夜会での密会
ブレンダとの会話を終えて移動をすることにしたが、やはりクリスがエレナから目を離すと数名の騎士団の人間がエレナに気さくに話しかけてくる。
その度にクリスが牽制に入ることを繰り返していた。
そんなことをしながらも重鎮たちへの挨拶回りを一通り済ませると、クリスはエレナを休憩に誘った。
「エレナ、疲れたでしょう。少し人のいないところで休もうか」
「いいの?確かに喉も乾いたし、少し座って休みたいわ」
ずっと会場に貼りつく必要があると思っていたエレナは少し表情を緩めた。
「夜会はまだ続くから、休んで戻ってくるくらいがちょうどいいかな。何か気になることはある?」
「……いいえ。ありませんわ。まいりましょう」
そうしてエレナはクリスに手を引かれてホールの外に出た。
「お兄様、こんなに会場から離れて大丈夫なの?」
招待客が通れない通路まできたので、最低限の警備しかおらず、ここならば聞いても大丈夫だろうとエレナは目的地を尋ねた。
会場から大きく外れてどんどん進んでいくことを不思議に思ったのだ。
「そうだね、本当はずっといた方かいいし、本当は別に休憩室があるんだけど、今日みたいな日にみんなの使う休憩室に行ったら休むことなんて叶わないからね。それに、僕たちがいない方が、今日デビューした貴族同士、話しやすいでしょ?」
「確かに皆、王族の私に挨拶しなければって感じだったわ」
エレナの会話が終わったと分かるとすぐに次の貴族が話しかけてくる。
見知った騎士が貴族として参加していることも多く、それなりに話しはできたが、さすがに気を張った状態で話しっぱなしになったので、少し会場から離れたかったのは確かだ。
「特に今日はエレナがデビューだからね。でも、他にもデビューの子達がいるんだし、むしろ少し離れた方がいいかな。これからは夜会も希望すれば出られるし、その時はもっと夜会を楽しめればと思うけど、どう?」
「そうね。今日が初めての方々の交流の場は大事にしてあげたいわ」
「そう言ってもらえてよかった」
自分がいいない方が貴族たちの交流がはかどるというのなら、離れていいだろうとエレナは素直に受け取った。
だが、それはエレナの知りたかった質問の答えとしては不足だ。
なので、もう一度聞くことにした。
「それでどちらへ向かっているの?」
「内緒。もう少しで着くしね」
もうすぐと言われたが、そのあたりに座って休むようなところはなかったと記憶している。
でも、クリスがそういうのだからそういう場所を用意しているのかもしれないとエレナは黙ってクリスの後についていくことにしたのだった。
「お兄様、ここで休憩をするの?休むところはないはずだけれど……」
不思議に思いながらも、クリスが通路から外れて人のいない庭に入っていくので、手をとられているエレナはくっついていくしかない。
「うん。ちょっと寄り道させてもらいたいんだ」
「私は構わないけれど……」
ヒールで庭の芝の上は歩きにくい。
エレナが足元を気にしながら歩いていると、クリスが急に立ち止まった。
「ケイン」
「クリス様」
「エレナもいるよ?」
エレナが驚いて顔を上げると、木の陰からケインが姿を見せた。
遠くで見るエレナに神々しさと距離を感じていたケインだったが、こうして近くで見ると、エレナはエレナのままなのだと少し安心して目を細めた。
「エレナ様……。クリス様、本当に今日の主役であるお二人が離れていいのですか?」
「黙って会場にいると詰め寄られちゃいそうだったし、二人で休憩するって堂々と出てきたよ。だからもう、ただの招待客の多い夜会と同じ。二人でダンスも披露してきたから充分だと思うな。役割は果たしたし。それに他の貴族同士、交流を増やしたいでしょう?」
「そうですか……」
ケインとクリスが会話を勧めているがエレナは状況がつかめなかった。
会話が途切れたところで、最初に驚きすぎて固まっていたエレナがようやく言葉を発した。
「ケイン、ケインがどうして?」
クリスの手を離したエレナがふらっとケインの方に数歩寄っていった。
クリスはそれを制止するため、エレナの問いに答える。
「僕がここに来てほしいって頼んだんだ。会場で親しく話をしていると、ケインが好奇の目にさらされたり、やっかみを受けてしまうかもしれないと思ってね。でもせっかくだしエレナの晴れ姿をケインにもしっかり見てもらいたかったんだ」
声をかけられたエレナは足を止めてクリスの方の目を向けていた。
「そうだったのね。でもそれならばそうと言ってくれればよかったのに……」
エレナがクリスとケインを交互に見ながら少しむっとしたように言うと、クリスがクスクスと可愛らしく笑った。
「エレナを驚かせたくて黙っていたんだよ」
クリスは笑っていたがケインは少し困ったような顔をしている。
「驚いたけどこうして話をする時間ができて嬉しいわ。こうして着飾った姿を見てもらうことはなかなかないもの」
状況を理解したエレナはそう言った。
せっかく時間を作ることができたのだから、二人を問い詰めるために使うのではなく、普通に話をするために時間を使いたいとエレナは考えた。
エレナもケインと話ができるのは嬉しい。
だからこの時間を大切にしたいと思ったのだ。
「それにしても、夜会の衣装って重たいのね。採寸の時には感じなかったけれど、ドレスとアクセサリーをずっと着けていると、それだけで疲れてしまうわ。ご婦人たちはよくこんなに重たいものを毎晩着けて歩きたがると思うわ」
エレナはそう言いながら、二人から少し離れた場所まで行くと、土にヒールが刺さらないよう、つま先立ちでくるっと回って見せた。
「そんなことを感じさせない素晴らしいダンスでしたよ。今日のエレナ様は一段と輝いて見えました」
「見ていてくれたの?気が付かなかったわ。ダンスはお兄様が大変だったと思うのだけれど」
「僕とはたくさん練習したから大丈夫だったでしょう?」
結局エレナはダンス講師とクリス以外とは踊ったことがない。
本当なら夜会というのは色々な人と踊らなければならないと聞いている。
確かにたくさん練習したクリスとは大丈夫でも、他の人とはどうなのだろうとエレナは少し不安に思っていたのだ。
「今日はね、ケインと会場で踊ってはだめだと言われたの。たくさん練習はしたのだけれど、いつか踊れる日が来るのかしら……」
「エレナ……」
夜会の会場で、堂々と二人が踊る日が来るのかは分からない。
クリスは複雑な思いでエレナを見つめるのだった。




