目撃者の正体
ケインの懸想する相手がエレナというのは事実だ。
幼い頃からその思いは変わらない。
けれどルームメイトにそこを突かれてケインが答えられなかったのは、図星だったからとか、恥ずかしいからということではない。
どう答えていいかわからなかったからだ。
自分のことよりクリスやエレナの立場がある。
親しいと知られている相手に迂闊なことは言えない。
それを察して、ルームメイトは言った。
「いや、庭で見たんだよ。お前がエレナ様の手をとっているとこ」
「あれ、お前だったのか!」
思わず大きな声を上げて、勢いよく体を起こしたケインは、そのままルームメイトの方を見た。
彼はその声に驚いたが、体を起こすこともケインの方を見ることもなく続ける。
「誰もいなそうだから庭の方に踏み入ったら、奥で誰かが何かしてるのが分かって、気になったからちらっと見たら、急に護衛騎士が大きな声を出して追いかけてきたから、何となくまずいと思って逃げちゃったけど、驚きもしなかったな」
「驚かないか……」
冷静さを取り戻したケインがそういうと、ルームメイトはこともなげに言う。
「腑に落ちたんだよ。今までだってお前のとこにはクリス様から手紙きたりしてたし、呼ばれて会いに行ったりしててさ、エレナ様の話はあまり出さなかったよなって思ったら、理解できた。わざわざ敵を増やす真似はしたくなかったんだなって」
「それは……、詳しく言えないがあちらの事情でもある」
別に自分がエレナのことを隠したかったわけではない。
エレナが学校に行けなかった経緯などを深く知ってしまっているケインは、重鎮たちの思惑でエレナが貴族の男性と関わるのを極端に反対していることも聞いている。
クリスを通して自分がエレナと会う機会があるというのは暗黙の了解だが、あくまでクリスが呼んでその場にエレナが同席した形をとっているのはそのためである。
だから自分の口からエレナのことを言うのは憚られただけだ。
だが、ケインがエレナの話を避けていたのは、ルームメイトは男を近づけたくないのはケインなのだと考えていたようで、予想に反してあちらの事情と言われたため、理由が分からないと首をひねる。
「でも、先輩方はとエレナ様は親しげだったよな……。あれはあれで不思議だけどさ」
貴族男性から見て訓練場で気さくにエレナに話しかける先輩たちはやはり異質に映っていたらしい。
その違和感が彼の中に今でもあることにケインは安堵する。
「あれはダメだろうな。正直出世できないと思う。少なくとも近衛候補には残れないだろうな」
「やっぱそうだよな。よっぽどエレナ様が気に入っているとかなら別だけど……」
だが、ルームメイトがあの時見ていた感じでは、話しかけていた先輩騎士が特別エレナのお気に入りというわけではなさそうだった。
むしろ彼らがエレナの信者と言われた方がしっくりくる。
だからケインが彼らは近衛になれないだろうという意見も納得だ。
「エレナ様が良しとしても、クリス様がダメだと進言すると思う。クリス様はお披露目云々がなくても、エレナ様を常々大事にしてるからな。きっと笑顔で、基本的なルールも守れない人間をエレナ様のそばには置けないとか言って遠ざけるだろう。クリス様のことがあるから、エレナ様の近衛騎士は相当厳しいと思う。一時期はクリス様の近衛もしょっちゅう変わってたし、選ばれるのも大変だけど残るのも大変だろうな」
「そうなのか?」
一度選ばれたら安泰ではないのかと思っていたらしいルームメイトは驚いていた。
入団時も厳しい試験がある上に、近衛騎士に昇格するにはさらに厳しい査定があるはずだ。
その査定を突破して選ばれたはずの近衛騎士がしょっちゅう変わるとはどんな状況なのだと眉をひそめる。
「皆、クリス様にデレデレで仕事にならなかったんだと聞いてるよ。今はそうならないメンバーで落ち着いたみたいだけど、まあ、落ち着くまでは大変だったみたいだぞ」
クリスにデレデレというのを聞いて、確かに目の保養になるし、あのかわいらしさは見とれてしまっても仕方がない。
そしてあの圧と、可愛らしい仕草でものを頼まれたらホイホイ聞いてしまうだろう。
気持ちは分かる、とルームメイトは状況を整理した。
「なるほどなあ」
「エレナ様はクリス様とは違うし、馴れ馴れしいのもだめだけど、あの圧を感じられる人間なら、逆にあんな空気を出してるエレナ様に意見のできるメンタルは必要かもしれないな」
「エレナ様はクリス様より話を聞いてくれそうに見えるけどなあ」
確かにエレナには神々しいオーラがある。
だがクリスほど圧は強くないとルームメイトは感じていた。
それに先輩たちと気さくに話をしているくらいなのだから、神々しいだけで威圧を感じずに話せるのではないかというのが彼の考えだ。
だがケインはそんな彼の意見を否定した。
「話は聞いてくれるかもしれないが、エレナ様はかなり頑固だぞ。やると決めたらやり遂げるまでやろうとする。意識がなくなるまでやることもある。……体力測定は覚えてるか?」
「ああ……」
「あんな感じだ」
「……あんな感じと言われてもなぁ」
突然体力測定の話を出されたが正直よくわからない。
確かエレナは新人の体力測定に訓練着で参加して最後に挨拶をして帰っていった。
先輩たちがエレナ様はここ数年参加していると言っていたが、彼らは自分たちが参加できなかったのでエレナの状況を知りたくてそのことを教えてくれただけだろうくらいにしか考えなかった。
「能力はともかく、訓練着を着込んで訓練場に来て、騎士の皆が嫌いな体力測定に率先して参加するんだぞ。自分の身を自分で守らなければと、意気込んでいらっしゃるみたいだし」
「自分の身って、そりゃあ、エレナ様は何かあれば狙われる立場の方だけど、そのための近衛騎士じゃないのか?」
「そのはずだけど、護身術だけ覚えていればいいはずなのに、なぜか剣を使えた方がいいとか思っているみたいだ」
「……何か、普通の貴族令嬢とも、想像していた王女様とも違うな。護身術を学ぶために訓練場に来ているわけじゃなかったのか」
こうして意外なエレナの一面を知ったルームメイトは、ただただ困惑するばかりだった。
ルームメイトが困惑していると、ケインは思い出したように尋ねた。
「ところで、夜会の時だけどさ、何であんなとこに来たんだ?」
ルームメイトはその話をしていたことを思い出しながら申し訳なさそうに言った。
「あ、いやさ、人のいないとこで休みたいと思って、人のいない方、いない方って歩いてたら偶然……。知っての通り、俺は領地を継がないし、勤務が休みだから夜会に出たけど、あくまで領地に残る兄たちがメインだからさ、ずっと家族といるのは気まずかったんだよ。どっから嗅ぎつけたんだか、俺が王宮騎士団入ったことを知ってるのが多くて、皆、俺に話しかけるからさ……」
このままずっと一緒では兄の顔を潰しかねない。
彼らは王宮に近い人間と話したいのだろうが、家族は領地のことをアピールしたいのだ。
自分がいると、彼らは自分の話を聞きたがるので会話の中心が自分になりその邪魔になる。
だから彼はホールを離れたのだという。
「なるほどな」
彼の性格からして、家族に気を使ったというのは事実だろう。
別にケインやクリス、エレナを追いかけてきてたどり着いたわけではなく本当に偶然に違いない。
「あー、お前にこんな話したけどさ、別にどうこう言うつもりはないんだ。あの時は必死に探されたし、調査が入ればいずれわかることだろうからさ。それに、俺がお前の立場だったら気持ち悪いだろうなって。誰かわからないやつにコソコソ見られてたとか、気味悪いだろう?」
「ああ……」
「これが知らないやつならまだしも、お前だったからさ。一応伝えておこうと思ったわけだ」
全部吐き出してようやくすっきりしたとルームメイトは笑った。
本人に確認するにも場所を選ぶ内容だし、誰かに話せる内容ではない。
一人で抱えているのは辛かったという。
「何か気を使わせたな……」
「今回はさすがにな。正直、気は使ったさ。後から合流した家族にも言わずに通したんだ。あっちは俺が気を使っていなくなったのに、いなきゃいないで、どこ行って何してたんだって根掘り葉掘り聞き出そうとするしさ」
「そうか……。何かお前には借りが多い気がするな」
騎士学校時代の欠席の時もそうだったし、今回の件もそうだ。
ケインが彼に返せるものは何かあるのだろうかと思わず考えてしまう。
だが、ルームメイトはそんなことは思っておらず、むしろあんな場面を見てしまって申し訳なく思っていた。
けれどそれをあえて言う必要はないと判断し、それならばと口を開いた。
「んー、そうだな。まあ、何かの形でいつか返してくれたらそれでいいよ」
「わかった」
思わぬ形であの時の目撃者を知ることになったケインは、あの場にいたのが彼でよかったと安堵したのだった。




