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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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活動再開

ケインと再会してからのエレナは前のように活動的になった。

倉庫での一件は何もなかったかのように扱われ、エレナが回復してきてからは、誰もそのことに触れる者はいない。


「料理長はいるかしら?」


料理長はわざわざ自分を訪ねてきたエレナを慌てて迎え入れた。


「これはエレナ様、お加減はもうよろしいのですか?」

「ええ。すっかりよくなったわ」

「それは良かった……」


エレナを娘か弟子のように思って接していた料理長は、エレナがここまで歩いてこられるようになったことを嬉しく思っていた。

ぐったりとしたエレナがケインに抱えられて運ばれるのを、偶然廊下で見かけた時は思わず飛び出して行きそうになるくらい動揺したのだ。

安堵している料理長をよそに、エレナは話を続けた。


「料理長が食べやすいパンや飲み物をケインに持たせてくれたと聞いたわ。私はそれを口にしたからこうして元気になったそうよ。料理長は命の恩人ね」

「いえ、そのような……もったいないお言葉です。ですが、あの果実水が原因でお倒れになったと聞いております。本当ならば謝罪をせねばなりません」


料理長はエレナが倒れた原因は果実水だと聞かされていたため恐縮した。

エレナの好みを考え、飲みやすいものをと作ったものだったが、その結果意識を失ったのだ。

そのようなものを作ってしまったことを少し悔やんでいた。


「違うわ。何も口にしなければあのまま死んでいたそうよ。果実水をたくさん飲んでしまったのは美味しかったからだもの。飲みすぎたのは私の落ち度よ。それに食欲のなかった私の食欲を呼び起こしたのだもの。やっぱり調理長はすごいのよ」

「エレナ様は何と懐の深い方なのですか。本当なら責められるべきところでございますのに」

「そんなことしないわ。だって料理長がいなくなったらおいしい料理の種類が減ってしまうもの。それに料理長は私の料理の先生なのよ?これからもたくさんお料理を教えてもらうつもりなの。私の数少ない楽しみがなくなってしまうわ」


料理長は何度も頭を下げて謝罪の意を示したが、エレナはその必要はないという。

しかもこんな自分の料理をまた食べたいと、一緒に料理を作りたいとまで言ってくれる。

気がつけば料理長は目頭を押さえながら、頭を下げたり、返事をしたりを繰り返していた。


「はい。エレナ様には私の料理の全てを捧げます」


最後には弟子たちを前に、先にエレナに全てを教えるとまで宣言する。


「ありがとう……。これからも励みたいと思うわ。また色々教えてちょうだい」

「はい。いつでもお待ちしております」


料理長が頭を下げると、弟子たちも一緒に頭を下げる。


「今日も皆さんが作ってくれるおいしい食事を楽しみにしているわ」


最後にエレナはそう言って頭を下げている料理長たちに背を向けてその場を後にした。



エレナが自分で部屋の外を歩くようになったことが両親に知れると、家庭教師の授業が再開されることになった。

エレナは家庭教師にも謝罪をした。


「先生にはたくさん心配をかけてしまったわ。ごめんなさい。でも、これからも私の相談に乗ってほしいの。親身になってくれるのは先生や料理長だけだもの。私にとっては大事な人だわ」

「エレナ様に頼りにされてとても嬉しいです。ですが病み上がりですからいきなり無理をなさってはよくありません。少しずつ、いつものスタイルに戻してまいりましょう」

「はい」


歩けるようになったため勉強が再開されたのだが、家庭教師はエレナの体を心配してベッドにいるように言った。

そのため、エレナは壁に背をあずけてベッドの上に座った状態で話をしている。


「何からやればいいのかしら?刺繍なら座ってできるのだけれど……」

「ベッドの上での刺繍は危険ですからおやめください。誤って針を落としてしまって見つからないままになってしまいますと、お休み中にお怪我をされることになります」

「そうね、確かに落としてしまった針がベッドのどこかに刺さって見えなくなってしまったら恐ろしいわ。じゃあ、今日は何をするの?」


ベッドの上でできることは限られている。

ノートを取ったり計算をしたりすることは難しい。


「今日はリハビリですから、聞いているだけでいいように、昔の話でもいたしましょうか」

「昔の話?」


きょとんとするエレナに家庭教師は笑顔で本を開きながら言った。

最初からそのつもりで読み聞かせの準備をしていたのだ。


「伝承などですね。物語を聞いてくださればいいのです。聞いていればなんとなく覚えているものです。眠くなったら眠ってしまっても構いませんよ」

「それじゃあ勉強にならないわ」


困ったように眉をひそめたエレナに家庭教師は言い聞かせる。


「もっとお元気になりましたら、いつもの通り、嫌でも机に向かってお勉強することになりますよ」

「そうね……。わかったわ」

「では、はじめますね」


そう言うと、家庭教師は本に書かれた昔話の音読を始めた。



エレナはぼんやりと家庭教師の昔名橋に耳を傾けながら、子どもの頃の出来事を思い出していた。

ベッドサイドで物語を読んでもらうのは何年ぶりだろうか。

兄と一緒に寝ていた時は絵本をよく読んでもらっていた。

あの頃はベッドの上に二人で並んで、ごろごろして、絵本の絵を一緒に見ながら、時々雑談をしながら、数ページのお話を一生懸命に伝えてくれた。

昔は絵があってもその絵の説明がないと分からなかったのに、今は音を聞いただけで情景が浮かんでくるのだから不思議だ。

なんとなく懐かしさを感じながら、心地よい声に包まれて、エレナはいつの間にか眠りに落ちていた。



そうして徐々に立ち直り、皆が日常を取り戻した頃、ついにエレナの学校見学の日取りが決まった。

見学の前日、エレナはクリスにお願いをした。


「お兄様、今回のこと、ケインには内緒にしておいてほしいの」

「どうして?」

「びっくりさせたいもの。それに私がいないところでどんな生活をしているのか見てみたいわ」


自分が来るとわかったら、きっと付き添いを買って出るだろうとエレナは思った。

でも、エレナが見たいのは学校という場所が本来どういうところなのかであり、ケインがどのような日常生活を送っているのかである。

クリスはエレナの学校見学について、生徒に告知しないようにすでに学校に頼んでいた。

エレナが学校に入学することはない。

そんなエレナが来るということは、学校に王族が視察に来ると同義であり、学校をあげてのお迎えなどが必要となってしまう。

エレナがそんなことを望んでいないことはクリスも解っていた。


「そうか。わかった。ケインには黙っておくよ」

「絶対に内緒にしてね」

「わかった。じゃあ、案内は僕がするね」

「楽しみにしているわ。お兄様、ありがとう」


本当に楽しそうに話すエレナに、ふっきれたのかと聞く勇気はない。

それに学校を実際に見ることで、やはり行きたかったと悲しい思いをするかもしれない。

クリスは複雑な思いを抱えながら、学校を案内している間だけでもエレナをしっかりとフォローしようと決めたのだった。

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