売り込みと思惑
ケインの頑張りもあり、関係者以外に目的を知られることなく研修は無事に終了、ケインはクリスとの面会の翌朝、学校の寮へ戻っていった。
ケインの研修、エレナの訓練が終わったことで、騎士団も通常業務に戻った。
二つも同時にイレギュラーな作業を抱えることになった騎士団長だったが、ようやく終わりが見えたと安堵していた。
だが、騎士団長には最後に大事な仕事が残されていた。
今回の任務で失敗はしていないが、これに関しては追加で何かお願いされる可能性があることを何となく察しているので、気を抜くことはできない。
とりあえず表面上すべてが元に戻ったことを確認したところで、訓練と研修の報告のために騎士団長がクリスの執務室を訪ねることになった。
それが研修採集日の翌日である。
エレナの訓練後、訓練に関する簡単な報告は先にあげていた。
しかし、ケインの研修が続いていたし、何より、エレナが喉を壊していて長時間の会話ができないということなので、それを加味した報告はできない状態なのだ。
それを理由に報告を先延ばしにしていたのだが、ケインの研修が終了してしまったため、一度報告に行かなければならない状況になってしまった。
騎士団長が執務室に来たところで簡単なあいさつを交わすと、クリスはすぐに人払いをする。
今日は別の話もしなければとクリスは考えていたのだ。
「研修は無事に終了いたしました」
「お疲れさま。今回はワガママを聞いてくれてありがとう」
「いえ、そんな」
今回の件はクリスが主導していた。
ケインに訓練の話を伝えて反応を見て、参加したそうだったからという理由で騎士団や騎士学校を巻き込んで彼をエレナの訓練に参加させた。
ケインからすればまさか研修名目で騎士団の訓練まで受けさせられ、学校や生徒一同から羨望のまなざしを浴びるはめになるとは思っていなかっただろう。
だがこれはすべてクリスからすれば想定していたことなのだ。
口には出していないが、騎士団長はそれに気がついているだろうとクリスは思っていた。
「で、どう?ケインの訓練を見た感想は。入団試験で不合格になるようなことはないと思うんだけど……」
せっかく研修という名前で訓練にまで混ぜたのだ。
騎士団長だって学生を預かる以上、目を離すわけにはいかない。
当然実力は見てくれているだろうと思ったクリスは小首を傾げて騎士団長に尋ねた。
「そうですね。来た当初から高い能力をお持ちなことは分かりました。とても真面目ですし、問題はないと思います。新人たちにもいい刺激になったようです」
「そう言ってもらえるならよかった」
とりあえず今の時点でもケインは入団試験を通過した騎士と一緒に訓練を受けられるだけの能力はあるという。
学生にこれだけの能力を持っているものがいて、すぐに抜かれるかもしれないと感じた新人たちが再び真剣に訓練と向き合うようになったということなので、研修が良い方向に働いたのは間違いなさそうである。
クリスが一言だけ答えると黙って騎士団長を見上げていた。
そして騎士団長はクリスが何を聞きたいのかを察して続けた。
「それから……ケイン様のエレナ様への思いは強く感じられました」
自分が口に出していいのかと不安に思いながらも騎士団長はその言葉を口にした。
クリスはそれを聞いて笑顔で答える。
「そうでしょう?エレナのことになると周りが見えなくなるくらい真っ直ぐなんだ。ケインなら絶対、最後までエレナの側を離れないでいてくれると思うんだ。だから安心して任せられる」
「はい」
「ケインが入団したらエレナにつけるようにしたいんだ。ちゃんとエレナを守ってくれる騎士をつけたいからね。でも、ケインは少しエレナに似ていてね、ちゃんと気にしていないと平気で命をかけたり、身を挺して守ったりしちゃうと思うから、その加減は騎士団でしっかりと教えてあげてほしいな」
クリスが言っているのはケインが入団したらすぐに近衛騎士となることを前提とした指導をしてくれということである。
今回、彼がすぐに馴染めるよう、自分とエレナの近衛騎士をケインの周りに常に配置するようにした。
近衛騎士として昇格した時、先輩となる彼らと話したことがあるのとないのでは全然違うはずだ。
新人にケインの能力が高いと見せつけたのも、彼らがケインになら抜かれても仕方がないと思わせたかったからだし、それを伝えたわけではないがケインはクリスが思った通り、新人とはいえ現役の騎士たちに高い能力を見せつけてきてくれた。
だから入団当初は新人騎士として扱うことになっても、早い段階で昇格させられるはずだとクリスは言いたいのだ。
それに新人含め、最近の騎士たちはエレナを守るというより、共に決起してエレナを危険にさらしそうな雰囲気がある。
それを何とか抑制したいというのがクリスの考えだ。
小首を傾げて騎士団長を見上げているクリスに、騎士団長はため息交じりに答えた。
「善処いたします」
「お願いね」
クリスはケインの能力を十分に売り込めたと判断し、安堵していた。
公開試験で失敗したら救うことはできないが、少なくとも面接で落とされるようなことはないだろう。
打てる手はできるだけ多く打っておきたい。
ケインがエレナの側に早くたどり着くためにはどうしたらいいのか、ケインがどうやってそこにたどり着こうとしているのかを聞きだして、その道を少しでも歩きやすくする。
それくらいしかクリスがケインにしてあげられることはないのだ。
今回の件も、元々ケインの学校での成績が優秀だったからできたことだ。
これだけ期待されていれば、何かあっても周囲が庇ってくれるだろう。
多くの人に彼の能力が高いと早い段階から認めさせておかなければとクリスは考えていた。
学校で優秀だということを一部ではなく学校全体に知らしめ、騎士団の訓練に参加させて優秀な学生がいると知らしめ、護衛騎士と行動させることで彼の存在をアピールする。
護衛騎士たちはケインとエレナが親しいことを知っているので、今回のケインを見ればその一途な思いも伝わるだろう。
そしてエレナの一番近くにいる彼らがケインに協力してくれるのならそれでいいし、ケインに敵対するようなら、配置を変更することも考えるつもりだ。
ただ、エレナの護衛騎士なら、エレナの思いにも気がついているはずなので、応援はすれど邪魔をするということはないだろう。
騎士団長に話は通した。
あとはケインに頑張ってもらうしかない。
「あの、エレナ様の総評なのですが……」
クリスがケインのことを考えていると騎士団長が恐る恐る切り出した。
自分から言い出すのも憚られるが、忘れているわけではないと、形だけでも示そうと思ったのである。
クリスは少し考えてから騎士団長に言った。
「そうだね、そろそろエレナに結果を伝えてあげた方がいいかもしれないね。一応、起きて早々、失敗したかもしれないって動揺していたから、外で夜明まで頑張ったから合格だと思うとは伝えてあるけど、ちゃんと注意点とか教えてあげた方が納得すると思うんだ。喉はだいぶよくなってるし、そろそろ話をしても大丈夫かなって思うけど、念のため医師に確認しておくね。大丈夫だったら家庭教師にも同席してもらってお話しできる時間を設けようと思う。エレナの話を聞かないと、報告の上げようがないでしょ?それにあの訓練は急ぎのものではないから。やむを得ずそこに進まざるを得なかったものだから、他の仕事を優先していいからね」
クリスがエレナの喉が良くなってきているにもかかわらず医師の確認を延ばしていたのは、医師が問題ないと言ってしまうとエレナが訓練場に足を運ぶ可能性があったからである。
当然、その間は騎士団長と話をさせたりできないから、報告が遅れることも理解している。
確かにエレナが何をしていたのか気になるところだが、どうしても知りたければ自分でエレナに確認できるので、騎士団長が気にするほど、クリスにとって重要なものではないのだが、おそらく報告が終わらないと騎士団長の中で区切りをつけられないのだろうとクリスは思った。
「かしこまりました。では、エレナ様とのお時間を調整させていただきます」
そう言って騎士団長は話をまとめると頭を下げて出て行った。
クリスは騎士団長が退室したところで大きく息を吐いて、仕事に戻るのだった。




