クリスとの挨拶回り
飲み物を手に一度壇上に戻ったクリスとエレナは両親のところに戻った。
「いかがでしたか?」
エレナは踊っていた時の楽しそうな姿が嘘のように、おずおずと尋ねた。
「とても素敵だったわよ」
母親がそう言い、父親は黙ってうなずいた。
おおらかな表情を浮かべていて非常に満足いくものだったようだ。
言葉は少ないがとりあえず合格点をもらえたのだとエレナがホッとしていると、隣でクリスがクスクスとご令嬢が敵わないかわいらしさで笑った。
「そんなに心配しなくてもちゃんとできていたから大丈夫だよ。エレナは疲れてない?挨拶に行く前に少し休む?この後しばらく立ちっぱなしになっちゃうんだけど……」
エレナが考えている間にクリスが壇上から周囲を見回すと、二人がどう動くのかじっと観察している貴族たちが一定数見える。
彼らはここに腰を落ち着けたら、壇上の下から声をかけてでも顔を繋ごうとするに違いない。
自分で行き先を選ぶか、座って楽をしながらよくわからない貴族の話を含めて話を聞くかだが、クリスからすれば後者の選択肢はない。
ここで動けなくなれば予定がくるってしまう。
「でもここにいたら、今度はここに人が集まっちゃってしばらく動けなくなっちゃいそうだね。そうなったら長く時間がかかるかもしれないから、エレナが大丈夫ならもう挨拶に回り始めた方がいいかもしれない。ある程度挨拶をしたら休憩のために席を外せるし、そこまで頑張れる?」
この後の予定を悟られないようにそれとなくエレナを誘導する。
エレナはまだ疲れていないし、兄が言うのだからそうなのだろうとうなずいた。
「では、いってまいります」
同意を得たクリスはエレナの手をとって、再びホールへと降りていった。
二人が壇上から降りると、様子をうかがいながら徐々に貴族たちがクリスとエレナの側に近付いていた。
二人は人の輪の中に囲い込まれて、網に追い込まれる魚のようになっている。
クリスはその人の輪をエレナをエスコートしながらうまく切り抜けていく。
かわされた貴族たちは残念そうに二人を目で追いながら、再度近付く機会をうかがっている。
とりあえず重鎮たちに軽く声をかけ、会場内でできるだけ足を止めないようにしていたが、それでも時々つかまってしまう。
「エレナ様に置かれましてはお初にお目にかかります。うちの息子も本日ご挨拶させたかったのですが……」
「ああ、ご子息には申し訳ないけど今日の警備をお願いしているんだよね」
クリスは彼らのことを覚えているので、エレナが答える前に卒なく対応する。
「さすがはクリス様、息子のことまで気にかけていただいて……。息子からエレナ様の話を伺っております」
「そうなんだね」
自分たちのことを覚えてもらっているということで対応された貴族はそれだけで満足そうにしていた。
クリスからすれば全員覚えているので誰に声を掛けられても同じように対応するだけなのだが、今日は特に人数が多い。
それに今日に限っては声を掛けてくる貴族全員を相手にしているほど暇ではない。
だからといって邪険に扱うわけにも行かないのでそれなりに二言三言会話をするのだが、クリスが別の貴族の対応をしている間に、エレナは騎士団に在籍している一人に声を掛けられた。
「エレナ様ではありませんか!」
「まぁ。今日は非番なのね」
「はい。あの、もしよろしければ一曲……」
騎士団の人間は当たり前のようにエレナに声を掛けた上に、ドサクサ紛れにダンスに誘っている。
エレナが離れた場所にいたわけではない。
だから会話を聞いていたクリスはすぐに間に割って入る。
「ごめんね。エレナはこれからご挨拶回りさせないといけないんだ。だから今日のダンスは全部断っているだよ」
そう言いながらエレナの腕を引いて、それとなく自分のそばに寄せる。
「ク、クリス様!」
彼はクリスが別の貴族と話している間を狙って声を掛けたが、しっかりと聞かれていたことがわかって少し焦った。
騎士団の廊下で彼らを見たときから懸念していたことなので、クリスからすれば想定の範囲内だ。
同時にやはりそうなってしまったかとどこかがっかりした部分もある。
しかしそんな表情は表に出さず、クリスは笑みを浮かべて小首を傾げた。
「もういいかな?」
「は、はい!」
彼はクリスに声を掛けられて直立不動になった。
そして彼はそのままクリスに手を惹かれて立ち去るエレナを見送った。
「エレナ様!」
どうにか騎士たちをかわしたところで今度はエレナが女性から声を掛けられた。
彼女が母親がエレナの友人候補としてお茶会に招待していた一人だと認識したクリスは、エレナに合わせて立ち止まった。
「ごきげんよう。お母様のお茶会以来ですわね」
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう」
母親の選んだ女性との会話ならよほどのことがない限り変なお誘いはないだろうと、クリスは黙ってエレナの隣に立って様子を伺うことにした。
最初はエレナのお祝いの言葉から始まった彼女だが、エレナのドレスが気になったらしい。
おそらく今日はその話が聞きたかったのだろう。
「お召し物も素晴らしいですわ!ダンスの時は花が開いたようでしたけれど、どちらのデザイナーに依頼されましたの?」
「母が呼んだデザイナーだから、私では分からないけれど……」
「まあ!王妃様御用達のデザイナーなのですね!」
さすがは王妃様とご令嬢は感嘆の声を上げた。
ダンスで映えるこのドレスの効果は抜群だったらしい。
エレナが母親も色やレースのデザインは違うけれど同じものを着ていると彼女に説明している。
このドレスがこのように映えるものになったのはエレナの提案がきっかけなのだが、本人がそのことに触れないので、クリスは黙って受け流す。
令嬢は少しでもドレスに関する情報を引き出そうと熱心に質問を繰り返している。
このままだとここでお茶会の時間分くらい時間を消費してしまいそうだと判断したクリスが横から口を挟んだ。
「エレナ、デザイナーのことは一度きちんと確認して、ご令嬢宛に手紙を出してあげたらどう?」
「そうね。お手紙でもいいかしら?」
わからないことなのに根掘り葉掘り聞かれても答えられない。
エレナはクリスの助け舟を素直に受け取った。
「嬉しいわ!ぜひ、ぜひお手紙くださいませね!楽しみにしておりますわ!」
令嬢はエレナから手紙がもらえると聞いて、目を輝かせた。
エレナには文通をするような友人がいないのでめったに手紙を書かない。
おそらく彼女の周囲にエレナから手紙をもらった人などいないはずだ。
内容も大事だが、エレナからの手紙というだけで貴重なものになる。
だからなおさらエレナが自分に手紙を出すと約束を交わしたのが嬉しいのだろう。
彼女の機嫌が良いうちにこの場を切り抜けようとクリスはエレナの手を引いてその場を離れるのだった。




