秘密のお茶会
お茶会の開会宣言らしきものがクリスによってなされてすぐ、最初に口を開いたのはエレナだった。
「そうだわ。お菓子は私が先に食べた方がいいわよね」
「エレナ様、私がいただいても?」
エレナが毒身を申し出るとすかさず護衛の一人が声をかけた。
「ええ。ありがとう、ブレンダ」
エレナがそう言って許可を出すと、彼女は焼き菓子の一つを手にとってそのままそれを口に入れた。
しばらく咀嚼して飲み込んで、微笑みながら彼女はエレナに言う。
「相変わらずエレナ様のお菓子は美味しいですね。最初に口に入れる栄誉をいただけて光栄です」
「そう?褒めてもらえて嬉しいわ」
「いいえ」
このままではエレナとブレンダの会話に花が咲いてしまうと感じたクリスは、二人の話しアを中断させるため声をかけた。
「エレナ、ブレンダには護衛としていてもらってるからね」
「そうなのね。気をつけるわ」
エレナは客人を無視してブレンダと話しこみそうになったことを注意されたと気がついて素直にしゃべるのを止めた。
ルームメイトは会話の意図がつかめず、黙って様子をうかがった。
周囲を見ると皆、事情を理解しているらしいことがわかる。
ゲストである自分に知らないことがあるのは仕方のないことだ。
ルームメイトはそう割り切って話を聞いていた。
「じゃあ私もいただくね。皆もよかったら食べてあげてほしいな」
場が整ったと判断したクリスはエレナの作ってきたお菓子に手を伸ばした。
「はい。いただきます」
「わ、私もいただきます……」
ケインがそれに続いてお菓子を口に運んだので、ルームメイトもその後に続いてお菓子を手に取った。
お菓子はまだほんのり温かく、顔に近づけただけで良い香りが漂ってくるので、本当に焼きたてのものを用意されたのだということが分かった。
香りも見た目も市井の店に並んでいるものより整っていて、売り物と言われて出されたら納得する完成度だ。
これをエレナが作ったらしい。
あまり長く様子をうかがっているわけにはいかないし、もし味が悪くても笑顔で対応しなければならない。
その覚悟を決めると、思い切ってルームメイトは手に取ったお菓子を口に入れた。
「おっ!うまっ……あっ……」
反射的に思ったことを口にしてしまい、慌ててその口を自分の手で塞いだ。
そして慌てて口の中のものを飲み込むと、姿勢を正してから言い直す。
「あ、あの、とても美味しいです」
「よかったわ。たくさん召し上がってくださいね」
「はい!」
ルームメイトはそう返事をしてもう一つのお菓子に手を伸ばした。
エレナの作ったお菓子はそのくらいおいしい。
何年も王宮の料理長直伝でお菓子作りや料理を学んでいたわけではない。
その腕は誰もが認めるものである。
おいしいお茶においしいお菓子、頬笑みを浮かべているクリスに、騎士団のことを興味深く聞いてくるエレナ。
そして隣には友人のケインがいる。
ルームメイトはいつの間にかこの空気に馴染んでいた。
護衛としてその様子を少し離れて見ているブレンダは、この光景を微笑ましく見ていた。
ルームメイトは自分から見たケインの様子を、騎士学校時代の分からたくさん話すことになった。
ルームメイトがそこであった出来事を混ぜてケインを褒め続けていると、時々それは言いすぎだと否定するが、そんなことはお構いなしに話を続ける。
その話の続きを急かすのがエレナなので、きっとエレナもケインのことが知りたいのだろうとルームメイトは判断した。
本当はケインの思いを知っているので、少しでもここでケインの印象をよくしたいという考えがあったのだが、もしかしたらその必要はないのではと途中で気が付いたのだ。
だが、もちろんそれは口にしない。
ルームメイトはその思いを胸にしまいこんで話を続けた。
エレナはケインのことだけではなく、騎士団のことや訓練のことも知りたいと言っていたので、その話も加えたのだが、終始楽しそうにしていた。
気が付けばルームメイトはクリスやケインより、エレナと会話を続けていた。
楽しかった自分は良いがケインはこれでよかったのだろうかと途中で気が付いたのだが、二人も自分たちの会話を聞きながら、時々こちらに入ってきてくれているのだから大丈夫だろうと思うことにした。
こうして穏やかな時間の中でお茶会は終了の時間を迎えたのだった。
お茶会を終えて寮の部屋に戻ったケインとルームメイトはすぐに軽装に着替えた。
それからルームメイトはどっかりとベッドに座ったが、その表情はどこかぐったりした様子だった。
「いや、正直、ワゴンを押して現れたエレナ様を見た時、どうしていいかわからなかった」
「そうだな。そういうこともたまにあるな」
「意味がわからないぞ?」
あの場では取り繕っていたが正直意味が分からないことばかりが起きていた。
最初は事情聴取を覚悟していたこともあり、こんなに普通の会話をすることになるとは考えていなかった。
クリスとだけ話をしている時は確かにそう言う空気になりかけたが、その空気はエレナが来た時に変わった。
エレナがケインのことが知りたいというのは分かる。
だから自分の知っているケインとの日常を語るのは構わない。
けれどあれはなんだろうか。
お菓子を作ったとワゴンを押してくる第一王女。
作らせたのではなく、自分が作ってきたのだという。
そしてそれを当然のように周囲が受け入れている事実。
ケインはそうだろうなと言いながら、エレナがどういう生活をしているのか、ルームメイトに少しだけ説明することにした。
あの場面を見られているのだし、使用人が知っているレベルのことならば許されるだろうと判断したのだ。
「エレナ様は時々、使用人たちと掃除したり、調理場で料理したり、普通の貴族令嬢のしないようなことをしたりするそうだ。ちなみに料理の腕はかなりいい」
「確かにお菓子は美味かったな……って、料理?料理もされるのか?」
「軽食なんかは作られるな」
以前のお茶の時に出された軽食を思い出しながらケインは言った。
今思えばあれが初めて食べたエレナの手料理になるのかもしれない。
「なあ、エレナ様は市井のお嬢さん、じゃないよな?」
「紛う事なくこの国の第一王女だな」
「……おかしくないか?」
「……俺もそう思ってるけどな」
侍女や使用人として研修にでも出ていない限り、貴族のご令嬢は掃除や料理などはしない。
汚れる仕事は嫌がるし、怪我をしたり、肌があれるようなことは好まないものなのだ。
その筆頭にあり、本来であれば蝶よ花よと育てられていなければならないはずのエレナが率先してそういうことに手を出しているというのだから不思議に思うのは当然のことだ。
ルームメイトは思わずケインに聞いた。
「誰か止めなかったのか?」
「止めただろうな。ただご事情があって、止めきれなかっただけだな」
「どんな事情なんだよ?」
「……簡単に言えばご本人の希望だ」
事情について細かいことはさすがに言えない。
ケインが言葉を濁したので、言いにくいことだと察したのだろう。
ルームメイトはケインを追及しないことにした。
「そうなんだな……。わがままなのか、そうではないのか、いまいち分からないが……」
「迷惑をかけない趣味だからいいとのご判断みたいだぞ」
「まあ、確かに……」
エレナ本人がやりたいと言っているし、作られたお菓子や料理はおいしい。
本来ならば誰かに作らせる立場なのに自分で作ってしまうのはどうかと思うが、皆、おいしいものが食べられて喜んでいるし、本人も喜んでもらえて嬉しいとさらに腕に磨きをかけているというのが現状だ。
これで食材を無駄にしているとか、怪我をしそうだというのなら止めるべきなのだろうが、そういう話はないらしい。
それに元々はエレナの行動を制限するために必要なことだったので、今さら止めることが難しいのだ。
「ちなみにエレナ様は刺繍の腕も一流なんだ。……こうして考えると市井で生きていけるスキルはお持ちな気がするな」
ケインが複雑な表情でそう言うと、ルームメイトは苦笑いするしかできないのだった。




