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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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野営の騎士と追跡の騎士

エレナが入口から森の中に入っていったことで、騎士たちの空気が変わった。

今まで後ろについていた馬車でおとなしくしていた騎士たちがそれぞれの役割を果たすため馬車を降りて方々に散った。

この馬車の中にまぎれていたケインは騎士団長に呼ばれてすぐに距離を取りながらエレナの後を追い、他の者も別のポジションからエレナを見守るため音を立てずについて行く。

伝令をするものは、すでに待機している騎士たちと合流して持ち場で彼らと一緒に待機、あとはエレナの行動次第でどうなるかわからないので気を抜くことは許されない。

伝令と合流したグループは伝令から、エレナが夜を明かす場所を探すところから始めること、そして騎士団長の安全な洞窟を案内するという提案を拒否したことも知らされた。

それもあってますます警戒を強める必要が出たのだ。


「一番大変なのは、隠れて追跡するやつだらよな」

「そうだな」

「とりあえず自分たちはここで野営しながら、追跡してるグループからの合図を待つだけだからな」


宴会をするわけにはいかないが、隠れる必要も、火を消す必要もないし、見つかっても困らない。

そもそも自分たちの近くには危険があると知らせるのが配置されている騎士の仕事だ。

それはエレナにも説明されているはずである。

だからこうして焚火をし、ランタンで周囲を照らしている。

敵に見つからないように逃げているはずのエレナなら、火が焚かれ、人がいると分かったらわざわざ近づいては来ないだろうと彼らは考えている。

だから彼らからすれば、エレナがこの場所に近づいてさえこなければ、ただの野営という感覚なのだ。

だから水も食料も調理器具も持ち込んでいる。

彼らはそれを堪能しながら夜を明かすだけでいい。

さすがに仕事中なので酒はないが、交代で仮眠をとることもできるし、門番などの夜間警備よりはるかに楽な仕事である。

時間が経つにつれ、彼らはそう考えて気楽にやり過ごすことを考えるようになったのだった。



森に足を踏み入れたエレナは、入ってすぐ、早速道から逸れて木の茂っている方に歩きだした。

それを見て、あとをつけている護衛に緊張が走る。

もし逃げることを優先して真っ暗な森の中に身をひそめようとしているのならとんでもない。

茂みの多い場所は獣よりもヘビなどの方を警戒しなければならないのだ。

だが、エレナは道の脇に落ちている長い木を拾っただけで、道を外れて森の中に入って行くことはなかった。

そのため周囲にいた騎士たちは身をひそめたままホッとする。

しかし、エレナの最初の行動によって、追跡しているメンバーの緊張は一気に高まった。

騎士たちと同じような野営教育を受けているわけではないエレナの行動は非常に読みにくい。

騎士ならこうするだろうという予想して動こうとすると、全く違う行動を起こす。

なぜ安全である道の真ん中を歩かず、すぐに森の方に寄って行くのか、入らない藪をつついたりするのか分からない。

だがそんなことは言っていられない。

騎士たちはエレナを見失わないよう懸命にあとを追いかけることしかできないのだった。



そんなこととは知らず、エレナは森の中を進んでいった。

暗い場所だが足元に何もないところが道だと認識しているので、それを頼りに進んでいる感じだ。

エレナは一人無言で歩いているが、しばらくついて行くと、騎士たちにも目的地が理解できた。

どうやらエレナは騎士団長たちと行った川の方を目指して歩いているようなのだ。

エレナはそれからも時々、道の隅によっては、最初に拾った木を使って茂みをつついたり、杖の代わりにしたりしながら歩いていた。

そして時には、木の枝らしきものを、最初に拾った長い木を使い、茂みの中から器用に引っ掛けて、引っ張り出すと、道に置いて足で踏んだり手を使ってバキバキと枝を折り、それを抱えてまた先へと進んでいった。


「確かに拠点を決めてから集めるより効率はいいかもしれませんけど、あまり逃げている感じはありませんね」


暗い森を散歩するように、のんびり歩いているエレナを見ながら、思わずケインがつぶやいた。

騎士団長も同じことを思っていたようで苦笑いしている。


「そうだな。だが、今回の訓練はあくまで森で夜を明かすことだ。もちろん敵に追われたりした時に逃げることを意識してのこととは伝えてあるが、本来、成人の令嬢ですら用意された洞窟に一人置かれ、火の準備もされた状態で護衛たちが見えない位置まで離れていくというやり方をするそうだから、歩いているとはいえ、自分で火を起こす準備をして、場所を探して過ごそうとしているエレナ様は充分頑張っておいでだ」


二人ともエレナから目を離さずに会話をしながら、少し離れた場所からエレナを見守る。



そんなことをしながら歩みを進めたエレナは、川に出るときょろきょろとあたりを見回した。

この辺りは障害物が少なく視界が利く。

獣などを警戒するにはいい選択だが、本人が隠れる場所もない。

ちなみに見つからずに護衛するには少々面倒な場所である。

てっきり喉が渇いたから川にやってきたのかと思ったがそうではないらしい。

エレナは水に手を付けることなく川沿いを上流に向かって歩き出した。

ケインと騎士団長は思わず顔を見合わせた。

騎士団長の眉間にはしわが寄っている。


「ここを通ったことはあるのですか?」


ケインが尋ねると、騎士団長は首を横に振った。


「いや、あくまで川まで来て、そこで水に触れたことしかない。実習ではすぐに少しのぼったところにある洞窟に向かって、洞窟とはこういうものですと案内しただけだ」

「ではエレナ様はどうされるつもりなのでしょう……」

「そうだな。おそらく上流に向かって上り坂があるのだから、そこを登らず歩いていけば洞穴のようなものがあるのではないかと考えたのかもしれない。以前はその脇の緩い上り坂を登ったところにある少し拓けた場所にある大きな洞窟をご案内したのだ。ただその時にここは有名な場所なので隠れるには向かないと説明している」


自分で話しながら騎士団長はエレナが大きな洞窟に向かわない理由が自分にあることを察した。

ケインも話を聞いて考える。


「ああ……。それだとエレナ様はそこには行かないでしょう。先ほどおっしゃった、川沿いにある洞穴を探しているの方が正解かと思います。……それにしても、この辺りは隠れる場所が難しいです。あまり距離を取りたくはないのですが……」


エレナの姿がちらっとしか見えない場所にいなければならないのがもどかしいのか、つい前に出ようとするケインを騎士団長は押さえながら言った。


「そんなに間を詰めなくても問題ない。私たち一人がエレナ様を追っているわけではない。見失わなければ離れていても大丈夫だ」


ケインはその言葉を受けて急に冷静さを取り戻した。

確かにエレナを守っているのは自分だけではない。

川の向こう側にも、おそらく山の上にも、そして危険の伴う場所ならばすでに野営している騎士たちもいるのだ。

自分はエレナを守る騎士たちの、その一人にすぎない。

それにここに集まっている騎士は、騎士団のトップである王族の護衛騎士を中心としたエリートで、自分はまだ入団すらしていない学生。

こんなことで冷静さを欠いているようではいけないと自分に言い聞かせる。


「言われてみればそうですね……」

「まあ、それだけ君がエレナ様のことを思っているということだろう。だからクリス様も今回の手配をしたのだろうな」

「……」


騎士団長の意見にケインは何も言うことができなかった。

いくら相手が騎士団長とはいえ、自分のエレナへの思いを本物だと伝えるわけにはいかない。

エレナの側にいるために選んだ道だが、騎士団に入るということは、この先エレナと自分は主従関係になるということなのだ。

黙りこんだケインに、騎士団長は少し申し訳なさそうに言った。


「すまない、余計なことを言ったな」

「いえ……。こちらこそ、冷静ではありませんでした。気をつけます」


こうしてお互いに謝罪の言葉を口にした二人は、無言で再びエレナの行動に目を光らせるのだった。

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