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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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候補者たちへの挨拶

お菓子の追加を使用人に頼んだ王妃はエレナを取り巻いているご令嬢たちの後ろをすり抜けるようにして席に戻った。


「お母様、この場に私は必要ですか?」


王妃が席に戻るなりクリスは言った。

先ほどのやり取りもクリスはしっかりと聞いていたのだが、やはりお茶会は女性がメインのものだと実感していた。

いくら流行やファッションについて知識があっても感性が違う。

素晴らしいものを真似したくなる気持ちは分かるが、良いものや似合うものは人によって違うのだから、そこは専門家の意見を聞けばいいのではないかと思ってしまう。

わざわざ素人たちが集まって話題にして楽しいのだろうか?

話を聞きながら内容については共感できない部分の方が多い。

男性と女性の感性は違うのだから仕方がないことなのだが、女性同士の会話では、わざわざ必要以上に相手のことを褒め合っている。

男性もマナーとして女性の褒め方くらいは知っているのだが、あくまでそれは女性を立てるためにしか行っていない。

そんな会話がずっと続いている中で、実は裏では自分がメインであると言われてもピンとこない。

実際は飾りのように座っているだけ。

実際の会話を聞いても役に立つような情報や、ご令嬢の人となりが分かるような内容はない。

少なくとも婚約者を選ぶという意味で参考になるものは全く見当たらないと感じていた。


「あら、お話に入れなくて寂しいの?」


あの会話の中心にはエレナがいる。

エレナをお茶会の参加者であるご令嬢たちに取られた形になっていることを揶揄して、王妃がクスクスと笑いながらそう言うと、クリスは思わず苦笑いを浮かべて言い返した。


「いいえ。私はエレナと親しく話をしてくれるご令嬢がいることをこの目で確認できて嬉しく思っていますよ」

「エレナではなくて、もう少しお話をしているお相手のご令嬢に興味をもってくれないかしら?」


王妃に言われてクリスは改めてそれぞれのご令嬢について少しだけ考えてみることにした。

先ほどドレスの話をしていたご令嬢は確かにエレナと会話を成立させていた。

それにエレナがやっていることをご令嬢らしくないと批判しない。

それどころかエレナのそういう行動を才能だと言ってどこか尊敬の目を向けているようにすら見える。

家格も上位、彼女はもしかしたら有力候補の一人なのかもしれないとクリスは考えた。

そして周囲のご令嬢たちも、最初のご令嬢に引っ張られる形ではあるがエレナを批判するような発言はしていない。

だが彼女たちは今、クリスよりもエレナとの会話に夢中になっている。

自分は結局興味を持てないままだし、何より他人との交流を制限されているエレナがたくさんのご令嬢と会話をしているのだ。

ご令嬢たちも普通の王妃主催のお茶会だと思ってきているのだし、楽しんでいる彼女たちの間に割って入るのは無粋だ。


「今日はエレナが張り切っていますから、私が話したら邪魔になりますよ。この場が穏やかに収まるなら、このままでいいのではありませんか?それにお母様が選んだ方々でしょう?問題を起こす令嬢がいるとは思えませんし」

「それはどうかしら?」


王妃の見立てでは、彼女たちはエレナとは気さくに話せても、クリスとはうまく話せないと考えている。

エレナは騎士とも使用人とも近い距離で話をする。

確かに威厳や威圧感が勝手に出ていることも多いが、話し始めてしまえば気さくに話せる相手として認識されやすい。

対してクリスは、確かに穏やかでおっとりとしていて話しやすいが、普通に会話をしていても自然と相手を誘導し、言うことを聞かせてしまう力を持っている。

だから最初はクリスとうまく接することはできないはずだ。

前に使用人や護衛騎士の交代が続いたあの時のようになっては困る。

クリスの言うことを何でも聞いてしまう、意見のいえない王妃をこの国に据えるわけにはいかないのだ。



王妃は彼女たちの話が追いつくのを待ってエレナを席に呼びだした。


「エレナ、こちらへ来てくれる?」

「はい。お母様」


王妃に呼び出されたため、エレナが話の輪から外れて戻ってくる。

名残惜しそうにご令嬢たちはエレナの背中を見つめていることにエレナは気が付いていないが、王妃とクリスはしっかりとその様子を見ていた。


「何かございましたか、お母様」

「クリスがね、もう帰ろうとしているのよ」


クリスがよくやるように、困ったわと言いたげに頬に手を当てて小首を傾げて王妃は言った。

エレナは言われた言葉の方に驚いて、クリスの方を見た。


「お兄様、疲れてしまったの?」

「うん。少し疲れてきちゃったかな」


クリスが憂いを含んだ笑みを浮かべると、エレナは眉間にしわを寄せた。


「お兄様はお仕事もお忙しいのだもの。元々お疲れなのだわ。お母様、どうしましょう?」

「そうねぇ……。それじゃあ、エレナと二人でご令嬢たちのところへ挨拶して回っていらっしゃい。それが終わったら帰っていいわ」

「それでは……」


それは終了までに全員と会話を交わすのが目的ではない。

おそらく会話を始めたらこの場から抜けられなくなる。

それをわかって言っているのだから、すなわち最後までいるようにという命令に等しい。

クリスはすぐにその意図に気が付いたが、エレナはそうすれば早く追われると王妃の言葉に乗せられた。


「お兄様、行きましょう」

「あ、うん。……じゃあエレナ」


クリスは覚悟を決めて立ち上がると、エスコートするとエレナに手を差し出した。

こうなってしまったエレナを止めることができないのは自分がよく分かっている。

王妃に頼まれたエレナはきっと張り切って先ほどのご令嬢たちにクリスのことを紹介して回るだろう。

その時のご令嬢の反応がどうなのか、王妃もクリスもその一点だけを気にして彼女たちを見ることにした。

こうしてクリスはエレナをエスコートしながら、会場内にいるご令嬢たちに挨拶をして回ることになった。



クリスは笑みを崩さず、エレナの紹介に合わせて、よろしくね、という言葉を繰り返しているうちに、ふとケインのことが頭をよぎった。

確かに興味のないご令嬢と長い時間を過ごすのは辛そうだ。

これより長い時間、長期休暇の食事の度にセッティングされてはたまらない。

辛いだろうから自分のところに呼びだした日だけは何とか回避できていたが、それ以外は連日だったというのだから、ケインはクリスが思っていた以上に大変な思いをしていたに違いない。

今回のお茶会で騎士学校の休みに帰ってくる期間を短くしたケインの気持ちが少し理解できたクリスなのだった。

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