開かれた扉
扉の側の壁に寄りかかっていたエレナの耳に、覚えのある声が聞こえた気がした。
意識がもうろうとしているため、聞き間違いかと思ってそのままにしていると、また自分を呼ぶ声がする。
「ケイ……ン?」
かすれた声で言葉でエレナはつぶやいた。
返事をしようにも思うように声が出ない。
ずっと飲まず食わずだったのだから当然である。
エレナは少し体の位置を変えて扉の隙間から外の様子を窺った。
扉の近くにはケインが立っていて、そこから離れたところでクリスが騎士を牽制している様子が見える。
エレナは扉の隙間に顔を寄せて、再び彼の名前を口にした。
「ケイン……」
ずっと耳を澄ませていたケインはその声を聞き落とさなかった。
ケインは少し扉から離れて全体像を確認すると、声の漏れている場所が扉の隙間であることに気が付いた。
ケインはエレナがそばにいると思われる隙間から中を覗き込もうと、扉に近付いて屈みこんだ。
そして、その隙間に向かって話しかける。
「エレナ、そこにいるの?」
「ええ……」
エレナがケインの呼びかけに弱々しい声で答えた。
無事でいることが分かって少し安心したものの、元気がないことはわかる。
ケインはどうにかエレナに扉を開けてもらおうと説得を試みることにした。
「よかった。無事だったんだね。でも、こっちからだと真っ暗で中の様子は何も見えないんだ」
「……」
エレナからの返事はない。
聞いているのか分からないまま、ケインは話し続けた。
「エレナ、聞いて。クリスが騎士たちをこの場所から離してくれてる。だから開けても大丈夫だよ。俺だけでも中に入れてくれないかな」
いつの間にかケインの言葉から昔のようにクリスとエレナの敬称が外れていた。
ケインがそれだけ真剣にエレナと向かい合っているということなのだが、どんなに仲が良くても、例え本人たちがいいと許可していたとしても、これが緊急事態だとしても、もしこんな話し方をしているのを他の人に聞かれたら、ケインが不敬で罪に問われてしまう可能性がある。
話の内容が誰にも聞こえていないため指摘する者はいない。
「……ケインだけ?」
「お願いだ、エレナ。閂を外してくれ」
縋るような必死の呼びかけに応えようと、エレナはあまり残っていない力を振り絞って立ち上がると、静かに閂を外し、扉が体に当たらない位置に移動した。
外で耳を澄ませていたケインにも閂の外れた音が聞こえる。
「エレナ、開けるよ?」
扉の近くにエレナがいることを心配したケインが声をかけてから静かに扉を押すと、鈍い音がして扉が動いた。
ケインは自分が入れるくらいまで扉を開けると、近くに置いていたランプと食べ物の入ったカゴを持って中に入り、すぐに扉を閉めて閂をかけた。
暗がりの中、ケインの持っているランプだけが倉庫の中を照らし、他に灯りはない。
「エレナ?」
名前を呼びながらケインは灯りが広がるようにランプで周囲を照らしてみたが、見える範囲にエレナはいない。
奥に進もうと少しランプを下ろすと、その手の先に不自然な影のあることに気が付いた。
ケインがランプでその方向を照らすと、扉の近くの壁に寄りかかってぐったりとしたエレナが座っていた。
「エレナ!」
ケインはエレナの元に駆け寄ると、ランプとカゴを少し離れた床の上に置くと正面に屈みこんで両手で彼女の肩をゆすった。
何度も名前を呼ばれてケインにゆすられていたエレナは、その声で意識を取り戻した。
目を開けると自分の目の前にある人影が自分の肩に触れていた。
ランプの光を背にしていて顔は見えないが、自分の肩を掴んでいる手や、名前を呼ぶ声はエレナの大好きな彼のもので間違いないと思った。
「ケ……イン?」
やはり喉がはりついてかすれたような声しか出ない。
しかしケインはその声を聞き逃すようなことはない。
「エレナ!よかった……」
ケインは思わずエレナを引き寄せて抱きしめた。
エレナの体は何の抵抗もなくケインの方に倒れ込む。
ケインはしばらくエレナを強く抱きしめていたが、その腕を少し緩めて人形を扱うようにエレナの体を抱えたまま頭を撫でた。
「一人でよく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「うん」
エレナはそう返事をするとケインの腕の中で意識を飛ばした。
自分の腕の中でエレナの呼吸が整ったのを感じると、ケインは我に返った。
思わず抱きしめてしまったが大丈夫だろうか?
不安に思いながらも、自分の肩にほほを寄せて眠るエレナの方に顔を向けた。
エレナはよく眠っている。
とりあえずいつまでもこのような状態でいるわけにはいかないと、ケインはエレナの体を再び壁にあずけると、持ち込んだカゴを手元に引き寄せて、エレナの隣に腰を下ろした。
そして、エレナが目を覚ますのを隣でじっと待つのだった。
しばらくしてぼんやりとしながら目を開けたエレナに、ケインは声をかけた。
「果実水だよ。飲めそう?」
エレナはその声に応えようとしたが、体がうまく動かなくなっていた。
ケインが小さめのポットからからのグラスに移してエレナに手渡そうとしたが、エレナは不安そうにケインの方を見つめているだけで手を出してこない。
「そっか……。そうだね」
体に力が入らないためグラスを受け取れなかったエレナの反応を、飲み物の独身がないことへの不安からだと考えたケインは、エレナのために注いだ果実水をグラスの半分くらいまで飲んで、再び差し出した。
「もしこれでエレナに何かあったなら、その時は俺も一緒だから大丈夫。少しでいいから飲んでくれないかな?」
エレナが力なくうなずいたのを確認して、今度はグラスを直接口元に運んだ。
ゆっくりと、少しずつ、グラスが空になるまで果実水をエレナの口の中に流し込むと、グラスを置いて、再びバスケットを開けた。
「パンもあるんだ。食べられそう?」
ケインが中を見せながら聞いてみるが、エレナは首を横に振るだけである。
そして渇いた喉が潤ったためか力は入らないが少し声が出るようになった。
「おなか、すかないわ」
「そっか。じゃあ、もう少しして、お腹が空いたら食べようか」
「ええ」
エレナが食べないというので、ケインはカゴの中からポットだけを出してカゴのふたを閉めると、それをランプの横に置いた。
カゴの横にはポットとグラスが並んでいる。
ランプの灯りは壁にいる自分たちと、置かれた食べ物を温かい光で照らしている。
ケインはエレナの隣に座って同じように壁に背中を預けると、黙ってエレナの頭を撫でようと手を伸ばした。
頭を触れられたエレナは、ゆっくりとケインのいる方に首を動かして、心配そうにしているケインを安心させようと力なく微笑むのだった。




