お茶会参加の覚悟
孤児院からの返事は、クリスがお伺いを立ててからすぐに届いた。
孤児院はエレナが他のご令嬢とは違い、本当に戦力になると判断したようで、たくさんの候補日をあげ、複数日歓迎ですと書かれていた。
「エレナは孤児院で何をしていたのかな……」
エレナが読み聞かせの後に雰囲気を悪くしてしまったことは聞いていた。
エレナ本人が一番そのことを気にしていて、もしかしたら孤児院から今後の訪問を拒否されるのではないかと言っていたほどだ。
けれどエレナが孤児院でしたのはそれだけではない。
自分のハンカチを見せて刺繍ならこのくらいできると伝えたり、なぜか勝手に芋の皮をむいてしまったりしたという。
最後の話が重たくて、その前の出来事の詳細は曖昧になっていたが、院長からすれば、最後の話のことよりも、エレナのやる気か能力を買っての申し出なのだろう。
今まで孤児院を訪れた貴族たちが、あそこで何をしてきたのかは、考えなくても想像はつくが、その結果、エレナが過剰に評価されたのかと思うと複雑だ。
実のところクリスはエレナの料理したものを食べたことはあるが、作っているところは見たことがない。
正確には調理場を覗いたことはあるが作っているなぁと思っただけで、どのくらいのことができるようになっているかまではしっかりと見ていなかった。
刺繍は読書よりは楽しいからと、水仕事をさせてもらえず手持無沙汰になるとたくさん刺していたので、時々その様子を見たことがある。
でもそれだってクリスが学校に行く前の話だ。
その時はだんだん手際が良くなっていくなぁと感心していたが、その後いくら工房の人が素晴らしいと言っても、それが本当に職人レベルだとは思っていなかった。
確かにエレナの刺繍は素晴らしいし、どこに出しても恥ずかしくないものだ。
実際王宮の使用人たちはそれを喜んで使用しているし、クリスもエレナからもらったものは大切に使っている。
けれどそれでも彼らは職人で、相手は王族なのだから、いくらかはおべっかが入っているだろうと思っていたのだ。
クリスが学校に行くようになってから、エレナと一緒にいる時間は少なくなったが、その間エレナが何をしていたのか報告を受けていたので、エレナのことを知った気になっていた。
もちろん、その報告に虚偽があったわけではない。
けれど、上手になりましたという言葉をクリスはそこまでのものと捉えていなかったのだ。
だから今回、エレナが孤児院で見せた技術が思いのほか高いという評価はクリスを驚かせていた。
それはエレナが市井で充分に生活できることを意味しているからだ。
だからそれを聞いて、少しクリスは寂しく恐ろしくも感じていた。
自分が見ていない間に、エレナは本人の気付かないところで目標を達成している。
もしエレナがすでに一般的にいう自立した女性と認められるくらいになっていると知ったら、その時どのような選択をするのか想像がつかない。
本当に王宮を出て自立して生きていくと言い出しかねないのではないかとは思っている。
だからクリスはエレナに自分の考えを伝えるのはもう少し先にしようと決めたのだった。
とりあえず孤児院から正式に了解を得て日付を決めたことをエレナと王妃に伝えて数日後、クリスの元に形式的なお茶会の招待が届いた。
もちろん差し出し人は王妃だ。
毎日顔を合わせているのだから口頭で伝えてくればいいものをわざわざ招待状という形にしているのは、その内容をクリスに確認させるためであり、そのお茶会の名目をはっきりさせておくためだということがすぐに読み取れた。
そしてこの招待状はブレンダの元にも届いているはずだ。
「ブレンダ、聞いた?」
「何をでしょうか?」
「お茶会の話」
お茶会という言葉に一瞬だけ困ったような反応を見せながらも、すぐに元の表情を取り戻してブレンダは言った。
「ああ、その件でしたか。ご招待の手紙は受け取りましたが、クリス様の護衛任務があるとお断りの返事を出しております。ですから日時は存じておりますね」
一応、届いた招待状にはきちんと目を通して、その日時を確認し把握しているとブレンダは言った。
そしてブレンダは招待状が届いてからそんなに経っていないはずなのに、すでに断りの返事までを出しているというのだから、随分と手際がいいとクリスは驚いた。
確かにブレンダは王妃主催のお茶会の時間、クリスの護衛任務がある。
それはクリスが依頼したのだから当然だ。
そしてブレンダはその招待状をクリスの護衛に確実に当たる日時となるため、どのようなことが行われるのかを知るためだけにしっかりと読んだという。
ブレンダは王妃主催のお茶会には令嬢として参加しないと明言してから、本当にそれを徹底している。
そこは実にブレンダらしい。
本人に参加する意思がないのだからそれでいいのかもしれないが、クリス個人からすると、何となく自分のことを避けられているようにも感じられて少し複雑な気分だ。
だがそれは表に出してはいけない感情だ。
ブレンダはご令嬢であるよりも騎士でありたいと思っていることをクリスはよく知っている。
だからいつもと同じようにクリスは小首を傾げて言った。
「そう。じゃあまたよろしくね」
「承知いたしました」
ブレンダからいつも通りの返事をされたクリスは笑みで返すのだった。
王妃から届いたお茶会の招待状の文面は、いつもご令嬢に送っているような内容となっている。
だから毎回断っているとはいえ、ブレンダからしてみればいつもと何も変わらないお茶会の招待状に違いない。
けれど今回、王妃主催のお茶会の日と、エレナが孤児院へ行く日は重なっている。
つまりこの日のお茶会にエレナが参加することはないということだ。
それが今までの王妃主催のお茶会と今回のお茶会の最大の違いである。
王妃がわざとぶつけてきたとしか思えない予定に、クリスはため息をついた。
先程の様子から、ブレンダはこのことを知らないか、気づいていないことはわかった。
ある程度の情報は共有されているとはいえ、クリスの近衛騎士であるブレンダがエレナの情報を全て共有されるわけではない。
だから今回エレナが孤児院に行く日程を知らなくても何も不思議ではない。
ただ、エレナの外出というのは近衛騎士たちにとってそれなりに重い業務だ。
一部の騎士たちがエレナについて行きたがっているので秘密裏に動いているとはいえ、近衛騎士クラスならば知っていてもおかしくはない情報でもある。
ブレンダが知らないことにも裏があるのではないかと少し思いつつ、クリスもあえてそこには触れないことにした。
結局クリスは迷った末、今回は王妃の思惑に乗ることにしたのだ。
何が待っているか分からないが、そろそろ次期王妃選びにも決着をつけなければならないのは間違いない。
王妃の思惑が自分の考えている通りの内容ならば、今回そこに乗っかることで一気に加速することになる。
だからクリスは腹をくくって、次のお茶会への覚悟を決めたのだった。




