会場を抜けて
一方、夜会に参加したケインは、態度を変えることなく家族とともに顔を見せた。
さすがにクリスもエレナも特別何かを言うわけではなく、他の貴族のときと同じように扱った。
そんな中、クリスは可愛らしい笑みを浮かべながらケインに目で訴えてきたので、周りに悟られないよう、ケインは小さくうなずく。
クリスはケインの様子を見て、さらに笑みを深めた。
つまり事前の打ち合わせ通りということだ。
ケインは王族の御前から退いて、家族とともに壁に寄った。
今日は両親とも参加しているので、ケインが踊る必要はない。
けれど、家族から離れるタイミングを間違えれば、この後に差し支える。
だからケインはこの日、より慎重に動くことを余儀なくされた。
家族と壁の近くに立ったケインは、国王の挨拶を聞き、その後始まったクリスとエレナのダンスを見ていた。
エレナが楽しそうにしているのを複雑な思いを抱いたが、相手はクリスだ。
嫉妬したわけではないが、堂々とエレナと過ごせることは羨ましく感じた。
デビュタントのメンバーが加わっても、やはり二人は特別な輝きを持っている。
どこに移動してもすぐに見つけられるくらい目立つ。
しかしケインに人のことを気にしている余裕はない。
人に見つからないよう、いつも時間をやり過ごすために逃げ込んでいる庭に移動しなければならないのだ。
皮肉にもクリスの指定場所は普段ケインが逃げ込んでいる庭だった。
この場所は一面が芝生で拓けているが、会場のバルコニーからは死角となっている。
所々に木があるものの花も椅子も何もない場所だ。
だから近くを通る人がいても、足を止めるものはほとんどいない。
通路から見えない位置や木の影に身を潜めれば、見つかることはないのだ。
ちなみにケインがこの場所にたどり着いたのは偶然ではない。
幼い頃、まだただの子供同士で家を行き来していた頃に、王宮内を駆け回ったことがある。
そして晴れた日はこの芝生に来て、三人でよく遊んだのだ。
ケインが幼い頃駆け回った王宮と今の王宮、建物の位置に変化はない。
だから夜会に来ている人の通らない廊下を抜けて庭に出る方法を知っている。
最初の夜会で苦労してからは、こっそりと地の利を活かして逃れているのだ。
幸い、今日はエレナがデビューということもあり、すぐにホールから抜けて休憩しようなどと考える者はいないらしい。
エレナとクリスを含め、最初のダンスが終わり、ホールに大きな拍手が響いた。
閉じていた扉が開いたため、ちらっとそちらを見ると、ホールの向こうに警備を担当する騎士以外の姿はない。
デビュタントのお披露目を終えて、彼らは飲み物周辺に集っているし、皆、壇上のエレナに声を掛けるべく様子をうかがっている。
今度は両親の方を見ると、今回は夫婦で踊るらしい。
これならばと、二曲目が始まる人の動きに紛れ、ケインは移動を開始した。
ホールさえ離れてしまえばあとはどうにでもなる。
むしろいつもより人が少ないので、何も気にせず歩けるくらいだ。
ケインは、はやる気持ちを抑えながらうまくホールを抜け出し、目的地で待機することになるのだった。
どうにか挨拶を済ませ、クリスが次の目的のために動こうとした時、二人の前に女性を虜にしている騎士がやってきた。
騎士の正装が持ち前の美しさを引き立たせ、相変わらず女性から憧れの目で見られているこの人物は、ごく自然に二人の前に現れて声を掛けた。
「クリス様、エレナ様、本日もお二人とも美しくお麗しい……」
「ありがとうブレンダ。挨拶はいいかな。特に異常はない?」
ブレンダがいつもの調子なので、クリスも小首をかしげていつもの調子で対応する。
そんなブレンダをきらきらした目で見ていたり、遠巻きに様子をうかがっているご令嬢がたくさんいる。
離れたところにいるご令嬢たちの中には、見とれてため息をついているのもいるが、そんな視線があっても二人は特に気に留めることはない。
「はい。特に問題はございませんよ」
「じゃあ、引き続きお願いね」
「はい」
それで内容は伝わったと感じたため、クリスがその場を離れようと、エレナの手を引こうとしたところで、エレナがじっとブレンダを見上げているのが目に入った。
「どうかしたの?」
クリスが小首を傾げて尋ねたが、エレナの視線はブレンダの方を向いたままだ。
「私はブレンダも麗しいと思うわよ」
「エレナ?」
「お褒めに預かり光栄です」
クリスは何を言い出すのかと不安そうにエレナを見、ブレンダは笑顔で応対する。
「私、夜会は初めて参加したのだけれど、とてもキラキラしたところなのね。ブレンダはこのキラキラした中でもより華やかで輝いて見えるわ」
「私にはエレナ様の方が存在感があるように思いますよ。デビューの場であるにも関わらず、臆することなく優雅に接するその度胸はまさに王族として素晴らしい」
ブレンダがエレナを褒めると、エレナは小首を傾げる。
「そうかしら?ほとんどお兄様にお任せしていて、自分では何もしていないのよ?」
「そんなことはございませんよ。クリス様と並んでご挨拶に回られているではありませんか」
「手を引いてもらってついて行くだけだから、子供にでもできると思うのだけれど……」
大人の仲間入りをしたけれど保護者としてクリスが付いているということもあり、エレナは自分で対処できないことを未熟に感じていた。
「前みたいに腕にしがみついてひょこひょこ顔を出すんじゃなくて、今回はちゃんと隣に立って挨拶を受けているでしょう?」
「夜会への参加は大人への一歩なのでしょう?お兄様の後ろに隠れているわけにはいかないわ。それに、学校のことなら、案内役がお兄様だったし、視察で迷子になるわけにはいかなかったし、こっそり見に行くことになっていたのに、思ったより注目を集めてしまったのよ」
「そうだったのですね」
エレナが学校見学に行ったという事実だけを知っていたブレンダは、状況を説明されて納得した。
「でも今日は、警備も万全だし、迷子になることもない。知った顔が多いから落ち着いていられるわ。それにお兄様がずっとついていてくれているもの……」
さすがに学校見学の時のように腕にしがみつくようなことはしないし、夜会の体裁に合わせてエスコートされている。
言いながらもエレナの表情は複雑そうだ。
「お二人の仲が良いのは本当に微笑ましい限りです」
エレナと周囲に配慮してブレンダが言うと、そこに乗っかる形でクリスが会話に入ってきた。
「ブレンダ……私がエレナをエスコートしているのは微笑ましい光景なの?」
「はい。場がなごみます」
「そう……」
今度は微笑ましいと言われたクリスが複雑な表情を浮かべていると、エレナは首を縦に振った。
そして暗い感情を抱えていても仕方がないと気持ちを入れ替える。
「お兄様はいるだけで周囲を癒す感じだものね。でも今日は私のエスコートをしているから、私がお兄様を独占してしまっているの。何だか他の皆様に申し訳ない気がするわ」
「そんなことはありませんよ。エレナ様は本日の主役のようなものですし、お二人が並び立つ姿も充分、目の保養になっていると思いますよ」
エレナの気持ちが上向きになったことを感じたクリスもそこに乗じる。
「そうだといいな。それに今日の私はエレナだけの王子様だからね」
「承知しています」
「じゃあ、少し休憩に出るよ」
「はい。ゆっくりしていらしてください」
「うん。この後のこと、お願いね」
そんな話をして、二人はブレンダから離れたのだった。




