鉢合わせの後で
騎士団長に言われた通り、エレナはいつも自分が講義を受ける部屋へと先に向かった。
そして部屋に着いたエレナはおとなしく座って待ちながら、さっきのケインの様子を思い返していた。
「最近皆が気さくに話しかけてくれるから、少し忘れかけていたわ。あなたたちはそうだものね」
エレナは椅子に腰をおろしてから、護衛騎士に向かって話しかけた。
「当然です。エレナ様が止めなければ本来は……」
彼らを止めるのは自分たちの役目だったと、ケインの様子を見て反省している様子である。
答えた一人以外の護衛騎士たちの表情は硬い。
「私が許したのだからあなたたちが気にすることではないわ」
エレナはにこやかにそう言ったが、護衛騎士たち先ほど騎士団長に一瞥されていた。
ここにいる護衛騎士はみなその視線に気がついているので、後輩の指導がなっていないと説教を受けるのではないかと思っている。
「ですが……。そうは申されましても、さすがに彼らはやり過ぎかと思います。先ほどの新人の方がよほどしっかり規律を理解しているかと……」
護衛騎士の一人が意見を出していると、部屋にノックの音が響いた。
新人を彼らの先輩騎士に預けてきたらしい騎士団長が部屋にやってきたのだ。
護衛騎士たちは明らかに緊張しているが、エレナはいたって普通である。
「騎士団長」
「お待たせいたしましたエレナ様」
騎士団長は会釈しながら中に入ると素早くドアを閉めてそう言った。
エレナが訓練している場所を知っているのは護衛騎士と一部の上層部だけなのだ。
それはエレナが訓練をしている場所が公になってしまうと危険が増えるためそうしていることで、エレナ自身もそれを理解している。
だからドアを開けてすぐ見える位置には座らないようにしているのだ。
ドアが閉められて話のできる状態となったところで、エレナは大きく息を吐いてから言った。
「いいえ、元は私が彼らと話をしていたせいで皆を遅刻させてしまったのだもの。私が待つくらいで済むのなら大したことではないわ。……それにしても訓練場で跪かれるとは思わなかったわ」
謁見ならばそうだろう。
だが、お茶会でもそこまでのことはされないし、民の前に出ても、頭は下げられるが膝までつくことはそうそうない。
訓練場は本来ならばエレナがいないはずのところだし、お忍びのようなものだから、普通に話をしても問題ないと思っていた。
「本来の我々はそのように対応するものです。護衛任務の際は膝をついてしまっては、すぐに動けず業務に支障をきたすこともありますから立っておりますが、あれが本来の姿でございます。くれぐれも普段の彼らの態度が正しいと誤解されませんように」
騎士団長はエレナに念押しする。
「でも、私が話しかけていいと言ってしまったのだから、あまり厳しくはしないでちょうだいね。それと、騎士たちとの話を止めないように言ったのは私だから、護衛騎士たちのこともしからないであげてほしいわ。どうしてもというのなら、私も一緒にお説教を受けるけれど……」
エレナが小首を傾げてお願いすると、騎士団長は渋い顔をして答えた。
「わかりました……。善処いたします」
「ええ、お願い」
これ以上のことはエレナにはできないので、護衛騎士たちに申し訳なく思いながらも話は本日の訓練の内容へと移っていくのだった。
「ケイン、俺はお前を尊敬する!」
無事にその日も訓練を終えて部屋に戻るなりルームメイトはそう言った。
「なんだよ急に……」
「何であんなにエレナ様と堂々と話ができるんだよ」
王族と雑談できる騎士などそうはいないという意味に取ったケインはルームメイトの意見に首を傾げた。
「それは幼馴染みだからだろう」
「まあ、クリス様ともお話できるんだからそうかもしれないけどさ、よくあの圧に耐えられるなって思ってさ」
「圧?」
ケインも緊急時の訓練以降、エレナの王族特有のオーラのような者が強くなったように感じていたが、それがルームメイトには圧として感じられたらしい。
「なんかこう、クリス様はこう、癒しのオーラみたいなものを常に出しているから話せるのは分かるけど、エレナ様からはなんか神々しさみたいな威圧みたいなものを感じたよ」
ルームメイトは内面からにじみ出る何かというものに敏感なようだ。
それは学生時代からケインも気がついていた。
彼は何となく今日は教官の機嫌が悪そうだとか、クラスメイトのあの人は気分が沈んでいるのではないかとか、傍から見ても分からないような空気を読むのが得意そうなのだ。
その彼は、さっきのエレナから威圧を感じたというのだが、ケインからすればほぼいつも通り、少なくとも入団前のお茶会からほとんど変わらない感じだ。
「そうか?あまり感じないんだけど?」
「いや、そういう意味では先輩たちもすごいと思うし、ケインはあの場面で堂々と出て行ったけど、俺がすぐに出ていけなかったのはさ、あの時、足が竦んだからなんだ」
ケインが行くと言って出ていった時、少し出遅れた。
もし、声を掛けられずにケインが出て行ってしまっていたら、自分は出て行きそびれて後ろから来た新人たちの集団に紛れていたと思っている。
「あまり考えたことはなかったが、王族の圧みたいなものはあるかもしれないな。でもそれは慣れだろう」
ケインは幼い頃からエレナやクリスと共に過ごしている。
毎日一緒にいるわけではなくても、定期的に会っているのだから慣れるというものだ。
「でも、なんか前に聞いた時、エレナ様は深窓の令嬢ではないって話、よくわかった気がするよ。そういう人ではないって、そうだな、あれは王女の風格だもんな……」
元々そこまでの風格は備えていなかったのだが、近くで見たのが初めてだからそう感じたのだろう。
もともとエレナは深窓の令嬢ではないことに変わりないが、それをどう説明すればいいのかケインは頭を悩ませながら言った。
「本来の王女は訓練場に来ないと思うが……」
「そうだけど、何だろう、将来間違いなく大物になる風格みたいなものは間違いなくある。将来国を率いてもおかしくないよ」
「そう見えるのか、すごいな」
ケインは思わず目を見開いた。
確かにそれは王宮内で実際に言われていることらしく、クリスが時々話題に出してくるのだ。
そんなこととは知らないルームメイトはケインの反応を不思議そうに見ながら言った。
「なんだよ」
「たぶん先輩たちにはそう見えてないんだよ。だから気さくに話しかけてるんだ。正直俺もそこまでのものは感じないけど、クリス様はお前と同じようなことをぼやいているからな。こう、見る目があるってことじゃないのか?」
ルームメイトはクリスがエレナの方が威厳があると言っていたと知ると、思ったことをそのまま口に出した。
「そうなのか?だけど廊下で皆よろしくなんて言ってる姿は、なんか後光が差してる感じがしたぞ?」
「でも、今まで公務に出ていたエレナ様には目がいかなかったんだろう?」
「そう言えばそうだな。なんであんなすごい人なのに目がいかなかったんだろう?って思った」
エレナはクリスの陰に隠れやすい。
ケインはそれをよく知っている。
「それだけクリス様がすごいってことだ。あと、国王と王妃様もだな。俺は彼らの方がよっぽど圧が強いと思う。そしてクリス様はああいう方だけど、怒らせたらものすごく怖い」
「想像ができないな」
全員に合ったことのあるケインは王族を比較してそういうが、そのような機会が夜会くらいしかないルームメイトからすればそんな比較をしている余裕はなかった。
そもそも夜会にエレナの姿はないのだから、全員を比較できるわけではない。
「そのうちわかるよ。王宮内にいるんだ、王族を目にする機会は増えるはずだし」
「そうだな……」
ルームメイトは、エレナよりすごい王族というものを想像して身震いした。
そしてその機会はわりと早く訪れることになるのだった。




