ルームメイトの面談
ケインが面談を終えて数日後、今度はルームメイトの番がやってきた。
「先に終わったケインからどんな感じだったか話は聞いてるけど、面談当日ってなったら緊張するもんだな」
「そうか?」
ケインは騎士団長と学生時代から面識があり、何度も会話をしたことがあった。
一番大きかったのはエレナの訓練の際に同行したことだろうが、彼にそんな経験はない。
なので彼の反応が新人騎士の普通の反応である。
「だって騎士団長と直接話す機会なんて滅多にないだろう?いつもの上官と話をするのとはわけが違う。やっぱりクリス様とやり取りしてるだけあって、お前はそういうところに物怖じしないんだな」
別にケインも全く知らない人と面接をすることになれば緊張くらいする。
だが、ルームメイトはそうは思わなかったらしい。
一応そうではないことは知っておいてもらおうと、ケインは少し否定をすることにした。
「確かに俺はお前より騎士団長と話した回数は多いだろうな。研修の時も騎士団長がついてくれることがあったから、そういう時に話をしたりしてるし」
「え?研修ってその年の新人と一緒に受けたんじゃなかったのか?」
確か学校で説明をされた時、その時の新人とはいえ現役の騎士たちと一緒に訓練をしたと聞いていた。
まさか騎士団長から手ほどきを受けているなんて思っていなかったのだ。
だがそんなルームメイトの思い込みをケインはすぐに否定した。
「いや、大まかにはそうなんだけど、学生の俺は、厳密にはその時は入団していない外部の人間という扱いで、まぁ、所謂お客様という扱いだったんだよ。だから貴族の令息に何かあっちゃいけないって、護衛という名目で訓練場を歩くにも常に上位の騎士とか、騎士団長とかが一緒だった。それに今ならどこに何があるか、ある程度分かってるけど、お客様を入れちゃいけない場所ってあるだろう?そこに間違ってまぎれないように監視されている感じだったんだ。その時、自分についてくれた騎士たちとは少し話ができたし、そういう意味では見知った顔があるから、上を目指せるというのもあるかもしれないな」
「ああ、そうか。そう言えば移動中、監視されてたって話は聞いた気がするな。その監視する人の中に騎士団長もいたってことか」
「まあ、そういうことだな」
「なるほどなぁ……」
王族でもないのに騎士団長自らが護衛しているという点は少々違和感もあるが、実際、訓練場にいる長い時間、かなり騎士団長と行動を共にしていた。
むしろ新人騎士との訓練以外の時間の大半は彼と一緒にいたのではないかと思えるほどだ。
だがまさかそんな話をするわけにはいかない。
騎士団では座学を騎士団長が見ていることがあったと、少し歪んだ事実が知られている可能性があるので、いずれその話が彼の耳に入るかもしれないと思うと、手ほどきの部分は否定できなかった。
ちなみに騎士団長との座学の大半はエレナの訓練に関する共有で、勉強ではなかったがこれについてはもっと口にすることはできない。
それに今は自分の話より、彼の面談について話をしていたのだから、そこに戻した方がいいだろう。
「普通に面談だし、変なことをしなければ別に威圧されたりもしない。意見はちゃんと聞いてくれる人だから安心していいと思うぞ」
「そうか……。ケインがそう言うなら大丈夫だよな。そろそろ行ってくるよ」
話をしているうちにルームメイトは面談の順番が近いということで部屋を出ていった。
ケインはその姿を見送ってから、クリスが言っていたことについて考えた。
クリスは彼の能力が高ければ、自分と一緒に近衛騎士に引き上げようとしているようなことを言っていた。
けれど本人にはその気がない。
おそらくだがクリスの考えは騎士団長に伝わっているだろう。
けれど本人に、クリスが希望しているので、ぜひ護衛騎士を希望してほしいなどと伝えるわけにはいかないはずだ。
もしかしたら騎士団長の方がこの面談で苦労をするのではないか。
ケインはそんなことを考えながらベッドに横になってルームメイトの帰りを待つことにしたのだった。
ルームメイトと騎士団長の面談は、途中までスムーズに進んでいた。
騎士団に慣れたか、生活で困っていることはないかなど当たり障りのない質問から始まり、彼は騎士団にも慣れてきたし特に困っていないことを伝えたりした。
そんな話をしているうちに、普通に話しても大丈夫だと感じたのかルームメイトの緊張が少しほぐれた。
その様子を見て、騎士団長が本題に入った。
「配属先について希望するところはあるか?」
「はい。先輩に恵まれていて、心穏やかに過ごせるところに配属を希望します。そういうところなら配属先そのものはどこでも構いません」
ルームメイトからすれば本音だったが、騎士団長からすれば想定外の内容だった。
そのため騎士団長は思わず聞き返した。
「それは何の仕事でもいいのか?所属先について特に希望はないということでいいのか?」
「そうですね。別に今のまま町を巡回したり警備をしたりする仕事も、仕事として成立するならいいのです。寮にいられれば衣食住には困らないし、給金も他で働くよりいただいていますし、寮にいる間にある程度お金をためることができて、この仕事を続けることができるならば出世はしてもしなくても……」
ルームメイトは聞き返されても自分の意見を覆さなかった。
それどころか、伝わらなかったのは自分の説明が足りなかったからだと判断して、丁寧にどういうところに行きたいのかを説明する。
一方でそれを聞いた騎士団長は思わず眉間にしわを寄せていた。
「それはあまりにも無欲ではないのか?若いうちにしか挑戦できないこともあるだろう」
「そうでしょうか?確かに厳しい訓練に耐えて上を目指すのは若いうちしかできないかもしれません。それに私に欲がないわけではありません。大金や地位に関する欲は少ないですが、生活環境に関する理想は高いと思っています。だから将来、怪我を負ったり年老いたりしても、自分の考える最低限の生活環境を維持するために、今から行動しようというだけなのですが……」
堅実な彼の意見を騎士団長は否定できない。
経歴を見る限り、よほどのことがない限り彼が家を継ぐことはないし、何かしらの仕事をして身を立てていかなければならない立場だということは理解できる。
若いのに随分と悟ってしまっている感はあるが、その考えが間違っているわけではない。
彼の言うように体が思うように動かなくなれば引退しなければならないのだが、その日は誰しもがいつかは迎えるのだ。
だが彼は言っている。
出世はしてもしなくてもいいと。
逆に言えば出世しても文句は言わないということだ。
クリスの要望に答えるためには、その点からどうにか活路を見出すしかない。
「……わかった。検討しよう」
「ありがとうございます」
こうしてルームメイトの面談は少しギクシャクした感じで終わった。
騎士団長は渋い顔をしていたが、ルームメイトは伝えたいことを最大限伝えることができたので満足している。
表面上かもしれないがちゃんと検討してくれると言った。
検討されてその上で希望とあまりにかけ離れているようなところに配属されたら来年平俗変更の希望を出すしかない。
仕事だと割り切って一年我慢するしかないだろう。
ルームメイトはそんなことを考えながら、自分の部屋に戻っていくのだった。




