エレナと子どもたち
どうにか調理場から離れて次の場所を見学するため移動を始めたところで、ケインは次の場所へ案内しようと前を歩く院長の元へ行き声をかけた。
「孤児院には後日ご都合をお伺いすることになるかと思いますが、本当によろしいですか?」
これはエレナのわがままだ。
彼らに断る権利はないに等しい。
エレナが国王や皇太子から許可も出ているし、これからも来ると言われたら、来てくださいねと答えるしかできなかったはずだ。
だから念のために確認しようとケインは声をかけたのだ。
「はい。バザーの時は忙しくしておりますが、それ以外はここでこうして生活しております。バザーと、必要な買い出しに数人連れて街に行くくらいしか子供たちには楽しみもないようなところです。エレナ様が起こしくださったら子供たちも喜ぶと思いますので」
「ご迷惑にならなければよいのですが……」
エレナの好意が相手の迷惑になってしまってはエレナの株が下がってしまう。
ケインはそれも心配していた。
だが、院長は首を横に振ってこう言った。
「正直言いますと、普通のお貴族様を迎え入れるのであれば、少々気が引けるところでございます。そういう方ですと手伝いという名の邪魔になることも多いもので……。ですが先ほどのエレナ様の腕前を拝見してしまいますと、申し訳なくもお力をお借りしたいと思いました。かえって申し訳ないくらいでございます」
話を聞いてみるとどうやら他にも貴族の子息や令嬢から時々そういう申し出があるらしいが、結局院長たちのもてなしが必要だったり、文句を言うだけだったりすることが多いので、どうしたものかと思っていたそうだ。
ただ、彼らの家からは少なくない額の寄付があるため、迂闊に断ることはできない。
だからそれも仕事の一環だと思うことにしていたのだという。
少なくともエレナのように刺繍を練習してくるとか、目の前で、いもの皮をするするむいてしまうようなご令嬢はいなかった。
だから院長は本当に仕事を手伝おうとしているエレナなら歓迎できるという。
「そうですか。それでしたらその方向で話を進めさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
ケインと院長が今後の話を詰めている間に、好奇心旺盛な子どもたちは、自分の仕事を終えて、視察中のエレナの周りに集まってきていた。
子どもたちに囲まれたエレナは笑顔を振りまきながら、どう対処していいかわからず悩んでいた。
「お姫様、お人形さんみたい!とってもきれい!」
「すてきなお洋服。私もこういうの来てみたい!」
今までは兄やブレンダに、どちらかといえば飛びつく側だったエレナが飛びつかれる側になっている。
悪意も裏もない純粋な褒め言葉を受けられるのはとても嬉しいが、立ち止まったためにたくさんの女の子たちがスカートの裾を握っているのでぶら下がっているような状態だ。
親しみを持って悪意もなく自分にキラキラした目を向けている女の子たちを邪険に扱うことはできないが、このままでは移動することもできない。
「こらこら、お姫様がお困りだから」
「えー」
「やだー」
ケインとの話を終えてその様子に気が付いた院長が声をかけると、女の子たちはますます反抗してエレナの側にぴったりとくっついた。
なぜかその様子を微笑ましそうに見ているだけのルームメイトのところにケインは寄っていって小声で言った。
「何であの状態を放置してるんだ?」
「いや、孤児院訪問なんだから、子どもたちとの交流もその一環だろうと思って。それに敵意のあるような子はいなそうだから大丈夫だろう」
確かに武器を持っているわけでもないし、相手は子供だ。
だが、交流するにしてもこれでは何が何だかわからない。
ただエレナが子どもにもみくちゃにされているだけだ。
「でもあれじゃあエレナ様動けないだろう」
そう言ってケインが困惑していると、男の子たちは騎士の二人に気が付いて駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたちは騎士なの?」
「おーそうだぞ?」
「すごーい!あのね、この孤児院からも騎士になったお兄ちゃんたちがいてね、時々泊りに来てくれてね、遊んでくれたり、本読んでくれたりするんだよ!」
一人がお兄ちゃんたちの説明を始めると、次々と男の子たちが集まってきてお兄ちゃん自慢を始めた。
「そうか。本を読んでくれるのか。いいお兄ちゃんたちだな」
「うん!お兄ちゃんたちも本読める?」
「難しくない本なら読めるぞ?」
「そっか。騎士はみんな本が読めるんだね!」
エレナの話をしている間、こちらには男の子たちが寄ってきて次々と話しかけている。
一度立ち止まってしまったためか、子どもたちに囲まれて収集がつかなくなっている。
院長も子どもたちに彼らから離れるよう声をかけているが興奮した子供を前にどうしていいか分からない様子だ。
おそらく普段なら大声で一括するのだろうが、ここには視察中の貴族たちがいるので、そんなことをするわけにもいかないのだろう。
ちなみに数人の子どもたちは後ろの護衛騎士と家庭教師にも話しかけていたが、彼らにうまく諭されてエレナや見習い二人のところに送られている。
そして彼らもエレナに害はないだろうと判断して温かいまなざしを向けているだけだった。
そんな中でうまく子どもたちを扱っているのはルームメイトだった。
一斉に話しかけてくる子どもたちに次々と言葉を返して頭を撫でては次の子供の相手をしている。
ケインが言葉につまっていると、ルームメイトが話しかけてきた。
「お前はこういうの、苦手そうだよな」
「……そうだな。経験がないから苦手かどうかもわからないが、この状況をどうするのが一番いいかはすぐに思いつかない」
「俺、上にもいるけど下にもいるんだ。よく下の子の面倒は見てからな。多少慣れてるだけだと思う」
この一瞬の会話の間にも男の子は何か言葉を発している。
ケインは何となくあしらっていたが、ルームメイトは再び次から次へと子供の話を聞いては答えていく。
この状況に耐えかねたエレナが護衛二人に声をかけた。
「ねぇ、この子たち、遊び相手が欲しいみたいなのだけれど、しばらく遊んであげてくれないかしら?」
そう言ってエレナが二人にそれとなく助けを求めると、ルームメイトはケインにだけ聞こえるように言った。
「これはお前が適任だな」
さっさと匙を投げたケインに苦笑いしながら、ルームメイトは言った。
「じゃあ、俺は子どもたちを引き連れてエレナ様についていくことにするよ」
「引き連れて?」
「流石にエレナ様の命令でも護衛対象と別行動はできないからな。子どもたちに動いてもらうことにしようと」
話を進めていると、二人のところに子どもたちをくっつけたままのエレナがやってきた。
「何だかよくわからないから、お任せするわ。護衛は他にもいるし、今は建物も警備しているから施設全体が安全なはずだけれど、子どもたちの相手をするのは、本来の護衛騎士としてのお仕事ではないものね。私は子どもたちに喜んでもらえたら嬉しいのだけれど」
途中から話を聞いていたエレナはルームメイトにそう言った。
彼は自分に直接声がかかったことに驚きながらも答える。
「はい。可能な限り対応いたします。お任せください。申し訳ないのですが少しだけ子供たちと話をする時間をいただきます」
「わかったわ」
とりあえずエレナは子どもたちを彼に任せることにして、これから彼が始めようとすることを見守ることにしたのだった。




