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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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無気力になったエレナ

エレナが刺繍や料理の技術の習得に力を入れ、努力を重ねながら、家庭教師との勉強を続けてとうとう十歳が近くなったある日、エレナは大事な話があると両親に呼び出された。


「どうされたのですか?」

「エレナ、ずっと学校に行きたいと言っていたそうだね」

「はい。そのために学校に通う学生が放課後に学ぶ刺繍や料理の勉強も進めております」


エレナは得意そうに言った。


「エレナ、そのことだが、お前をクリスと同じ学校に行かせることができない」

「どうしてですか?今までそのようなこと、一度も言わなかったではありませんか!」


エレナは思わず大きく声を張り上げた。


「エレナ、諦めなさい」



国の方針で十歳になっても二人と同じ学校に通うことを認められないことを言い渡されたエレナはひどく落ち込んだ。

同じ学校というところへ行きたいのなら女学院に進学するように言われたのだ。

そもそも男性とは違い、エレナは交流を広める必要はない。

将来は降嫁する可能性が高く、その地位は伴侶となるものによって決まる。

むしろ多くの貴族と交流を持つことで、女性としてあらぬ噂を立てられるくらいなら、その要因を排除すべきであると判断されたのだ。

どうせなら良い相手のところへ、政治的に優位になる相手のところへと、大人たちは考えていた。

つまり、嫁に行けなくなるような問題が起こると困るのだ。



その話を聞いてから、エレナが部屋から出ることが極端に少なくなった。

家庭教師が来ても、クリスが話しかけても上の空で、こちらに意識が戻ってくることがない。

あまりの落ち込み具合に、あれだけ相談を受け、エレナに頼りにされていた家庭教師も何と声をかけてよいか分からない状態である。


「エレナ様、大丈夫ですか?」

「え、ええ」


声をかければ返事はするが、エレナがそれ以上言葉を発することはない。

勉強の手も止まりがちである。

エレナがかたくなに家庭教師に相談しなかったのは、以前、一度自分の希望のために職を失いかけた家庭教師にこれ以上迷惑をかけたくないと思ったからである。

また、自分が何かを相談して彼女に害が及ぶのを恐れたのだ。



自分が学校に行けないことは決定事項、覆ることがないのは解っている。

だが、ここ数年、そのためだけに頑張ってきたエレナには限界だった。

だんだんと食事をするために部屋を出ることもなくなっていった。

食事のために声をかけてもドアを開けることはない。

クリスが迎えに来て何とか連れ出すことができた日もあったが、そのクリスが声を掛けても反応のない時もあり、使用人たちは途方に暮れた。

この時点で辛うじてエレナが部屋に入れていたのは例の家庭教師だった。

彼女の呼びかけには応じて、ドアを開ける。

使用人たちは彼女に頼んでエレナの様子を教えてもらったり、食事に現れないエレナに提供してほしいと準備された食事を中に運んでもらったりしていた。


「エレナ様、お食事を一緒にお持ちしました」

「ええ……」


返事はするものの、力はない。


「今日もお勉強はせずに、お話しながらお食事をいただきましょう。私が毒見をしますから安心して召し上がってください」

「……ありがとう」


家庭教師が毒見をした食べ物が少しずつエレナに手渡される。

渡されたエレナはそれを少しずつ口に入れていくため、通常よりも時間がかかる。

しかし家庭教師はエレナが他の時間も食事を取っていないと聞いて、自分がいる時だけでも、どんなに時間がかかっても、彼女にきちんと食事を取らせたいと考えたのである。

食事を始めてからの二人はほとんど無言だった。

二人とも口の中に食べ物が入っているというのもあるが、話しかけるとエレナの手が止まってしまうため、家庭教師ができるだけ話しかけないようにしているのである。

だからといって殺伐とした空気はなく、なんとなく同じものを食べて、同じ時間を共有する、穏やかな空気が流れていた。

その空気がエレナを安心させて少しずつではあるものの、食事を口に運ばせていたのだった。



そのうち、家庭教師の声にもエレナは何の反応もしなくなってしまった。

家庭教師が声を掛けても鍵を掛けたまま出てこなくなってしまったのである。

そこでとりあえずということで、食事をドアの前において、様子を伺うことにした。

使用人たちは食事を置いてから声を掛けて、その場を離れる。

足音が離れていくのを確認したのか、しばらくするとドアが開いて、エレナは食事を中に運び入れた。

時間はまばらだが、その一瞬だけが外にいる人間がエレナの様子を確認できる機会となっていた。

エレナの部屋の入口を離れた場所から見張りをしながら、彼女の姿を確認した騎士や使用人がエレナの無事を国王たちに報告する。

離れた場所で警備をするようになったのは、エレナが部屋の前に気配を感じるとドアを開けないようだと判断されたためである。

とはいえ、中には毒見をする使用人すらいない。

食事を廊下に置いたまま誰もいない状態を作ってしまっては、見ていない時に何かを入れられてしまう可能性があり、それは大きな失態となる。

そもそも学校に行かせないのは、エレナに不測の事態を回避するためであり、そのエレナに自室で何かが起きてしまっては意味がないのである。

しばらくはそれでよかったのだが、とうとうエレナがドアを開けて食事を部屋に運び込むこともなくなってしまった。



エレナはただ自室のベッドの上に仰向けになって天井を眺めていた。

ドアの前には大きな家具が置かれ、例え合鍵などを使ってドアを開けられたとしても、簡単に中に入ることはできないようにした。

ドアが開いたとき、その隙間を細身の女性や子どもが通れるくらいの隙間は空けてあるが、これは不測の事態に自分が通れる幅を考えてのことである。

ドアの向こう側では、時々ドアを叩く音や、自分の名前を呼ぶ声がしているが、今のエレナの耳にはぼんやりとしか入ってこなかった。

エレナは部屋に少し残っている飴玉を時々口に運んでは、うとうととしてそのまま眠り、目が覚めてもぼーっとしているだけで何もすることはなくなった。

手が空いているのに、あれだけ打ち込んでいた刺繍をしようと思いつくこともなく、飴玉を見てもお菓子を作りたいとも思わなくなってしまったのである。

目が覚めたときにはほとんど覚えていないが、夢の中にいる時だけはなんとなく幸せな気がして、また幸せな時間を過ごしたくて、ただそこに行きたくて、エレナはずっとベッドの上にいるのだ。

仰向きから横向き、うつぶせにと体勢を変えては目を閉じて、エレナは何度も眠りに落ちては目覚めるということを繰り返していく。

そうしていると、だんだんと時間の感覚もなくなっていき、学校のことを考える時間も減って、怒りもなくなっていった。

同時に他のことも何もできなくなってしまったのだった。

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