返って何を頼んでいいか分からない。
本当は少ないできることの中から、一番簡単そうなものを頼んで様子を見ようと思っていたのだ。
そして悩んだ末、院長は結論を出した。
「では、最初は調理をお願いいたします。今、我々は朝食を終えたところで、これから皆はそれぞれの仕事をします。普段ですとお昼前に慌てて昼食を用意するのですが、もし皆の仕事が落ち着いてお昼ごはんができていたら彼らも嬉しいと思いますので」
「そう。分かったわ!」
たまに調理場で下ごしらえなども手伝っているエレナは嬉しそうにうなずいた。
そんなエレナに院長は言いにくそうに続ける。
「それで、調理についてなのですが……」
「何かしら?」
「できるだけ材料や燃料を節約していただけると……」
材料にも燃料にもお金がかかる。
そもそも生活の費用を工面するのに苦労しているからこのような暮らしなのだ。
だからあらゆるものを好きなだけ使っていいということではない。
院長が言いにくそうにしていると、エレナが尋ねた。
「今日のメニューや一食に使っていい材料は決まっているのかしら?決まっているのなら、それだけを使って作るようにすれば、材料の使いすぎにはならないわよね」
エレナは王宮の調理場で、料理長が少ない材料で美味しい賄いを振る舞うか考えていたことを思い出しながら言った。
その時エレナは皆も同じものを食べればいいのにと料理長に言ったが、使用人たち全員の食費は決まっているので、その中で購入できる材料や、残っている材料でやりくりをしなければならないと教えられた。
だから孤児院でも同じなのではないかとエレナは思ったのだ。
ならば使っていいものを並べてもらって、メニューがあればそれを聞いて、そのメニューになるように作ればいいだけだ。
料理長のように材料を見て、すぐにそれで作れるおいしいメニューを考えることは難しいだろうが、そこは孤児院が元々考えていたメニューに頼ればいい。
「ありがとうございます。では調理場でご案内いたします」
「そうね。実際に見た方が早いもの」
どのような材料が使えるのか。
エレナはわくわくしながら調理場に向かう院長について行くのだった。
調理場に通され、調理台に今回使っていいとされた食材を並べてもらったエレナは、それを見ながら必死においしく作る方法を考えていた。
そこに用意されたのは、葉物の野菜、芋、保存用に加工された少量の肉の塊、最低限の調味料だった。
これらを院長があちらこちらの棚から使っていい分だけ持ってきて調理台に並べてくれたのだ。
そして全てが出揃ったところで、昼食に予定していたのは、パンとスープとサラダというシンプルなものだと説明された。
「パンは一人ひとつ、ですが倉庫にございますので、食事の時はそこから持ってきて食堂で皿に乗せていますからここにはございません。ですからメニュー通りだと、お作りいただくのはスープとサラダになります。普段ですと葉物野菜をちぎって皿に盛り付け、その上に茹でたイモの皮をむいてつぶしたものを乗せ、残りの具材は細かくしてスープとして煮込むのです。この材料で全員分になりますが……」
おそらく王宮では数人分くらいにしかならない量だ。
だが孤児院では数十人が生活していて、中には力仕事などをして収入を得てくる男性や、育ち盛りの子供たちもいる。
そんな中、皆で分け合って食べているというのだから、スープなど満腹度の上がりやすいものや、カサを増やして全員に行きわたるようにしなければならないというのもうなずける。
「そう。じゃあ今教えてもらったものを作ってみることにするわ。その二つを作るのに使っていいのはこれだけで、時間はかけてもいいけれど、それ以外は節約しながら作ればいいのね。あと、スープなのだけれど、スープは大きいお鍋一つ分ということでいいのかしら?」
「はい。そちらの鍋になみなみと入っていれば、皆が一杯ずつ食べて、少量残るくらいのものができます。ですが、そのあたりは水で調整いただいても……」
味が薄いスープは飲み慣れている。
それにこれだけの材料を使うのだから、誰が作って失敗してもそれを食べないと言う選択肢は孤児院ではない。
焦がしてしまった場合でも、それをバリバリと音をさせながら食べたりするし、食べないという人がいたら、おいしくない残りものでも争奪戦になる。
孤児院はそれだけぎりぎりの食料事情でやりくりしているのだ。
「できるだけおいしいものが作れるように頑張るわ」
「よろしくお願いいたします。あの、私はここを離れて仕事に戻っても……」
「ええ。構わないわ。ここにある調理器具は使っていいのでしょう?」
「はい」
「じゃあ勝手に使わせてもらうわね」
エレナがそう言うと院長は何度もエレナに頭を下げた。
「それではお言葉に甘えまして、申し訳ありませんが失礼いたします」
最後にそう言い残して院長は調理場を後にした。
そしてそこには、エレナと護衛三人が残されたのだった。




