学生たちの反応
研修を終えて寮に戻ったケインを迎えたのは、ルームメイトだった。
幸いにも戻る道すがら、研修のことを知っている学生に会うことはなかったため、まっすぐに寮の部屋までたどり着くことができた。
朝に家を出発し、昼過ぎから学長室にいたが、寮の部屋に戻った時には夕方になっていて、すでに授業を終えたルームメイトが部屋に戻っていたのだ。
「お、ケイン、帰って来たか」
「ああ」
いつもと変わらない様子で迎えてくれた彼の様子に安堵する。
訓練で疲れて一息ついていたのか、彼はベッドから少し体を起こしただけで、転がったままだ。
「向こうはどうだった。明日から授業に戻るんだろう?」
「その予定だ」
荷物を下ろしながらケインは返事をすると、彼は少し驚いた様子で言った。
「疲れてないのか?向こうの方が厳しかったんだろう?明日一日くらい休んでも罰は当たらないと思うけどなぁ」
「休みか……。今日が移動日で休みという扱いになるんだろうな。うちからここまではそんなに遠くない」
「にしては遅かったよな」
確かに長期休暇で帰省から戻ってくる時間より明らかに遅い。
だから午前中に訓練を受けてきたと思ったのだろうと考えたケインは彼に遅かった理由を説明する。
「ああ、さっきまで学長室で話を聞かれていたんだよ」
「なるほどねぇ……。確かに学校側としては是非、次の機会に生徒を送りたいと考えてるし、次の生徒が失敗しないように対策も立てたいだろうしなぁ」
何度もうんうんと声に出しながら頷きながら、ケインの話を聞いていたルームメイトは、話が落ち着いたところで、やはりころがったまま腕を動かして自分の机を指差して言った。
「あ、そうだ。俺の机の上のやつ、お前が休んでる間に合った講義の内容。まとめといたからやるよ」
「いいのか?」
実は騎士団の研修ではあまり講義は受けていなかった。
講義と称されて行われていたのはエレナの警護に関する会議がほとんどだったのだ。
それもあってケインは早く寮に戻って勉強の遅れを取り戻さないといけないと思っていた。
そんなこととは知らない学長は、無情にも早く戻ってきたケインをかなり長く足止めしたのだ。
そこに救いの手を差し伸べてくれたルームメイトには感謝しかない。
ケインは、彼の指した先にあるメモを手にとって、パラパラと見る。
「すごいな……」
ケインが思わず感嘆の声を上げた。
やる気がなかったとか、偶然入れちゃったとか、そんな話を聞いた気がしていたが、このまとめを見れば、彼がいかに優秀な生徒なのかが分かる。
「その代わり、今回の話はたっぷり聞かせてもらうぞ」
「わかったよ」
講義の説明を聞くより、これを見た方が理解できるのではないかと思うくらいのものだ。
話相手くらいなら、いくらでもしようと、ケインは彼に感謝をしてメモを読み始めるのだった。
メモを確認している間、ルームメイトは仮眠をとっていた。
ケインは机に向かってその内容を読みこみ、読み終わったところで自分も休もうと椅子を引くと、その音でルームメイトが目を覚ました。
「終わったのか?」
彼はベッドの上で伸びをしながら聞いてきた。
「ああ。わかりやすかった。何とか明日からの講義についていけそうだ」
「そりゃあよかった」
ケインは話をしながら自分もベッドに横になる。
思ったより疲れていたのか、体が沈む感じだ。
ぼんやりしていると、ルームメイトが話しかけてきた。
「騎士団に入る前に近衛騎士に同行するとか、もう受けたら入団決まりだよな……。王都周辺にある騎士団は俺も受けるつもりだけどさ、同室のお前は常に前を歩いてる気がするな」
「そんなことはないよ。今回の話はたまたまだし、試験は受けなきゃいけない。コネで誤魔化せるようなものではないと思うぞ?」
王宮の騎士団の試験は公平に能力を競うものだと聞いている。
試験内容などは聞いていないがそれらを突破しなければ入団は許されない。
他の騎士団同様、試験制度なのに不正があったと言う話は聞いたことがない。
それがなぜなのかは試験を受けたことがないので分からないし、試験の内容については過去にそこにいた人たちもあまり詳しくは教えてくれなかった。
「まあ、お前が入れなきゃ俺は入れないレベルだからな。他の騎士団は受けないのか?」
「落ちたら来年受け直すつもりだ」
ケインが騎士になる理由はエレナの隣にいるためだ。
彼にそれを伝えることはできないが、それしか目指していないということは彼も知っている。
「そっか。そのためにここに来たって言ってたもんなあ。俺も頑張らないとな。……俺はさ、お前と騎士団入れたら、この先も楽しく生きていけるんじゃないかって思うんだ」
受けたら入れてしまったという彼の能力は高い。
そんな彼が頑張って王宮騎士団を受けようと言っている。
彼ならば受けたら一発で合格するのではないかとケインはひっそり思っている。
もし一緒に入団できたら、入団後の苦難も一緒に乗り越えていけるかもしれない。
「そうだな。俺もこの先、一緒にやっていけたら気楽に過ごせると思う」
「何かさ、ケイン見てたら頑張る気になるんだよな。同室で同じ年で負けたくないし。元々、何となく入った騎士学校だけどさ、今は来てよかったと思ってるよ」
「卒業はまだ先だと思うが……」
しんみりとした彼の発言に思わず苦言を呈するが、彼は首を横に振った。
「いや、もうすぐだろう。夏と冬の休暇が過ぎたら卒業だぞ。冬は入団試験があるから皆学校にいないしな」
「確かにそうだな」
言われてみればここでの生活もあとわずかだ。
学生生活において楽しいことはお世辞にもあまりないが、クラスメイトに関して連帯感というか親近感というか、そういうものは持っている。
しかし皆、ここを出たらそれぞれ違うところで働くのだからバラバラになるのだ。
そういう意味では常にクラスメイトとこうして一緒にいるという時間は貴重なのかもしれない。
「だからさ、明日は皆の相手をしてやれよ」
「どういう意味だ」
「いや、だって皆話を聞きたがるだろう?」
そう言ってルームメイトはふっと笑ったような息を漏らす。
「ま、覚悟しといたほうがいいってだけだ」
「わかった……」
学長と話して肩の荷が下りたと思っていたが、まだこの話はしなければならないのかとケインは声も出さずにベッドに仰向けになったまま苦笑いを浮かべたのだった。
久々に登校すると、クラスメイトの視線を一気に集めることになった。
参加が決まった時と同じく、休み時間には多くのクラスメイトに囲まれる。
ただ、ここで聞かれるのは感想が多いため、学長と話すような具体的な内容を告げる必要もなく、幾分か楽だった。
「王宮騎士団の研修どうだった?やっぱり厳しいのか?」
「厳しいというより、キツい、かな。新人と呼ばれている方と実践形式で剣を交えさせてもらったけど、受ければ重いし、逃げ続けるわけにもいかないし、実力の差を感じたよ」
「へー」
「すげー」
ケインが一言発すると、それに応えるように感嘆の声が上がる。
直接話しかけてこない生徒も、こちらの様子を伺っているようで、少し離れたところからも反応がある。
騎士学校の最高学年になっている彼らは、騎士団の情報を少しでも多く集めようと努力していて、実際に中に入った同期の感想は、先生の話より貴重なものだ。
何より目線が同じだ。
先生方はやはりそれなりに上まで上り詰めており、キャリアが長い。
つまり、新人の時の情報が古いのだ。
だがケインの話は直近の騎士団の新人の扱いで、それはそこに入団したら自分たちがどう扱われるのかということに直結していることでもある。
他の騎士団は分からないが、最高峰の騎士団の新人というものがどのようなものなのかを知ることができるし、クラスメイトは一緒に授業を受けているケインの実力をよく知っている。
だから自分と比較しやすく、参考になる話なのだ。
結局、ケインは一日彼らに質問攻めにあった。
昨日、ルームメイトと話をしていなかったら午後には口を開かなくなっていたかもしれないとケインは思う。
そして彼は予言者なのではないかと、時折ルームメイトの方にちらっと目を向けるが、彼は涼しい顔をしているだけなのだった。




