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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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学校の授業

初めての学校という場所に足を踏み入れたエレナは、クリスの腕に捕まってあたりをキョロキョロして落ち着きがない。

一方のクリスは、とても穏やかな笑顔でエレナをエスコートしている。

エレナの手を引いているときだけは、自分が王子様になれることをクリスは知っているのである。



エレナがクリスにしがみついているのは、すれ違う人が怖いからというわけではない。

ケインに見つからないようにこっそりと移動するためである。

いつケインの耳に入ってこちらにやってくるかわからないが、その前にケインを見つけて観察したいとエレナは思っていた。

二人が廊下を歩いているうちに授業が終わったのか、いつの間にか廊下にたくさんの生徒が出てきていた。

そして教室の中からも声が聞こえる。

クリスはまだ授業の残っている生徒の邪魔にならないよう、教室から離れた壁側を歩くようにしていた。

生徒たちは二人に目もくれず横を通り過ぎていく。


「さっき通ったのが教室の前の廊下だよ。授業がある時にドアを開けると目立つからね。少し遠いけど空いているドアの隙間から教室を見てごらん」


エレナはクリスに言われて立ち止まった。

壁とクリスの背中に挟まって、あまり人から自分の姿が見えないように、ひょっこりと頭だけを出して教室の様子をうかがう。

中にはテーブルのような小さい机が並んでいて、机に向かって本を読んでいる人や、複数人で机を囲んで立ったまま談笑をしている生徒の姿が見えた。


「ここでは皆同じ方向を向いて座るんだ。正面には黒板があって、必要なことは先生がそこに書く。生徒はそれを見ながら必要なところをメモしたりするんだよ」

「だから正面に衝立がないのね」


勉強をするために使用する机は図書館の机と自室の机しか見たことがないエレナが納得したように言った。

図書館の衝立は知らない人が気にならないように、自室の机の衝立や本棚はそこに常に自分のものを置いておく方が便利だから本棚を兼ねて設置されていることが多い。

正面の遠くにある黒板を写したり、先生が正面に立って説明をするならば確かに衝立は邪魔になる。


「そうだね。衝立があったら黒板が見えないから」

「会議室のようなものかしら?皆様、今は何をしていらっしゃるの?」

「今は休み時間だから、休憩だね。時間になったら先生が入ってくるからそしたら授業が始まるんだ」


もうすぐ授業が始まると説明している生徒の一人は、自分の目の前にいて、学校内を案内している。


「お兄様は授業に参加しなくてよろしいのですか?」

「学年によって授業の時間が違うんだ。私達の授業はもう終わっているから、大丈夫だよ」


自分の授業は終わっているとクリスが説明すると、エレナは首を傾げて言った。


「お兄様の教室を見てみたいわ」


エレナにとって、他のクラス、クリスやケインの生活していないところはどうでもよかった。

本当だったら一緒に過ごす可能性のあった場所、二人の会話に出てくる場所を少しでも多く見ておきたい。


「多分あまり人は残っていないと思うし、もう少ししたらにしよう。今日は見学だからね。ここで少し、授業の始まる様子を見ていけば、どんなことをしているかわかるから、それから移動しようと思うんだけど、どうかな?」


教室だけを見せるのなら、最初から自分の使用しているクラスに案内すればよかったが、授業の雰囲気は言葉で伝えるだけになってしまう。

クリスはエレナに外からだけでも教室に先生がいる学校の授業というものを見てもらいたいと思ったのだ。


「授業が始まるとこの様子が変わるの?」

「全然違うよ。皆授業を受ける時は静かに勉強する。休憩時間は、歓談したり、軽食を取ったり、本を呼んだり好きなことをするのに使うんだ。宿題が出ることもあるから、その時間で宿題をしてしまう人もいるみたいだけどね」


二人が廊下で立ち止まって立ち話をしていると、そこに先生らしき人が現れた。

すると同じくらいのタイミングで数人の生徒が教室に駆け込み、先生らしき人の号令がかかると、教室は急に静かになった。

そして、黒板に何かを書きつける硬い音と、先生の説明する声が聞こえ始めた。


「授業はどの教室も同じ時間に一斉に始まるんだ。急に静かになっただろう?」


クリスが小声で説明をすると、エレナも声を潜めた。


「本当だわ。さっきの様子が嘘みたい……」


各教室に先生と呼ばれる人が入っていくと、急に周囲が静かになった。

自分たちが小声で話す音ですら、廊下に近い席の生徒であれば聞き取れるのではないかと思われるくらいである。


「たぶんここはしばらく人が通らないから、少し授業の様子を覗いてみようか」


クリスはエレナの手を引いて、教室のある方の壁側へ誘導した。

そして音を立てないで教室の方を見るようにとエレナの肩に触れて体の向きを変える。


「見える?」

「ええ。黒板というのは大きいのね。あ、先生が黒板に何か書き始めたわ。さっき説明していた内容のまとめ……かしら?」


個人の家庭教師の場合は先生のノートを見せてもらって自分で書き写したり、直接先生が自分のノートに説明を追加して書いてくれたりするため、大きなところに書いたものを皆が一斉に書き写すという授業スタイルが珍しいらしい。


「ここに書いてあることを全部写す必要はないんだけどね……。必要なところを書き写せばいいだけだから。でも先生が書いてある通りに写しておく方が後で見た時に分かりやすいことが多いんだよ。同じ時間にたくさんの生徒が授業を受けるから、先生はできるだけ多くの人が一度で理解できるようにって考えて授業をしてくれるんだよ」

「この黒板が全部埋まってしまったらどうするの?」


クリスの説明を聞いて、エレナはふと疑問を口にした。


「生徒がもう書けただろうとか、一時的な説明のために書いた場所なんかを先生が判断して、重要度の低いところから消して、そこに必要なことを書いていくんだよ。だから授業が終わったら全部消して、次の授業に備えるんだ。先生にもよるけど、基本的に端から、もしくは上から書いていって、反対側の端まで書ききったら、書き始めたところから消していく先生が多いよ」


クリスの説明を聞きながらエレナが感心して、再び授業の様子をうかがっていると、きりがないと判断したクリスがエレナに声をかけた。

このままでは授業が終わるまでずっとここにいることになりかねない。

さすがに生徒が教室から出てきた時に近くで遭遇するのはよくないだろう。


「そろそろ、静かに廊下を抜けていこうか。この先に私達の教室があるんだ。授業は終わっているから人のいない殺風景な教室になっちゃうと思うけど……」

「ここではたくさんの人に隠れて教室の様子がわかりにくいもの。それにお兄様たちが学んでいる教室をじっくり見られるのは楽しみだわ」


そう言うと、エレナは再びクリスの腕にしがみついた。

それを合図にクリスはエレナをエスコートしながら、授業中の教室から離れるようにして廊下を進み始めたのだった。

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