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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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最後の授業と感謝

孤児院の話が落ち着いたところで、エレナは姿勢を正してから、思い出したことを口にした。


「そうだわ。先生、今日は同行してくれてありがとう。先生のアドバイスを踏まえて孤児院を見たことで、私にもお手伝いできそうなことがあるってわかったわ。もしお手伝いできることになったら、次からは一人だけれど、院長も他の方もいい人そうだし、元々孤児院でのお手伝いは先生が私のために提案してくれたことだもの。先生にこの先の成果を見てもらうことはできないけれど、これが最後の授業だと思って頑張るわ」


実際に孤児院のお手伝いという案を出して、それが叶うよう動いてくれたこと、今日、自分が読み聞かせをしている時に院長に助言をしてくれたこと、そして今までたくさんのことを教えてくれたこと、いつも自分の味方でいてくれたこと、その全てのことに感謝を込めてエレナはそう言った。

ここで結果を残さなければ、彼女の顔に泥を塗ることになってしまう。

だからきちんと役に立って成果を残したいと思ったのだ。

けれどこの先、家庭教師が同行する予定はないことをエレナは理解していた。


「成果ですか……。そうですね……。エレナ様、もしこちらの孤児院の環境が改善すれば、それは成果として民衆に、私の耳に届きます。私はいつでも、遠くからエレナ様を見守っておりますよ」


例えエレナが頑張ってもその成果がすぐに現れるとは考えられない。

相当な時間がかかるだろう。

それに孤児院のような閉鎖的なところから話が外に伝わるのもその後だ。

けれどエレナが成果を残したら、その話はきっと世の中に広まる。

市井の方が先に広がるかもしれないが、市井の話題はいずれ貴族の耳にも届く。

エレナの話が良い形で伝わるのなら、それだけで充分だと家庭教師は思っていた。


「遠くからというのは寂しいわ。……そうだ、遅くなってしまったのだけれど、先生に渡したいものがあるの」

「何でしょう?」


エレナは馬車に置いたままにしていた包みを手にとって、彼女に差し出した。


「今までのお礼をしたくて、ショールに刺繍をしてみたの。気に入ってもらえたら嬉しいけれど、外で使いにくければ、寒い時にひざ掛けにしてもらえたらと思って……」

「まあ!開けてみてもよろしいですか」

「もちろんよ!直してほしいところがあったら言ってちょうだい」


実はショールへの刺繍は初めてだった。

ハンカチとは違い大きくて扱いにくく、柔らかいショールへの刺繍は思った以上に難しかったが、ゆっくり丁寧に扱えばいつもの通りにできた。

それに今までの授業のことを振り返りながらゆっくりと刺すことで、その思いも刺繍に込められた気がしていた。

エレナからすれば渾身の作である。

家庭教師は受け取った包みを丁寧に解いてきれいに畳まれたショールを取り出すと、エレナの目の前でそれを広げた。

そしてその刺繍をじっと見てから、静かに自分の肩に掛けて、ショールの端を握って微笑んだ。


「これは……とても素敵です。大変だったのではありませんか?」

「こんなに大きい図案を考えるのは初めてだったから、とても悩んだのだけれど、刺繍は先生に渡すことを考えながら刺していたから、とても楽しかったわ」

「いかがでしょう?似合いますか?」


肩に掛けたショールの後ろが見えるように、座ったまま体をひねった。


「ええ!嬉しい!とても素敵!良かったわ!」

「本当にこんな素敵なもの……大事にいたします」


家庭教師へのお礼を無事に済ませることができたエレナはようやく笑顔を浮かべた。

孤児院のことは引っ掛かったままだったが、それは過ぎてしまったことだし、今のエレナにできることはない。

もし本当に彼女の言った通り、あの孤児院が自分を受け入れてくれたなら、仕事をすることで悪意がなかったことを証明するしかない。

家庭教師は成果を出せば、自分もそれを知ることができると言っていた。

だから彼女の耳に届くくらいのことをしたい、エレナはそう思ったのだった。



エレナたちが話をしている間に馬車は無事、王宮に到着した。

馬車から降りる時、手を差し出したルームメイトにお礼を言ってから、家庭教師はエレナにショールを肩にかけたまま端を胸元で押さえてくるっと回ってみせた。

エレナはそれを見て満足そうにうなずいている。

その様子は先生と生徒というより仲の良い、年の離れた友人のようにも見える。

帰りの馬車でゆっくり話ができたようだったが、まだ話し足りないのか二人の会話は続いていた。

話の内容からショールはエレナが刺繍をして贈ったもので、彼女はそれを喜んでいるということが解かる。

そんな二人を見てルームメイトがケインの隣に立ってこっそりと尋ねた。


「なぁ、あの家庭教師って……」


親しそうな様子が気になっていることを察したケインは、向きを変えることなく彼の言葉を遮って言った。


「あの方は、エレナ様からすれば特別大事な方なんだ。たぶん、刺繍の師匠以上に」

「そうなのか。普通は家庭教師、しかも懸想することにもならないだろう同性の家庭教師をあんなに慕うもんか?」

「あぁ……、まあ、それには色々あるんだ」


事情を知っているケインが言葉を濁して気まずそうに答えると、ルームメイトはそれ以上内容については追及しないことにした。


「昔、何かあったってことか」

「まあ、そんなとこだ」

「内容そのものは深くは聞かなくてもいいけど、それ、あんま他には知られない方がいいよな。あの家庭教師の身が危なくなりそうだから」


ルームメイトの一言で思わずケインは家庭教師の方に目をやった。

すでに退職しているはずの家庭教師と生徒という関係だが、その仲は随分と深そうに見える。

最近ようやくお茶会などにも頻繁に参加するようになったエレナだが、そこで特別仲の良い令嬢がいるという話も聞かない。

エレナと親しくしている女性は数えるほどしかおらず、彼女はその数少ないその一人だ。

よく考えれば王宮の外で暮らしている彼女が普段どのような生活をしているのかを誰も知らない。

何となく王宮に通って往復しているだけというイメージだったが、言われるまでその身が危険なのではないかという考えには至らなかった。


「確かにそうかもしれないな。だが彼女は名門の家の方のはずだからあまり心配しなくていいんじゃないか?」

「それもそうか。じゃなきゃ、エレナ様の家庭教師なんて務まらないもんな。でもそれなら何でこんなに孤児院とか市井のことに詳しいんだ?名門だけど貧乏な貴族の出身なのか?」

「家庭教師の素性は……気にしたことはなかったけど、言われてみればそうだな。だけどさすがに王宮の中に入る人間については王家が調査してるんじゃないか?」

「そうだよなぁ。俺の気にしすぎだな」


本当に身の危険を感じていたら、当人である家庭教師があのように穏やかな笑みを浮かべられるわけがない。

もっと周囲を警戒する素振りを見せるだろう。

それにケインの言う通り、エレナの側に置かれ、長く深く関わることが前提となる人間なのだから、王家や重鎮たちが彼女の素性を調べていないわけがない。

少なくともエレナと関わらせるのに問題がないと判断された女性には違いないのだ。

ルームメイトはそんなことを考えながら、しっかりと二人を見ているのだった。

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