頭の整理と模索
お茶会に参加しているご令嬢たちのところへエレナと二人で回り始めると、やはり一言二言で次へというわけにはいかなかった。
先ほどエレナと話をして、ご令嬢たちはエレナを挟んでならば話しかけても大丈夫だと考えたのだろう。
一人一人との会話が長くなりがちだった。
迂闊な返事をするわけにはいかないので、クリスも相手の話をしっかりと聞いて言葉を返さなければいけないため気を抜けない。
それでも疲れを隠して繕うことに慣れているクリスはそれを表に出すことなく対応を続けた。
結果としてお茶会が終了するまでエレナをエスコートしたクリスは会場に残ることになった。
そして最後のお見送りまでしっかりとこなした。
ご令嬢たちが帰っていったのを確認するとクリスは大きく息を吐いた。
「お母様、エレナ、今日は同席させていただいてありがとうございました。申し訳ないのですが、僕は先に休ませてもらいますね」
そう言ってから二人の返事を待たずに少しフラフラしながら廊下を歩き始めた。
このまま母親と妹と一緒にいれば確実にお茶会がどうだったのかと質問攻めにあう。
二人からすればこのお茶会はクリスのために頑張ったという位置づけなのだ。
けれど、すぐにそんなことを聞かれても、元々興味のなかったお茶会だし、誰が何を話していたかは何となく覚えているが、じゃあそれがどうだったのかと言われてもすぐに答えられる状態ではない。
それに疲れているところをつかれて、この話をごり押しされても困るだけだ。
クリスは体力的にではなく、精神的に少し疲れを感じて、静かな場所で頭の中を整理したいと考えたのだ。
「お兄様、大丈夫かしら?」
部屋に戻って軽装に着替えたエレナがぽつりとつぶやくと、着替えを手伝っていた侍女の一人が言った。
「クリス様でしたら先程、執務室に戻られましたよ」
「お部屋ではなくて?」
「はい。執務室でお間違いありません」
クリスはお茶会の前に言っていた通り、本当に仕事をたくさん抱えて忙しかったのかもしれない。
今回は母親が強制したためお茶会に参加していたが、無理をさせていたのではないかと心配になる。
「そう……。疲れたって言いながら、結局、お茶会も最後まで参加していたし、無理していないか心配だわ。お茶とお菓子を持って様子を見に行こうかしら?お兄様はあまり召し上がっていなかった気がするもの。それに執務室にブレンダもいるかもしれないわよね」
「エレナ様?」
「ちょっと行ってくることにするわ」
着替えを終えたエレナは自室から飛び出すと、残っているお菓子がないか確認するため調理場に向かった。
休むと言って執務室に戻ったクリスは、執務用の椅子に座るなり背もたれに体を預けて天井を仰いだ。
「お疲れ様でした」
ブレンダが使用人の入れたお茶を運び机の上に置くと、ようやくクリスは体を戻した。
「うん。ありがとう」
クリスはお茶に口を付けて、大きく息を吐いた。
さっきまでのお茶会はご令嬢たちの話が盛り上がりとても騒がしい感じになっていた。
夜会とは違って音楽に耳を傾けて気を紛らわせることはできないし、彼女たちの話はなかなか途切れることもない。
お茶会で音楽がないのは、交流のための会話を妨げないためなので当然なのだが、ここまでずっと話しを聞き続けることになるとは思っていなかった。
しかも女性の声は頭に響く高い声が多い。
興奮している音はキンキンと響いて聞こえるので長く聞いているのが苦痛になっていたのだ。
その点執務室は静かでいい。
今日はクリスが王妃に呼び出されて留守にしているということが知られているためか、戻ってすぐに訪ねてくる者もいなかった。
「いかがでしたか?」
落ち着いたところでブレンダに尋ねられたクリスは少し考えてから言った。
「そうだね。皆、特に代わり映えしないかな」
その答えを聞いたブレンダは小首を傾げて質問する。
「クリス様は突飛なご令嬢をお探しなのですか?」
ブレンダの質問に、クリスは思わず苦笑いした。
「そもそも探してもいないけど……」
「そうかもしれませんが……」
「きれいな服を着て座って、話しかけても自分の意見も言わずただ微笑んでるんじゃ、まるで人形みたいでしょう?お茶会で観察だけしながら座っていた自分も、似たようなものだけど」
エレナを囲んで話を始める前までの彼女たちは確かにそんな印象だった。
だからあの場にエレナがいなかったらどうなったかと言えば、きっと王妃に気を使い、皇太子に気を使い何も話さないで人形のようになったご令嬢を眺めるだけのお茶会人っていたに違いない。
実際、最後に挨拶に回った時もエレナを介してしかご令嬢たちは自分と話をすることができなかった。
クリスは自分の立場は分かっているが、さすがにそれではこちらも疲れてしまう。
一方、事情を知っていながら護衛としてその場にいたブレンダとしては複雑な思いだ。
「ご令嬢たちも緊張して、どうお話されたらいいか悩んでいたのではありませんか?」
「それだけなのかな?エレナとは楽しそうに話をしていたよね」
「ご令嬢方はクリス様が来ることも、今回婚約者を見極めようとしているともご存知ありませんし、自分からクリス様に話しかけるのは不敬になりますし、アピールするにしても準備不足でしょうから、そう言っては可愛そうですよ」
今回のお茶会がもし、次期王妃候補を探すものだと彼女たちが理解していたのなら、間違いなく彼女たちはその準備をしてきただろう。
当日の反応を見た感じ、彼女たちはクリスが参加することすら聞かされていなかった様子だ。
おそらく招待状にもそのようなことを匂わせないよう工夫がなされていたに違いない。
でなければ、本人は知らなくとも周囲の大人が彼女たちに王妃候補を探すお茶会になる可能性があるくらいのことは伝わっているはずである。
そこそこの数人が参加しているのに、誰も知らないというのはそういうことだろう。
「そうだね……。彼女たちからすれば不意打ちだからね」
貴族の家でお茶会をすれば、ちょっとご挨拶にと突然投手が顔を見せたりすることは少なくない。
それなのに王妃の息子がお茶会にやってくるのを不意打ちと表現するのもどうかとは思うが、彼女たちの立場ではそうなってしまうのだろう。
クリスはふと疑問に思って、執務机の横に立っているブレンダをちらっと見あげた。
「じゃあ……ブレンダは私と話をする時、準備してきているの?」
クリスが上目遣いでブレンダを見ていると、ブレンダは動じることなく小首を傾げて答えた。
「私は……していませんね。その場で適当に返していますから」
表情を変えることのないブレンダを見上げたままクリスは再び息をついた。
「適当か。確かにブレンダは話に困りそうになったら、話題を変えたり、はぐらかしたりしようとするもんね。うまく誘導しようとして」
「気づかれていましたか」
「一応ね。でも、ブレンダは私が普通に話しができる貴重な存在になりつつあるよ」
「それは光栄です」
こうしてスムーズな会話が成立する相手がクリスには少ない。
相手が緊張するのか、上の空なのか分からないが、クリスが話しかけると相手がどもったり、しばらく言葉を発しなくなってしまうことが多いのだ。
執務室に来る人たちとは最低限の会話しかしないし、彼らはここに来るたびに緊張しているのが伝わってくるので、気さくな会話をしようという空気にはならない。
クリスと普通に会話の成立する相手は、王族である家族と、ケインとブレンダくらいかもしれない。
そしてこれからその相手が増える可能性はきっと少ない。
騎士団長は会話の成立する相手だが、彼は立場をわきまえての発言しかしてこないので少し違う認識だ。
学校に通いながら、自分と普通の会話を楽しめる人というのが現れなかったこともあり、クリスはそういう人物にはもう縁がないのだろうと思っている。
この先どんなにお茶会をセッティングされても、これから出会うご令嬢とはきっと親しくなれないだろう。
そんな相手を伴侶にと言われても、義務で共に過ごすだけになる。
それは相手にとっても自分にとっても不幸なだけではないのか。
クリスはこの先、このような会をどう回避するかを考えなければならないのだった。




