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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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エレナ護衛の注意点

「エレナ様、普通に王女殿下だった……」


廊下に出てエレナの部屋から少し離れたところでルームメイトがぽつりと言った。

それを聞いたケインは思わず眉間にしわを寄せる。


「なんだよそれ……」

「あ、いや、何というか……、初対面の……というかお茶会のインパクトが強すぎて……」


ケインの機嫌が悪くなったことを察したルームメイトは慌てて理由を説明した。

別に悪意のある言葉を言いたかったわけではない。

ギャップがすごいという話をしたかっただけなのだ。


「そうか……」

「なんで驚かねぇんだよ……って、そっか。お前、幼馴染だもんな……。どちらのエレナ様でも変わらないってことか。てか、エレナ様の護衛騎士ってあの環境に慣れてんのか?」


クリスのお茶会に声をかけられた時、ワゴンを押してきたエレナに気を取られて気にしていなかったが、当然エレナは廊下をあの姿で歩いてきたのだろう。

部屋からは人払いされてクリスの護衛騎士の女性しか残っていなかったが、そこに来るまでの護衛は当然いたはずだ。


「流石にそこまではわからないけど、お茶会のお菓子を準備する場にはエレナ様の護衛もいたはずだから、それなりにエレナ様が何をなさっているかは知られてるんじゃないか?」

「ああ、そうか、そうだよな。交代で見守ってんだからそうだよな……」


ケインとルームメイトの会話を黙って聞いていたエレナ担当のベテラン護衛騎士はクツクツと笑い出した。


「エレナ様の護衛騎士はわりとエレナ様に胃袋をつかまれているんだぞ。まぁ、そのうちお前たちもそうなるかもしれないな」

「どういうことですか?」


ベテラン相手にも関わらず、ケインが少し不機嫌そうな空気を醸し出した。

彼は長くエレナの側にいるためケインのことも知っている。

だからケインが不機嫌な理由も理解しているのでそれを無視して、今回はもう一人の新人のために分かるように説明をする。


「エレナ様はお料理を趣味になさっているんだが、料理長が教えていたせいかすごく腕がいい。実は前に家庭教師たちと森に研修に行ったんだが、その時に護衛の分までお手製の昼食を用意されていて、そこにいた護衛騎士と、馬車を管理するために森の入口で待機していた御者はご相伴に預かったんだ。まぁ、他にもエレナ様は色々なさっておいでだな」

「……そうでしたか」


エレナの料理は割と色々なところで振る舞われているらしい。

仕方のないこととはいえ、ケインは自分の知らないところで振る舞われていると思うと少し複雑な気分だ。

きちんとエレナを敬って護衛騎士になった人は胃袋を捕まれ、一年上の先輩たちはその気さくさに乗せられているということらしい。

騎士団の人心はエレナに掌握されている。

王宮にしかいないから、王宮に関わる人たちと仲良く使用くらいにしかエレナ自身は思っていなそうなところが恐ろしい。

そしてケインがそんなことを考えた自分に少し動揺していた。

貴族と王族、立場が違う。

自分たちは王族に使える身で、どんなに親しくなっても礼儀を重んじ常にわきまえろと言われて育てられてきた。

だが、ここではその垣根が低い。

自分がこんなに気を使っているのにと、つい比較してしまい、何となくそこが気に入らず不満が蓄積してしまう。



ベテランの護衛騎士はケインの様子から何かを察したのだろう。

急に話を変えてきた。


「それにしても今回は新人がいきなり二人も配属されるとはな」

「どういうことですか?」


ルームメイトが尋ねると、ベテランの彼は大げさにため息をついて言った。


「どうもこうも……。クリス様がエレナ様のことに関して特に厳しく見ているって話は知っているだろう?護衛騎士はますます厳しいんだ。だから今まで新人なんて配属されたことなくてな。大抵はクリス様の護衛騎士を経験して、クリス様が認めた人がエレナ様を担当することになる。だからエレナ様の護衛になりたければ、国王様でも王妃様でもない、クリス様のお眼鏡にかなわなきゃならないんだ。まぁ、これは護衛騎士公然の秘密ってやつで、クリス様の護衛騎士になると説明されることだが、表向きは平等に選んでいることになっているから口外するなよ。今回は晴れて新人も来たことだし、ますますこの事は隠されるに違いないからな」

「……はい。わかりました」


ベテランの彼の口ぶりでは今回の二人が例外で、この先、おそらく新人がここに来ることはないだろうという感じだ。

そしてしばらく、ここに配属されるのはおそらく同期か先輩しかいない。

だから二人は当面の間、常に先輩に気を使って生活しなければならないということだと感じた。

その緊張感が伝わったのか、彼は苦笑いしながら言った。


「そんなに緊張していられるのは今のうちだ。すぐに緊張している余裕はなくなるから覚悟しておいてくれ」

「は……い?」


彼の意図が読めず二人が返事に困っていると、本人は楽しそうに笑いだした。


「まず、ここには先輩とか後輩とかそんなことを気にするような人は配属されないから安心していい。そういう人はクリス様のところで弾かれているからな。それから、まあ、エレナ様の護衛ってのは当然エレナ様を常に気にかけなければならないんだが……、結構ハードだ。いきなり明後日の方向に行ってしまうこともあるし、目を離したら見失うこともあるからな。そっちに気を持っていかれるから緊張している場合ではなくなる」


そう言われてもどう返事を変えしていいか分からない二人は何も言わずに彼の話を黙って聞いていた。


「ああ、この話だが、普通に話をするなら不敬になる可能性はある。だけどな、これは大事な共有事項なんだ。その意識なくエレナ様の護衛は務まらないから、二人にはしっかりと肝に銘じておいてもらいたい。これもエレナ様とクリス様の護衛騎士だけには知らされている」

「そうでしたか……わかりました」


ルームメイトはその言葉を受けて、ケインは訓練で森に入った時のことを思い出しながら返事をした。



そうして配属の挨拶を終え、この先上司となるベテランの護衛騎士と別れてから、ルームメイトはぽつりとつぶやいた。


「エレナ様は基本的に王宮の中にしかいないのに見失うようなことがあるのか……?」


ケインは答えるべきか迷ったが、小声で彼の質問に簡単に答えることにした。


「エレナ様は普通の貴族のご令嬢が足を運ばないようなところに出入りされるし、わりとご自身で動かれる。だから普通の貴族令嬢を護衛する時のような緩い護衛ではだめだということではないか?……お前も訓練着で訓練場にいるエレナ様を見てるだろう?ああいうところにも行かれるから一度見失ったら探すのは大変だと思うぞ」


しゃべりながらケインはエレナが先輩たちに話しかけられている時に彼が一緒にいたことを思い出してそう付け加えた。

本当は森でエレナが道を外れて藪の中に入っていきそうになってヒヤヒヤしたとかそういう話をした方が信憑性が増すのだろうが、それを今の自分が知っていることについて彼に説明ができないため、少し話を逸らしたのだ。

さすがに森での訓練に同席したことは彼に伝えることはできない。


「俺たちは王宮内部を全て把握しているわけじゃないからな。探し回ることは難しいだろう。それに、そもそも護衛対象を見失うとか護衛としてあってはならないことだしな。クリス様の護衛をされていた人がそう言うんだったら、よっぽどエレナ様については気をつけなければならないってことだろうな」


ルームメイトはそう言いながらその言葉をしっかりと頭に叩き込んだ。

そしてほんの少しだけ、自分が護衛している間にエレナがどのような行動をするのか楽しみになっているのだった。

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