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立場の違い

三人は幼馴染みとして長い時間を共に過ごしていた。

最初はケインの一家が訪ねて行くだけだったのが、お互いの家の行き来もするようになり、相手の家は自分の家の別宅だと言えるくらいに詳しくなっていたし、避暑地にあるどちらかの別荘に行く際も、彼らは一緒だった。



そんな生活に転機が訪れたのは、ケインが八歳になった日のことである。

ケインの父親は大事な話があると部屋に彼を呼びだしていた。

もちろん二人とはこれからも仲良くしていてほしいし、良好な関係を維持する必要はあるが、そのうち同じお茶会に参加する機会も出てくるだろう。

今のままでは慣れなれしすぎて他の貴族たちの反感を買ってしまう。

そのことをケインに自覚させなければならないのである。

そしてもう一つ。

本当に彼らと一緒にいたいのか、違うことをしたいと考えているのかということを確認しなければならなかった。

この先、彼らと行動を共にするためには、それなりの覚悟が必要となるのだ。



呼び出されたケインが部屋に到着すると父親は座るように促した。

ケインは父親の重々しい雰囲気に何か大事な話があると悟って、黙って頷くと、言われた通り椅子に腰を下ろした。


「そろそろ本格的にお茶会デビューをしなければならないな」

「はい」

「これから多くの貴族とやり取りをしていかなければならないのだが、何か不安なことはないか?」

「いいえ、特にありません。友人が増えるということなので楽しみにしています」


貴族の社会勉強はお茶会から始まる。

もともと人見知りをするわけではないケインは、知り合いが増えることも、大人と接することも苦痛ではなかった。

それは利点だが、クリスやエレナの話が出ないところを見ると、おそらくお茶会でも今まで通りとなってしまうだろう。

しかしこの先、ケインも友達がエレナ姫やクリス殿下たちだけというわけにはいかない。

二人のいないところで他の友人と交流するのではなく、二人がいるところでも他の友人を尊重していくことを学ぶ時期に来ているのだ。

ケインの父親は、彼をじっと見て、一度咳払いをすると本題に入った。


「いいか、よく聞きなさい。今まではあの二人、クリス様とエレナ様と普通に話をしていたが、これからはそうはいかない。正しい距離を取ることを覚える必要がある」


急に二人と距離を取れと言われたケインは驚いて言った。


「どういうことですか?今まで通り、仲良くしてはいけないのですか?」

「仲良くすることは悪いことではない。だけど、本来であれば、あのご一家は我々が仲良くなどと軽々しく言ってはならないお方たちなのだ。これからお前が社交界に顔を出した際に今までのように馴れ馴れしく接すると大変なことになってしまうのだよ。国王もお二人に普通に接してくれる友人を作りたいとおっしゃっていたこともあって、あえて言わなかったことだ。だが、社交の場に行くならば知っておかなければならないし、言動に気を付けなければならない。今日はそのことを説明しようと呼んだのだ」


父親は二人の立場と自分たちの立場について説明した。

彼らは、国を代表する者となる立場の者、そして自分たちは国に仕える者であること。

そこに主従関係があり、本当であれば二人は目上の者に当たるので気さくに接する事は許されないということ。

そのように地位の高い者と近しい人間には悪意を持った人がたくさん寄ってくる可能性があり、多くの人と接するということは、それらを判断する能力を身につけ、付き会う相手を選んでいかなければならないということ。

誰とでも仲良くしていればいいということではないが、敵を増やすのもよくないということ。

この先、一度の失敗、付き合う相手によって大きく将来を左右することもあるということ。

今の時点では、子どもだから許されることも多いが、用心に越したことはない。

それに目を養うためには、最初から多くのことを意識して参加することが大切である。


「それではもう、二人と容易に遊びに行けないのですね」

「そうだな……そう思っておいた方がいい」

「わかりました」


ケインが父親の説明に理解を示すと、彼は黙って頷いた。



実はケインは一部の貴族たちに目を付けられている。

つまりお忍びであるとはいえ、ケインの遊び相手が殿下たちであるということがすでに一部に知られてしまっている状態なのである。

特に王宮の庭で三人で遊ぶ姿は、偶然訪ねてきた貴族に目撃されることもあり、それが殿下たちとケインであることに気がつくような目ざとい人がいて、ケインの父親は社交に行くと度々訊ねられていた。

自身の社交の場ではうまくはぐらかしていたが、本人が社交の場に出ることになればそうはいかない。

公式の場にケインが出ていくようになれば、純粋に友人となりたい者だけではなく、将来が有望だと声をかける者、妬んで悪意を持ってすり寄ってくる者など、様々な者に囲まれることになるだろう。

保護者と参加できる今のうちにきちんと警戒することを覚えさせる必要がある。



「あの……私が二人の側にいるためにできることはないのですか?」


父親がもう一つの本題をどう切りだそうと考えていると、ケインが話を持ちだしてきた。

この話題に乗って確認してしまうのがいいだろうと、父親は言った。


「……側にいるだけならできないこともないだろうが、それは友達としてではない。それでもよいのか?」

「はい、構いません」

「お前にその覚悟があるなら、協力しよう」

「ありがとうございます」


ケインは自分なりに父親の話を聞いて考えていた。

最初は同じ子どもとして扱われていたが、徐々に彼らに対する大人の態度が自分と明らかに違うと言うことには気がついていたし、接する回数が増えるにつれ、彼らの両親についてもうっすらと知っていた。

それでも、クリスとエレナはいつも通り友人として接しているし、彼らが自分に命令するようなことはない。

だからこのままずっとこの関係でいられるものだと思っていたのだが、大人の世界に入るということはそういうことなのだろう。

父親は気がついてもいないと思っていたかもしれないが、ケインからすれば、ぼんやりとしていたものが確信に変わっただけである。

家庭教師がついて歴史なども学んでいるのだから、さすがに国王と臣下の関係くらいは理解できる。


「それでは、もう少し話をしよう。お前が目指すものを教えてくれないか?側にいる方法はいくつかある。目指すならお前が将来やりたいことに近い仕事を目指す方がいいだろう」

「はい!」


ケインは父親に自分の思いを打ち明けた。

これからもクリスやエレナの側にいたいということだけではなく、エレナを守ると誓ったことも隠さずに話した。

本来であればそのような話を父親にするのは恥ずかしいものだが、道を誤ったら彼らと話すことすらできなくなるかもしれないというのだ。

それに父親は協力してくれると言っている。

嘘をつく必要はない。


「ケイン、護衛騎士を目指すのはどうだ」

「護衛騎士、ですか?」

「そうだ」

「確かに騎士になりたいとは申しましたが、私に務まるでしょうか?」


ケインは遊んでいても彼らの盾になったことはないし、剣を振ったこともない。

自然の中を走り回る体力はあるが、鍛錬をしているわけではないのだ。


「それはやってみなければわからん。だが、お前はエレナ様を守るとお約束されたのだろう?」

「はい」

「ただ側にいるのではなく、お守りするのなら、一番いい方法だ」

「わかりました」

「ただし、騎士の中でも優秀だと認められなければ護衛騎士にはなれない。そして、護衛騎士でなければ、エレナ様やクリス様を直接お守りする任務には当たれない。相当鍛えなければならないし、勉強もしなければならない。その覚悟をする必要があるな」

「はい」


騎士を目指すことになるとは思わなかったが、覚悟はできている。

エレナのためにできることはすると、あの湖のほとりで約束をした時から決めているのだ。


「今からやれば充分に間に合う。まずは学校で常に上位を維持する努力をしなさい。騎士の学校を目指してそこから志願するのが一番早い。皆、学校に行くようになってから進路を決めるが、お前が本当にその道を目指すのなら、早くから努力するほうがいい。そこで周囲と差をつけることができるはずだ」

「努力します」


父親の方がケインのあまりの真剣さに、ひるみかける。

ずっと子供扱いしてきたが、社交にも出ていくし、もう大人として扱ったほうがいいのだろう。

ここで将来への結論を急いたが、他の可能性をつぶしたいわけではないことも合わせて伝えておくことにした。


「だがな、焦る必要はない。もし、他の職業を目指したいと思ったら、迷わず相談しなさい。善処しよう」


ケインがエレナのためにできることをすると決めているように、父も子のためにできることはしたいと考えている。

厳しいことも言ったが、ケインはまだ子どもで、かわいい息子なのだ。

彼がこの話を覚えているかどうかわからないが、ここで逃げ道くらいは与えておいてもいいだろう。

そして彼はケインがエレナに寄せる思いについては口を閉ざした。

側にいる方法を聞いて時点で、ケインもおそらく叶わぬ夢になることは理解しただろう。

こうして将来の目標を護衛騎士に定めたケインと父親の話は終わったのだった。


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