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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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退寮と引越し

卒業式が終わり、寮に戻ると、寮内は慌ただしかった。

早い生徒はこの後すぐに退去し、領地に戻ったり、新しい職場近くへと引越ししていくのだ。

もともと家具など、最低限のものは備え付けられているので、持ち帰るのは授業で使ったものや、衣類がほとんどで、大荷物の者は少ない。

その日に寮を出ないケインとルームメイトは、騒がしい廊下の音を聞きながら、部屋の中でおとなしく過ごすことにした。

廊下にいるだけで邪魔になるに違いないからだ。


「終わったなー」

「そうだな」

「ケインは一度実家に戻るのか?」

「そうだな。そっちはどうするんだ?」


寮を出た後、ケインは一度、実家に戻ることにしている。

卒業から入団までの休みの間に自分を訪ねて欲しいとクリスから手紙をもらっているためだ。

入寮してしまうと入団前でも外出が制限される可能性がある。

そうなると、クリスの呼び出しに応じられなくなることもあるため、それを回避するためである。

そもそもケインの実家と騎士学校、そして王宮騎士団の寮はさほど遠くない。

入寮する前に実家でゆっくりするくらい許されるだろう。

ケインが実家に戻ると即答し聞き返すと、ルームメイトから思いがけない返事が返ってきた。


「いや、ちょっと悩んでるんだよな。実家に顔くらい出した方がいいんだろうけど、荷物がな……。あれを往復持ち歩くのかと思うと面倒でさー」

「なるほどな」


彼の実家はこの近辺ではない。

乗合の馬車を使う場合は乗り継ぎも必要になる距離だ。

馬車を乗り継ぐということは、つまりこの荷物を全て下ろして別の馬車に乗せ換えるという作業を何度も行わなければならないということを意味する。

普通は引越しの荷物を抱えて往復などしないだろう。


「卒業後は一度出たら戻れないから、荷物を置いていくわけにもいかないし、王宮騎士団の寮にはまだ入れないし、入寮した後で外泊できるかもわからないしな……。ここから王宮騎士団なら近いし、荷物を運ぶ距離は短いほうが楽だろ?」

「それはそうだな」

「やっぱ帰るのやめるかー」


寮の滞在可能日ぎりぎりまで残れば、王宮騎士団の寮に直接荷物を運びこめる。

確かにその方が近いし楽なことは間違いない。

けれど、それと引き換えに家族に当面会えないというのも寂しいのではないかとケインは思った。

遠距離ということは、家族がこちらに来て長期滞在している時か、長期休暇を取って会いに行くかしかないのだ。

自分は毎日往復できるくらいの距離に実家があるので、実家の人間とはいつでも会える。

だが、彼は違うだろう。


「なあ、本当はどうしたいんだ?」

「……そうだなー。これを逃したら次いつ会えるかわからないって考えると、会っておきたいとは思うな。手紙は出したけどさ、学校ちゃんと卒業して、仕事も決まったって。でもケジメとしては顔見て報告すべきな気がするんだよ」

「そうだな。そこまで考えてて迷うのか。何かお前らしくない気がするな」

「そうか?」


いつもなら、やりたいことを達成するためにいいアイデアを考え出して実行に移すのに、珍しく行動を起こせていない様子が彼らしくないと感じて、ケインは思わず口にした。

それに驚いたのはルームメイトの方である。

ケインは思いつきをそのまま言葉にしてみることにした。

しかしまずは確認である。


「じゃあ、身軽なら帰るんだな?迷う理由は他にないんだな?」

「特にないな。道中荷物を上げ下ろして移動することだけが憂鬱なだけで……」


彼は引っ掛かっているのは荷物のことだけだと断言した。

実家に煩わしい人間関係があるということはなく、むしろ仲がいいから会いたいのだという。

帰りたいという意思が強いことを確認したケインは、思いついた内容をようやく口にした。


「この部屋にある荷物なら、せいぜい二、三箱に収まるよな?それなら、家で荷物を預かろうか?持ち帰るものと大事なものは預かれないが」

「いいのか?」


思わぬ提案だったのか、驚いたルームメイトはケインの顔を覗き込むように見た。


「あ、ああ。俺が帰って入寮するまで馬車に荷物は積んだままにするつもりだし、同じ日に入寮するなら、俺の部屋から自分の分だけ部屋に運べばいいんじゃないか?騎士団の寮内なら何とでもなるだろう」

「それはそうだけど……」


ケインが顔の近さに驚いていることに気がついたルームメイトはそう言いながらようやく少し距離を取った。


「普段なら今回は帰るのやめる、帰ることにしたって、すぐ決められるのに、帰らないことが気になるってことは、何かあるかもしれないだろう?」

「動物のカンみたいなやつか」

「ああ」


帰らないことでそのマイナス要素を引きずるのは良くない。

嫌な予感というのは意外と当たるものだとケインは思っている。


「そうだな。会って報告したいってのは本当だし、何か引っかかりがあるのも事実なんだよなー。胸騒ぎみたいなやつか」

「それなら帰ったほうがいい。何もなければ楽しく過ごせばいいだけだし、報告という、一番やりたいことはできるんだから、無駄足になるわけじゃないだろう?」


胸騒ぎがするから様子を見たいというだけではない。

他にも彼は実家でやりたいことがあるのだ。

何もなければそれを叶えてくればいいだけのことなのだ。

ルームメイトは頭をかきながらぽつりと言った。


「何か、悪いな」

「何がだ?」

「面倒かけてさ」

「……そうだな、これはこの間の不在だった時の授業をまとめてくれたお礼ってことでどうだ?お前さ、ああいうのまとめるの上手いんだな。講師の授業よりわかりやすいのもあったぞ。あれには本当に助けられたからな」


あのメモには本当に助けられた。

彼は知らないがあの研修は学校のためになるとはいえ元は自分のわがままが通った結果である。

なのに学校の代表として頑張っているケインのために、戻った時、授業で困らないようにと心を砕いてくれたのだ。

このくらいのことはしてもいいだろうと思う。


「そうか?……まあ、そこまで言ってくれるなら、荷物、頼むよ」

「ああ」


ようやく話がまとまったと思ったケインだったが、ルームメイトから思わぬ言葉が出て驚かされた。


「じゃあ、俺はケインと一緒に退去するわ。馬車への運び込みくらいは自分でやらないとだしな。それでも予定よりかなり早い退去だから、実家に何泊かはできる」

「箱詰めさえ終わってれば、先に出てもいいんだぞ?気になるんだろ?」

「それは……」


気になっているから早く帰りたい、荷物と一緒に帰るのは大変だということではないのかとケインが詰めるとルームメイトは口ごもった。

無駄な気遣いなのだが、彼はそういう人間なのだ。

ここで帰る帰らないという言いあいをしても仕方がない、ケインはとりあえず今できることを提案することにした。


「とりあえず、荷物をまとめよう。荷造りが終わってて困ることはないし、一晩寝て、明日気が変わってたらそのまま俺に預けて帰ればいい。あとはやっとく」

「……ああ、そうだな。考えてる間に進めておくか。明日になるか、入団時期になるかの違いだけで、ここを出なければならないことに変わりないんだもんな」


決まれば彼の行動は早かった。

すぐに荷造りを始めて、夕食の前にはほとんど片付け終わらせて部屋の片隅に箱を積み上げている。


「何か、できること進めたらすっきりしたわ!」


荷造りを終えた彼は積み上げた箱を見て満足そうにそう言うと、ケインを食事に誘った。



翌朝、彼はケインに荷物を頼んで実家に向かうとカバン一つで寮を出ていた。

ケインは予定通り退寮の日に寮を出る。

全ての荷物を迎えの馬車に積み、お礼を言って学校を出た。

実はケインは王宮騎士団の研修の時も、試験の時も実家に戻っているため、少しずつ必要のないものをすでに自室に運んでいた。

そのため寮に残っている自分の荷物は本当にあちらに持ち込む必要のあるものばかりで、ルームメイトの荷物が増えたところで全部自分の荷物だと伝えても多いとは思われない量なのだ。

馬車の中でルームメイトはそろそろ領地についたのだろうかと、少し気になったが、入寮の時期、遅くても入団式には顔を合わせることになるのだ。

実家がどうだったのかということはその時に聞けばいいだろう。

そんなことを考えながら、ケインは馬車に揺られるのだった。

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