クリスの横やり
王妃とエレナが別室でお茶をしながらしばらく待っていると、希望を伝え、待機していた仕立て屋たちによってドレスの調整をしたものができたと伝えられた。
そこでエレナは早速そのドレスを試着することにした。
商品の並べられて一角に衝立があり、その場で試着できるように準備がされていたため、エレナと侍女と仕立て屋はそこに移動した。
その間、王妃はアクセサリーを見ながら商人と同じ部屋で待つという。
試着の時は仕立て屋が同席して細かいサイズの手直しを行った。
侍女と仕立て屋がエレナにドレスを着せていくのでエレナは立っているだけだったのだが、その感じはいつものドレス購入の時と同じだったため何となくエレナは安心感を覚えていた。
そしてエレナは試着した仮縫いのドレスを着たまま、母親のいるところまで出てきた。
ドレスを着たエレナを見た王妃は思わず感嘆の声を上げた。
「まぁ!とても似合っているわ!」
「仕立て屋と話しまして、エレナ様のイメージを再現するため、内側の広がりを抑え、動いてもレース部分が乱れなくなるよう、先ほどより裾を少しだけ上げてみました。もしもっと内側を広げたほうがよろしければそのようにお作りいたします」
試着して戻ったエレナと母親に商人がドレスの変更点を伝える。
エレナは商品の並ぶ部屋の空いた場所で飛んだり回ったりして、動きにくくないかどうかを確認してから言った。
「いいえ。レースも充分に広がるし、内側もこのくらいなら踊るのに問題ないわ。レースが内側のスカートに引っかかってしまうこともないみたいだし」
「そうね。回っているエレナは白いバラが咲いた用にきれいだったわ。フリルとは違ってとても品のあるデザインだし、既婚者の女性にも人気の出そうなデザインね」
王妃は想像以上に良くなったと、試着してくるっと回ったエレナを微笑ましく見ながらそう言った。
「お母様も着てみたいと思いますか?」
「ええ。エレナがいいって言ってくれるなら、おそろいのドレスで一緒に並びたいわ。私が白いものを着るわけにはいかないから、色違いというのはどうかしら?」
「ええ。いいと思うわ」
エレナの返事を聞くや、商人はすぐに王妃に話を振った。
「では王妃様もお仕立ていたしますか?」
「そうねぇ、この白のように同じ色でドレスの生地とレースを重ねても違和感のないものは用意できるかしら?派手な色はだめよ?主役はエレナなのだから」
「はい。そのようにご準備いたします」
想定外の大型注文に商人は思わず顔を緩ませた。
「エレナ、このままアクセサリーも選んでしまいましょう」
「着たままでですか?」
「ええ。このままの方が当てて見た感じがよくわかるでしょう?」
どうかしらと小首を傾げて商人の方を見ると、商人は笑顔でうなずいた。
「そうなさってください。御髪を整えることはできませんが、髪止めも髪に止めていただいていいですし、ネックレスも実際につけていただいて構いません」
「わかったわ」
商人の言葉を聞いて彼がいいとい言うのならと、ドレスを汚さないように気をつけながら、アクセサリーを見ることにした。
母娘がアクセサリーを見始めてほどなく、部屋のドアにノックの音が響いた。
「はい……」
護衛が確認のためにドアを開けるとそこにはクリスが立っていた。
「ク、クリス様?」
クリスはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて返事をする。
「あ、えっと、少々お待ちください」
しどろもどろになりながら護衛が答えると、途中でやり取りに気がついた王妃がドアの前に来ていた。
「あらクリス、どうしたの?」
ドアの前を塞ぐように立っている王妃を前に、クリスは言った。
「エレナがドレスとアクセサリーを選んでいるって聞いたから、様子を見に来たのですが……」
「せっかく母娘水入らずで決められると思ったのだけれど、せっかくだから一緒に選びましょうか。今ちょうどエレナが仮縫いのドレスを着終えたところなの。当日の楽しみが減ってしまうけどいいかしら?」
王妃が少し拗ねたように言うが、クリスは可愛らしい笑顔を崩さない。
「はい。私もエレナのアクセサリーを見たいですし、それに合わせて自分の衣装に使うものを決めたいと思いますので」
クリスの返しに王妃は彼が引くつもりのないことを悟って諦めたように言った。
「そうね、確かにその方がいいわね」
「では失礼しますね」
クリスは再度笑顔を作りなおして部屋の中に入っていった。
「お兄様!」
母親とのやり取りを少し離れた場所から聞いていたエレナは、部屋の中央まで歩み出た。
ドレスを着たエレナを見て、柔らかい笑みを浮かべたクリスはエレナの側まで行くと頭を撫でる。
「エレナ、とても素敵だね。当日が楽しみだよ」
「ありがとう。あのね、このドレス、回るとレースの部分が大きく開くのよ」
そう言ってエレナはクリスから少し離れてくるりと一回転して見せた。
「どうかしら?」
「うん。いいと思う。エレナはダンスの時、たくさん回りたいの?」
楽しそうに回っているエレナにクリスが尋ねると、エレナはきょとんとした顔をしてクリスを見た。
「そうね、このドレスのためにたくさん回りたいわ。せっかく回った時にきれいに見えるようにしてもらったのだもの」
あまり考えていなかったが、言われてみればそうかもしれないとエレナは思い直した。
「そうなの?」
「ええ。仮縫いのドレスを回った時にレースが開いて見えるように直してもらったの。お母様も気に入ってくださって、同じデザインのものを色違いで作ることになったのよ」
だからデビューはお揃いなのだとエレナが嬉しそうに話すと、クリスはちらっと母親の様子をうかがってから聞いた。
母娘のドレスがお揃いなのも複雑な気分だったが、元々あったドレスをこのような形にしたいと提案したのはエレナだというのもまた複雑だった。
王妃はエレナを流行の中心に押し上げようとしているのかもしれないと感じたのだ。
「……そうなんだね。ところでアクセサリーはまだ決めていないの?」
「ええ。ちょうどドレスの試着をしてこれから選ぶところだったのよ。着替えてから選ぼうと思っていたのだけれど、着たままで選んだほうが合わせやすいからってことでこのまま選ぶことになったの」
「じゃあ、僕も一緒に選んでいい?」
「もちろんよ!」
「じゃあ、行こうか」
クリスがそう言って差し出した手をエレナは取った。
その様子を王妃はため息交じりにうかがっていたが、二人が歩きだしたのでその後についていくことにしたのだった。
クリスが来て一番驚いたのは商人である。
仕立て屋は兄妹の仲睦まじい光景を何度か目撃しているので動じる様子はないが、この商人はエレナに対面し商品を売るのは初めてだった。
まさかここでクリスがエレナのものを一緒に見たいと言ってくるとは思わず動揺した。
エレナとパートナーの男性用にいくつかの商品を持ち込んではいるものの、クリス本人が来るのならもっと種類を増やしておけばよかった、などと考えてしまう。
女性相手にパートナーのものを持ち込む商人は少ないらしいが、予定もないのに念のためにと、そういうものを持ち込んでいただけでも優秀だ。
他の商人ならばそうはいかなかっただろう。
王妃には何度かあっていたし、エレナには王妃ほどの圧を感じなかったのだが、クリスには何か違うものを感じていた。
商人はエレナの時には感じなかった緊張を感じながらクリスの前にアクセサリーを置いてはひっこめていく。
商品には自信があるが、クリスには何か見透かされそうで少し恐怖を覚える。
そんな商人の思いをよそに、アクセサリーは予想に反して早く決まった。
いくつかしか用意していなかったものの、お揃いになるようにセッティングしてあったことが功を奏し、提示したものの中からすぐに商品が決められたのだ。
クリスがエレナの好みをよく把握していたこともあり、全てに商品を見たクリスはすぐにエレナの好きそうなものを提案した。
その中からエレナが選んで、商品はお買い上げとなったのだ。
ちなみにクリスは商人が出してはひっこめている商品の特徴をその時すべて記憶していた。
その集中力が圧になって出てきていたのだ。
だからスムーズにいくつかの商品を提案できたのだが、さすがの商人もそこまでは気がついていないのだった。




