候補者に対する評価
クリスとご令嬢では距離が遠く、あのお茶会では判断材料が少ないからと、ブレンダの意見を聞いてみることにした。
それを手がかりに今後の対策を考えようと思ったのだ。
「ブレンダから見てご令嬢たちはどうだった?」
「そうですね。クリス様のおっしゃった通りかと」
「ちゃんと見てた?」
「もちろんです」
クリスは警戒に答えるブレンダに少し疑いの目を向けてからため息をついた。
「じゃあわかるでしょう?今日は相手の緊張をずっと受け止めなきゃいけなくて疲れちゃったんだ。近い距離で相手が緊張すると、こっちも緊張しなきゃいけないし、これなら公務で挨拶している時の方が楽だよ」
「確かに公務でしたら距離も近くないですし、相手は緊張と言うより熱狂しているだけですからね」
公務の際は護衛たちが王族に何かあってはいけないと緊張しているが、彼らと会話を交わすことはほとんどない。
そして公務に行った際に迎え入れてくれる人たちとは、重鎮が間に入って会話をすることも多いし、人前に立つことになった時は自分が一方的にしゃべるだけである。
王族を見に来た民衆たちは、歓声を上げたり熱をもった目で自分たちを見てくるのだが、緊張というより喜びや興奮といった空気だ。
夜会で挨拶程度とはいえ、対面しているご令嬢と同じ場にいることが、こんなに疲れるとは思っていなかった。
「うん、今まであれはあれで結構疲れるかなって思っていただけど、今日の方が大変だった。皆、夜会の時にそこまで緊張しないのはご両親が同席しているからなのかな」
「おそらくそうだと思いますよ。ご両親がご挨拶の言葉を述べて、ご自身はお名前を述べるだけというのが多いでしょう。ですからご令嬢の中にはお一人でクリス様に対面し、会話をしなければならないということが初めてという方もいたのではありませんか?」
そう言われて改めて考えると確かにその通りだ。
少しでも会話をしたことのある人物があの中にいただろうかとクリスは考えて一人思いついた人のことを口にした。
「そういう意味ではあのエレナに話しかけていたご令嬢は、夜会で僕がエレナをエスコートしている時に、エレナのドレスを褒めていてね、僕がエレナから彼女に手紙を書いてあげてって言って別れたから、初対面というわけではないのかもしれないね」
「なるほど。確かに一度でもクリス様と言葉を交わしたり対面なさったりした経験があるのなら、少しは免疫があったのかもしれませんね」
あの一言が口を聞いたということになるのかは分からないが、それでもないよりはあった方がいいということなのだろう。
エレナと手紙を交わしたご令嬢と同じように、他のご令嬢も次に出会った時は態度を軟化させているのだろうか。
先のご令嬢は次に話しかけた時さらに普通に話しのできる相手になっているのだろうか。
クリスから見ればあれ以上近い関係になれる気はしない。
たぶんこの先も最低限の会話をたしなむ程度になるだろうと思われた。
「何度も交流を持てば普通に話せるようになるというものなの?ブレンダは最初からそんな感じだったように思うし、他の人たちは皆、どこか余所余所しいでしょう?」
「それは人によるかもしれません。彼女たちも家を背負ってきているので不敬と取られるような行動は控えるよう厳しく言われてきているでしょうし、まぁ、中には王妃様からのお誘いですから断りにくくていらしているご令嬢もいると思いますので、それは彼女たち一人一人の事情がおありかと。クリス様は少し休んで前向きに考えられるようになられましたか?」
話の内容からブレンダは、クリスがご令嬢との距離を積極的に縮めようと考えていると解釈してそう尋ねたのだが、クリスは首を横に振った。
「ううん。むしろあんなに気を張った状態で一生過ごさせるのは可哀そうだなと思っていたところだよ。それに本当に王妃と言う立場になるのなら、王族の人間に緊張されても困るんだよ。他国とも国を代表して交流しなければいけないのに、自国の人間や、一番近しいはずの配偶者にそれでは役目を果たせないでしょう?」
「確かにそうですね……」
クリスがそこまで深く真剣に考えていたことに少し驚きながらブレンダはつぶやいた。
実はクリスも深く考えていたわけではない。
ただ何となく回避したいと考えながら思いを口にしていたら、そんな言葉が出てきただけだ。
「でも、知らないわけにはいかないから、とりあえずブレンダの真面目な感想を押してほしいな」
「わかりました。そういうことでしたら……」
ブレンダはやはり今回のお茶会に参加していたご令嬢のこともそれなりに詳しく、クリスが一度聞いただけでは分からない会話の内容をうまく補足してくれた。
ブレンダと他愛もないやりとりをしながら、クリスは頭の中を整理進めていく。
こうして話が一区切りついた時、クリスの執務室にノックの音が響いた。
「お兄様、お加減はいかがですか?」
「エレナ?」
執務室に現れたのはワゴンを押したエレナだった。
「戻る時は休みたいって言っていたから、てっきりお部屋で休んでいると思っていたのに、お兄様が執務室に入っていったって聞いたから、気になって様子を見に来たわ」
そう言いながら執務室に堂々と入ってきたエレナは、ワゴンを机の前まで進めた。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
「そう、それならいいのだけれど……」
納得いかない様子のエレナに、今度はブレンダが話しかけた。
「エレナ様、そちらはどうされたのですか?」
「ハーブティーとお菓子を持ってきたの。お菓子はお茶会でも出していたものだけど、お兄様はあまり手を付けていなかったし、焼き菓子なら時間を置いて、気が向いた時に食べられるんじゃないかって……」
「ありがとう。あとでいただくね。ハーブティーはすぐに飲めるようお湯を入れてきてくれたんだね。いい香りがしているから一杯飲んでみようかな」
「それでは私が」
クリスの言葉を受けてブレンダがクリスにお茶を出した。
そして自分の出していたお茶をそれとなく下げる。
するとお茶を出し終わったブレンダにエレナがおずおずと話しかけた。
「あとね……」
「何かございましたか?」
エレナにしては珍しく口ごもった様子にブレンダが小首を傾げて尋ねた。
「焼き菓子はさっきいくつか包んでもらったの。仕事中は食べられないと思うから、後で食べてもらえたらと思ったのよ」
第三者の出入りがあるかもしれないところで、いつもの調子でお菓子を渡すわけにはいかないと、ワゴンに隠すように乗せていたお菓子をちらっとみせて、エレナはブレンダを見上げた。
「私達にですか?」
「ええ。ここに何人いるかわからないからいくつかに分けてきてあるの」
「ありがとうございます。エレナ様はお優しいですね」
「そんなことないわ。残り物で申し訳ないくらいよ」
お茶会のお菓子は不足しないようたくさん作ってあった。
ご令嬢たちはおいしいからとかなりの量を食べていったのだが、それでも残ったのがこの焼き菓子だ。
余らせることが前提で作ったものなので、残った分は調理場に出入りしている使用人たちのおやつにもなっている。
護衛として同席していたブレンダにはお茶会の席では食べてもらうことはできなかったので、後で渡したいと考えていたのだ。
どうやって渡そうか悩んでいた時、クリスが執務室に向かったという報告があったため、もしかしたらと思って持ってきたのだ。
ただ、仕事中のブレンダだけに渡すわけにはいかない。
迷って料理長に相談したら、多めに持っていって皆に配れるようにして、残った分は執務室に置いてくるか、エレナが部屋で食べればいいと提案してくれて、いくつかの袋に分けてくれたのだ。
「あとは任せていいかしら?」
「はい」
護衛たちにお菓子を受け取ってもらえることに満足したエレナは、ブレンダにワゴンごと管理をお願いすると再びクリスに目を向けた。
二人の様子を微笑ましそうに見ているのは変わらないが、エレナから見るとクリスが少しぼんやりしているように見えた。
その様子からきっと本当に疲れているのだろうと気を回す。
「私がいると邪魔になってしまうわね。お兄様、早く休んでね」
「わかった。そうするね」
まるで姉か嫁のように、クリスに休むよう告げたエレナは、返事を聞くとすぐに執務室から出ていった。
そんなエレナを見送ったクリスはエレナの持ってきたハーブティーに口を付けて、またひとつ、ため息をつくのだった。




