混成授業
家庭教師がチェックしたリストとメモをもとに、いよいよ騎士団長の授業が始まった。
以前クリスが騎士団長に話していた通り、王宮内にある一室を使っての授業で、騎士団長とエレナの他に侍女たちもついていて女性の比率が高めの授業である。
「では、野草に関する知識、獣を寄せ付けないようにする方法、火の起こし方、飲める水を確認する方法、野営に適した場所を探す方法から学んでいきましょう」
もちろんこれを一日で学ぶわけではないし、一項目一日でも終わらない。
家庭教師が慣れてきたら、騎士団長はエレナを森に連れて行き、実際に自然に触れてもらうことも考えている。
そこまでを終わらせてから次に進むと伝えるとエレナはうなずいた。
この日は家庭教師と騎士団長の顔合わせも含まれているため授業は王宮の室内で行われるが、二人の信頼関係が構築されたら、外の勉強に家庭教師を同行させるつもりだとクリスは二人に伝えていた。
外出する時、エレナには多くの護衛がつくが、護衛の大半は男性だ。
エレナはその環境に慣れてしまっているが、一般の女性が信頼関係のない男性に囲まれて、人気の少ない森に足を運ぶのは不安だろう。
だからせめて家庭教師と騎士団長には信頼関係を深めておいてほしいというわけである。
そのような話になっていることをエレナは知らない。
「それらが円滑にできるようになりましたら、本来は成人女性が行う緊急時の訓練をいたします。エレナ様には本当はまだ早いのですが、普段の事を考えると、大変学習速度が早いので、一度実施してもよいでしょう」
騎士団長がそこまで話すと、エレナは早速質問をした。
「緊急時の訓練?サバイバルとは違うの?」
緊急時の訓練も外で一夜を明かすものだと聞いている。
外で活動するサバイバルとは何が違うのか分からないと小首を傾げている。
「サバイバルのように全てを一人でこなしていただく前に、まずは外で過ごすということに慣れていただきたく思います。緊急時の訓練はあくまで一晩を外で過ごすことなどないご婦人が、そのような事態になった際に乗り切るためのもの、サバイバルは外で一人、食料の調達から夜を明かすところを探すところまで全てを行うものでございます。それは何日も続く可能性がありますが、訓練の場合は緊急時の訓練同様、短期間で終わらせるというだけでございます。」
「確かに外で一人で過ごせなければ、話に聞いていたようなことはできないわね」
騎士団長のその言葉だけでエレナは納得していたが、そこに騎士団長は追加する。
「それにエレナ様はまだご自身で狩りを行えるほどの弓の腕前ではございません。そちらは動く的に当てられるくらいにならなければ難しいです。動物は命がけで逃げますし、時にこちらに向かってきますから」
エレナだけではなく、家庭教師も授業の内容をメモしながら話を聞いていた。
「では簡単なところからまいりましょう。エレナ様、今、短剣は身に着けておられますか?」
「ええ、持っているわ」
「その短剣は銀でできております。銀は毒に反応しますので、それを水に入れるだけで、銀に反応する毒が入っているかどうかを見極めることができます」
毒が入っていないことを示すため、大抵の食事では銀食器、もしくは、銀のカトラリーを使用する。
銀は毒に触れると変色するからだ。
「私、銀が毒でどう変わるのか、見たことがないわ。もちろんそれは、皆が私達の食事に気を使って出してくれているからだけれど、見極めてと言われて、私でもわかるのかしら?」
「それでしたら簡単です」
そう言うと騎士団長は布にくるんでいたナイフを胸元から取り出した。
「触れたら数秒で、このように明らかな変色が見られます」
「こんなに真っ黒になるのね……」
変色したナイフをエレナは興味津々で眺めている。
「はい。種類によって違う色になることもありますが、このように変色し、拭いても落ちなくなります。ですからエレナ様でも区別できるかと思います」
「そこに毒は……」
さすがに王族の前に毒のついたものを出すのはどうなのかと怪訝な顔をしながら家庭教師は尋ねた。
「もう毒は落としてあります。ですからこのナイフならば触れていただいて大丈夫です。ただ、一度変色した銀は元に戻りません。そこは意識していただく必要がございます」
元々銀であるものが毒で変色すると元に戻らない。
そう聞いたエレナは、同じ銀色の鍋ならば焦がしてまっ黒になってもこすれば落とせるのに、などと、思わず考えてしまう。
鉄より高価な銀がこのような形で使い捨てにされることを初めて知ったエレナは、変色したナイフをじっと見つめて言った。
「つまり、このナイフを一度に全て水に漬けたりしないで、少量を部分的に使わなければ振れたものが毒だった時は、一度で使えなくなってしまうということね」
「そうなります。ナイフを複数お持ちいただいて、確認用とその他に分けてもよろしいかと思います。あと、例え変色したとしてもナイフとして使えないわけではありません。食品などを切ったりすると、ナイフに残った毒が体内に入る恐れがありますので注意が必要ですが、護身用として相手を負傷させるために使う分には問題ございません」
「……わかったわ。最低二本は身に着けておくようにするわね」
毒の方は敵に向けていいと言われたが、何となく気が引ける。
エレナは日本以上のナイフを身につけていて、毒のついていないナイフがあったら敵であってもそれを優先的に使いたいと密かに考えるのだった。
こうして通常の学問としての勉強以外に、家庭教師と騎士団長が参加できる時間はサバイバルの座学が行われるようになった。
授業に使える時間が限られているため、一つの項目であっても授業回数が複数に分かれたり、なかなか都合がつかずに期間を開けての授業になったりすることも多い。
その不規則さがエレナには新鮮で、サバイバルの授業を特別なものに感じさせていた。
サバイバルの授業を聞いていると生活に役立ちそうな知識も多く、聞いているだけでできるような気がしてくるから不思議である。
家庭教師はサポート役として授業に参加していたが、同席しているだけで、どちらかといえば学ぶ方が多く、サバイバルの授業の日にまで給金をもらうのは申し訳ないと伝えていた。
しかし、この先の課外学習に同伴してもらうために必要な知識だから覚えて欲しい、侍女の研修期間と同じようなものだと言われて感謝しながら授業に参加している。
そんなこともあり、家庭教師はエレナと一緒に話を聞きながら、教えてもらった内容を自分の糧として取り込もうと懸命にメモを取る。
エレナが分からなくなった時、同じ授業を受けた自分が教えられるようにしなければというプレッシャーを感じながらも、教える側ではなく、久々に教わる側になったことを楽しく思うのだった。




