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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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昼食を兼ねた面会

そうしてエレナの緊急時の訓練というイベントが終了し、皆が落ち着いた頃、ケインの通う騎士学校の長期休暇が始まった。

ケインからすれば先日戻ったばかりのように感じられるが、他の学生からすれば、家族に会える貴重な機会である。

そして彼にとっては、また良く分からないご令嬢との会食や、夜会への参加を促される休暇の始まりでもあった。

そんな中、クリスはケインに声をかけていた。

自分の執務が落ち着くタイミングでしか会うことはできないが、クリスが呼び出した日はそちらの予定が優先されるということを聞いて、できるだけ多くの日を提示することにしたのだ。

ただし、本当にお茶をするような長い時間がとれるわけではない。

そのため、ケインには空いている日程を伝えて、来られる日は執務室に来てお茶をしながら話相手になってほしいと告げていた。

できるだけ会食を回避したいケインは、その日程を両親に告げて連日王宮に通い、うまく息抜きの時間として利用した。

もちろん、クリスもそのつもりでケインを呼び出している。



そんな休暇を過ごしていたある日、クリスも長く時間が取れるということで面会室へと案内された。

つまり、今日はエレナがこの席にやってくるということだ。

久々にエレナと話ができると、表情には出さなかったものの、ケインは楽しみだった。

今日のエレナは間違いなく先の訓練の話をしてくるだろうから、平静を装わなければならないし、間違っても自分がその現場を見守っていたなどと知られてはいけない。

けれど同時に話を聞けば、自分の見ていたエレナがその時何を考えて行動していたのかが分かるかもしれない。

普段は会うことも許されず、距離も近くはない。

だからエレナの話が楽しみで仕方がなかったのだ。

ケインが最後に見たエレナは訓練のために夜の森で夜明けを待ったあの日だが、エレナからすれば前回の長期休暇以来の面会になるのだ。




面会の日を心待ちにしていたエレナは、朝から調理場にこもってお菓子や軽食を作っていた。

会食としてしまえば席について、黙々と食事をすることになってしまう。

三人はそのような席を望んでいるわけではないので、固くならず、けれども少しでも長く話ができるようにと、今回は昼食を兼ねた面会という、どちらとも言えない設定にすることをクリスが提案したのだ。

そうなると、ケインはお昼の時間から面会室にいるのに食事をとることはできない。

そこで、お菓子だけではなく、手に取って食べられる軽食を多めに準備することにしたのだ。

甘いものだけでお腹を満たすのは辛いので、サンドウィッチや、串に刺した野菜や肉もお菓子と共に提供する。

一口で言うならば、お弁当の中身が皿に盛り付けられてたくさん並ぶ感じだ。

せっせと作業を進めるエレナに、料理長は声をかけた。


「そろそろお時間ではございませんか?盛りつけて運ぶのは私がいたしますから、面会室に向かってください」

「そうね、お願いするわ」


気がつけば確かにそろそろ顔を出さなければならない時間が迫っている。

エレナはお一度部屋に戻り、面会の支度を整えると、急いで面会室へと向かうのだった。



面会室にはすでにケインとクリスが到着していた。


「お兄様、遅くなってしまってごめんなさい。ケイン、久しぶりね」

「エレナ様……」


ケインは勢いよく立ちあがって礼をした。

クリスが言っていた威厳のようなものとはこれかと、ケインは一目で気がついた。

ケインがエレナの纏う雰囲気の変化に少し驚いていると、エレナが話し始めた。


「今日はお菓子だけではなくて、軽食をご用意してみたの。前に護衛に来てくれた皆には好評だったのよ!」


エレナが笑顔で話す内容は今までと変わらない。

そのことに安堵したケインは、いつも通りに話しかけた。


「エレナ様、護衛に料理を振る舞われたのですか?」

「といっても、あの時は早朝で、料理長が下ごしらえしてくれていたけれど……。今日は時間があったから、下ごしらえから始めたの」

「それは楽しみだな」


クリスが笑みを浮かべて小首を傾げながらそう言ったところに、料理長がワゴンを運んできた。

そこには盛りつけの完成したたくさんの大皿と、ティーセットが用意されている。


「お待たせいたしました」

「ありがとう。料理長」

「では私はこれで」


料理長は運んできたお菓子と軽食を手際よくテーブルに並べ、お茶を入れ替えると、すぐに下がった。

並べられた料理の量は確かに食事に匹敵するものだ。


「エレナ、こっちにおいで。せっかくだから座って一緒に話をしよう。エレナが作ってくれたお食事も早く食べたいかな」


クリスが冷めないうちの食事をしようと促すと、ようやく入口に立っていたエレナが席にやってきた。

そしてエレナが座ったところでようやくケインも着席する。



こうしてエレナが作った軽食を食べながら軽く雑談を始めたのだが、やはりメインの話題はエレナが緊急時の訓練を行ったという話に集中した。


「初めて外で一人、夜を明かしたの。すごく不安だったけれど、本当だったら皆が外にいることもないし、追われる立場だったらこんなに怖い物はないと思ったの。だからそういう気を紛らさせて、ついでに獣が寄ってこないようにと思って歌を歌っていたら、自分から敵に位置を教えてどうするのかって言われてしまったわ。でもそれ以外はできているって一応合格をもらったのよ」


注意点は多かったものの、合格したということをエレナは嬉しそうに話す。

自分で木の枝を探して、火を起こして、洞窟の中で不安な夜を過ごしたことはやはりエレナの自信につながったのだとよくわかる。

クリスとケインはエレナの話に笑顔で相槌を売っている。


「実は歌いすぎて目が覚めたら声がほとんどでなくなっていて驚いたわ。それからしばらく訓練とかさせてもらえなくて、体力が衰えかけてしまったの」


最後にしょんぼりとしたようにエレナが言うと、クリスはにっこりと笑みを浮かべて言った。


「エレナ、体調が悪いのに訓練はダメだよ?それにエレナは騎士じゃないんだから、そこまで気にしなくていいんだからね?」


エレナはクリスに諌められて反論できないでいた。

何か話をしなければと話題を探して、ケインはふと思い出したことを疑問を口にした。


「そういえばエレナ様は、子どもの頃、倉庫でろうそくつけていましたよね。どなたかに点け方を教わっていたのですか?」

「倉庫で……?ああ、火の点け方は調理場で覚えたのよ。あの時すでにお菓子を作ったりしていたから料理長が釜に火を入れるのをよく見ていたの。さすがにやらせてもらったことはなかったと思うけど、何となくどうしたらいいか分かっていたから真似をしたのよ」

「そうでしたか」


子供の頃はマッチを使わせてはもらえなかった。

けれども調理場で焼き菓子を作るのに火を使う。

だからいずれは自分もやることになるだろうと、その動きをじっくり観察していたということらしい。


「あの時は無意識にやっていたけれど、こうしてお仕事で行っていることで役に立つことってたくさんあるのね」

「エレナは前向きだね。それに優秀だよ。もう二十歳を超えた女性がやるような訓練を終えちゃったんだから」

「そうなの?」

「本来、マッチやろうそくを使わず火を起こしたりというのは男性だけがするものですし、女性の訓練の中でもかなり厳しいものを終えたと思いますよ」


ケインはエレナの目を訓練から逸らすための援護を忘れない。

ちなみに女性騎士は男性騎士と同じようにもっと厳しい訓練を受けるのだが、それを言ってしまうとエレナの訓練熱が上がってしまうので避けている。


「でもねエレナ、二十歳超えたくらいでもう一度同じような訓練しなければいけないかもしれないんだ。さすがにちょっと早く受けすぎちゃってるからね」

「それは構わないわ。今回ダメだったところに再挑戦できるってことだもの。それまでに私は狩りができるようになったりしていれば、お兄様のような訓練も受けさせてもらえるかもしれないわよね」


今回の訓練が物足りなかったというわけではないようだが、やはりまだその先があることをエレナが意識していることに気がついたクリスは、さらにエレナを牽制する。


「狩りはできなくてもいいかな。だって必ずしも弓を持って逃げられるわけじゃないからね」

「どういうこと?」

「大人になってからやる訓練は、敵から逃げる訓練になると思う。身ひとつで追いかけてくる騎士たちから逃げ回って、隠れる場所を見つけて生き延びるという訓練」


緊急時というのは、災害発生という意味ではなく、戦争が起きて国家と命が狙われた時のことである。


「お兄様はあの時、その訓練を受けたの?」

「うん。だって、お父様とお母様に何かあったら真っ先に的に狙われる立場だからね。何歳であっても……」


クリスが話をしているとエレナは黙って何か考え込んでしまった。


「どうしたの?エレナ」

「お兄様が心配になってしまったわ」

「そっか。でも大丈夫だよ。だからこうして護衛騎士たちがついてくれているんだし、エレナも私の次に危ない立場にいるんだから、自分を守らないといけないよ」

「わかったわ」


エレナはまだ自分では力が足りないと思っている。

訓練もあまりできていないし、自分が納得していないのに問題ないと言われるのは少し不満が残る。

その様子を見たケインは兄妹のやり取りを微笑ましく思いながらクリスに加勢した。


「エレナ様、私も騎士団に入団できましたら、クリス様とエレナ様をお守りします。そのために学校に通って訓練に明け暮れているのですから」


クリスとケインの意見は一致している。

何となく二人の間に入って行けないと感じているエレナは、少し肩を落とした。


「……分かってはいたけれど、やっぱり少し寂しいわ」

「エレナ様?」

「何でもないわ。皆が怪我をしないように、これからは毎日お祈りしようと思うわ」


エレナは苦笑いを浮かべ、それ以上訓練のことは語らなかった。

その後、話題はケインの騎士団での話や、クリスの執務のことに移った。

エレナも知らない話を聞けるのが嬉しいのか質問をしてくる。

こうして昼食を兼ねた面会は終了したのだった。

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