騎士団長の憂鬱
騎士学校からの実験的な研修生の受け入れに、新人の昇格試験必須、今年入団の騎士に手厚い仕組みとなったのはいいが、これを来年も実施するのかと思うと騎士団長は頭を抱えたくなった。
とにかく変更点が多い。
昇格試験はともかく、昨年も行った研修生の受け入れについてはそろそろ準備をする必要がある。
ケインの卒業した学校では、今年は誰に声がかかるのかと楽しみにしているらしい。
先日も、優秀な学生の経歴書が手元に送られてきたばかりである。
これについてはクリスではなく国王に直接、自分の案を提示した方がよさそうだと判断していた。
だから騎士団長はその件についてあえてクリスには進言しなかったのである。
クリスとの話を整理しながら約束している謁見の場に移動した騎士団長は、頭を切り替えるために深呼吸した。
そして、心も呼吸も整えると、謁見の場に足を踏み入れるのだった。
「クリスの様子はどうだ?」
穏やかな笑みを浮かべながら国王は騎士団長に尋ねた。
「はい。頑張っておいでです。発想も柔軟ですし、大変努力されているようにお見受けいたします」
「そうか。だがそれは建前であろう。本当はクリスの指示で起きたことで許可を求めに来たのだろう?」
「その通りにございます」
国王への報告はクリスが行っていたため、騎士団長からの報告は受けていない。
けれどもクリスの話を聞いて思うところがあった国王は、騎士団長から相談が来ることは想定済みだった。
徐々にクリスに判断をゆだねようと色々任せてみている。
けれども高位の役職を持ち、クリスの判断に納得のいかない者からの相談は時々受けているのだ。
「何だ?言ってみなさい」
「では……」
国王に促され、騎士団長は事のあらましを離すことにした。
ケインを訓練に参加させるため騎士学校に研修の働きかけを行ったこと。
研修そのものは良い影響もあったが、次回同じような研修生を受け入れることを想定して警備を強化したところ、騎士たちの負担が増加したこと。
その後、ケインが王宮騎士団に入団したことで学校側からの期待が高まり催促が来ていること。
そして最後に、クリスが気に入った新人をエレナの護衛にしようとしていることと、そのために今後、一年目の騎士には強制的に試験を受けさせることになりそうだということを付け加えた。
「騎士学校の生徒の研修受け入れと、一年目のみ試験全導入か。試験の導入に関しては私からも許可を出そう。だが、騎士学校の件は確かに悩みどころだな」
「一度実施してしまったために、学校からの期待が大きく、すでに書類まで届いております。実験的なものとは伝えてあったのですが、研修の件は生徒にも知れており、話が大きくなってしまったようで、学校としても抑えがきかないようです」
騎士学校が特例で授業を休み外泊を認めた研修については、ケインのクラスの人間だけではなく、生徒全員が知るような事態になっていた。
それは学校側が彼のことを公にしたからという訳ではなく、友人同士の会話で同学年に広がり、その先で家族に広がり、その家族から貴族の中で広がってしまったらしい。
これはケインが結果を残したことによる影響も大きい。
だからすでに入学しているケインの一年後輩は、次の研修に誰が選ばれるのかをそわそわして待っているし、学校側も一人でも多く研修生を送り出そうと必死にならざるを得ないのだ。
おまけにその噂の影響か、入学希望者が研修を期待していると思われるくらい増えてしまっている。
やる気と能力の高い生徒が希望してくれるのは騎士学校にとってはありがたいことだが、王宮騎士団で研修できるかもしれないということを目的としている者も多いので、本人だけではなく親御さんからも問い合わせが来るようになったそうだ。
「そうか。ではまず研修で考えられる問題点から聞こう」
「問題点は、そうですね、やはり入団前の人間を訓練場の中に入れるのはセキュリティ上、大きな問題を感じます。次年度のことを考えて、ケイン様に見張りをつけてみたのですが、何も問題を起こさないケイン様一人にですら、多くの人員を取られました。そしてケイン様は毎日ご実家から通われていましたが、この先、経歴だけで評価した場合、遠方の人間が選抜されれば彼らの宿泊についても考えなくてはなりません」
ケインの時には考えなくてよかったような問題もあると騎士団長は告げた。
彼らを目の届かなくなる寮に宿泊させるわけにはいかないし、宿に宿泊させることになれば警備を付ける必要がある。
そうなれば今回以上の負担を騎士たちが負わなければならないのだ。
「代替案はあるのか?」
「はい。そこで教官となりうるベテランと、新人数名を学校に派遣する方向で交渉したいと考えます。今まで王宮騎士団ではそのようなことは行っておりませんでしたし、こちらも新しい取り組みということになりますので……」
「騎士団がどのようなところかを学生が見たり体験したりする、という内容ではなくなるということだな」
学生が騎士と同じ経験をするという意味で貴重なものだと扱われたのが今回の研修である。
だからこそ、ケインは授業の欠席と外出が特例で認められたのだ。
「確かに学生側が騎士団の空気を肌で感じたり、騎士の生活を見せるような場面はなくなりますが、代わりに多くの学生に門戸が開かれることになります。新人騎士だけを送るのでは心許ないですが、試験監の経験者や教官を一緒に派遣すれば、質疑応答の時間などを設けた際に学生たちの質問にも対応できると考えます。学校側も特定の生徒を派遣するより、研修中生徒が何をしているか把握できるようになりますし、何より生徒に外出許可を出す必要もなくなります。研修は学生の休みにぶつければ授業に影響もないでしょう」
まだ提案の段階なので確定していないが、こちらから騎士を派遣するのなら、日数もこちらで決めることができるかもしれないと騎士団長は考えていた。
ケインの時は研修をエレナの訓練の前後にうまく持ってこなければならなかったため長期間になってしまった。
だが、学生も希望する日だけ参加ができる代わりに、こちらも派遣する日数を限定できれば、それをシフトに組み込めるため、通常業務も円滑に回せるはずだ。
「今回の受け入れはケインがエレナの訓練に参加するための措置だったからな。やってみたら騎士団が大変だったから受け入れはできないが、代わりにと提案するのならいいだろう。くれぐれも騎士学校の機嫌を損ねたり、通常業務が疎かになったりせぬよう頼むぞ」
「かしこまりました」
無事に謁見で国王からの許可を得たため、騎士団長は引退を考えているというベテランに声をかけようと人選を始めた。
指導の経験があり、目は利くが自身が手本となるには体が動かず難しいという者も、事務作業をしながら在籍している。
彼らも騎士としての誇りはある。
だから後進の育成のために現場に出て協力してほしいと頼めば喜んで協力してくれるだろうと考えたのだ。
あとは新人の中から彼らの指示に従って的確に動ける人間をピックアップしなければならない。
もちろん、彼らも学生と話をしたり質問されたりする可能性があるので、学生に真摯な対応のできる者でなければならない。
さすがに派遣先の学生を見下すようなことをする騎士はいないはずだが、一部の騎士たちのエレナへの対応を見てしまうとその点に置いても不安が残る。
そのため派遣する新人はベテランよりもさらに慎重に選ばなければならない。
それにせっかく騎士と学生を交流させる機会を作れるのだ。
苦労する分、騎士学校と騎士団、双方に益のあるものにし、末長く継続可能な仕組みを構築した方がいいだろう。
騎士団長は珍しく、長期間この件について頭を悩ませることになるのだった。




