勘の鋭いルームメイト
長期休暇終了の前日、寮に戻ったケインはこっそりと身につけたお守りを服の上からいじりながら机に向かって考え事をしていた。
クリスやエレナとお茶をしながら過ごした時間はやはり楽しく、クリスと一緒に学校に通っていた時代を懐かしく思い出させた。
エレナと少し距離ができてしまった時期ではあるが、あの時は毎日のようにエレナと顔を合わせていた。
あれから一年も経っていない。
それなのに、なぜか遠い昔のことに思える。
それくらい今の授業や訓練の密度が濃いということでもあり、お互いが成長したということでもある。
ちなみに久々に見たクリスは変わらず美しく儚げに見えるけどしっかりしているし存在感が増していた。
エレナも可愛らしさは変わらないのだが、女王的なオーラを放つような時がある。
最近はなぜか訓練に力を入れているらしく少し心配になる。
二人はやはり王族なのだなと、毎日会っていると忘れそうなところに目がいってしまった。
そして自分は彼らの横に立てる騎士になれるのかと少し不安にもなった。
訓練が始まれば思い起こす余裕もないのだろうが、こうして誰にも会わずに、一人で机に向かったり、ベッドに横たわったりして休憩だけをしていると、体を休めることはできるが、色々余計なことを考えてしまうのだ。
しかし実際のところ、寮の部屋はすでにケイン一人ではない。
それを勧めたルームメイトもケインと同じように早く帰ってきているのだ。
彼は休むために早く帰ってきたケインの考え事の邪魔をせず、しばらく放置しておいてくれたが、さすがにあまりにも長い時間無視されていて寂しくなったのだろう、数時間机に向かってぼんやりしているところに声をかけてきた。
「何だ、考え事か?帰ってきてからボンヤリしてるよな」
「ああ、いや、大したことじゃない」
現実に引き戻されたケインは、彼にそう答えた。
「まあ、いいけどさー。それよりどうだったんだよ」
「帰省の話か?」
「他にないだろう?……あるのか?」
「いや、ないな……。人のことを聞く前にそっちはどうだったんだよ」
寮を出る前にとりあえず帰ってきたらお土産話を聞かせてくれと言われていたのだから、逃げることはできない。
ケインは自分が何を彼に話すか考える時間を作ろうと彼に話を振った。
「こっちはな……、変わらないな。どこで働くつもりなのかは飽きるほど聞かれたけど、決まってないもの答えようがないからさ。でもそろそろ進路については真面目に考えろってさんざん言われたよ」
「そうか」
「次はそっちの番だぞ」
促されてケインはクリスたちの話を横に置いて夜の会食の日々について話をすることにした。
「こっちも変わらずだ。毎日代わる代わる興味のない令嬢と食事をする日々を過ごしたよ。この間の提案通りに早く戻ると伝えてあったけど、ギリギリまでなんかあったな」
「一人ぐらいお眼鏡に適う女性はいなかったのか?」
目を輝かせているルームメイトに対しケインは少し考えてから言った。
正直、会食をした人たちのことはどうでもよすぎて覚えていない。
「あまり記憶にないからそう言われても困るな」
「何かさ、ご令嬢たちが可哀想になってきた……」
「何でだよ……」
「誰かに決めれば済むことだろ?決まった相手がいないから期待されるんだよ」
ケインからすれば、常に思うのは一人なのだが、相手のことなど口が裂けても言えない。
話を逸らそうとケインが彼にどうなのか尋ねた。
自分だけではなく、彼にも浮いた話はないのだ。
「そっちはどうなんだ?」
「俺は期待されてないからな。長男じゃないから継ぐ家もないし、特に婚約とか結婚は急がれてない。騎士になってからの方が良縁に恵まれるかもって思ってるみたいだ。相手によっては、あちこち受けて決まったところについてこいとは言えない立場の令嬢になるしな。相手になる令嬢も、勤務地が決まって一緒に暮らせるかっていう判断基準があった方がありがたいんじゃないかって」
「そうか……」
これは使えるとケインは思って聞いていた。
自分はエレナの護衛騎士を目指しているから受けるところは一つしか考えていない。
だが騎士学校の生徒は就職が目的ならば複数の騎士団や警備隊の試験を受けるし、決定によって勤務地が変わるのだ。
進路が決まっていないしどこに行くか分からない、というのは学生の間の人避けに使えるだろう。
そんなことを考えているケインにルームメイトは出かける前に聞きたかったらしきことを口にした。
「なあ、本当は思う人がいるんじゃないのか?」
「……」
思わず黙り込んだケインに、ルームメイトは間違っていなかったと確信したらしい。
「やっぱり、そうだよなー。そのお嬢さんとは上手くいきそうなのか?」
彼はこういうところに鋭い。
人をよく見ているからかもしれないし、才能かもしれない。
ごまかしきれないと観念してケインは慎重に答えた。
「かなり頑張らないと手の届かないところにいるな」
「ふぅーん」
意味ありげにそう口にして、ルームメイトはニヤリと笑った。
「変な噂流すなよ?」
ケインが顔をしかめると笑いを引っ込める。
そうは言ったものの、彼の口が堅いことは分かっている。
そもそも口の軽い相手だったらごまかせないとしても断固否定しているところだ。
「わかってるよ。で、そのお嬢さんには休み中会えたのか?」
「ああ、会えた……」
「そりゃよかった。でも会えたんなら何で進展させてこなかったんだよ。そのくらいできたんじゃないのか?」
彼の言うことはもっともだ。
相手が普通の貴族のご令嬢ならば話を進めることができたに違いない。
しかし自分はまだ呼ばれなければ横に立つことすら許されない存在なのだ。
どう切り抜けようか考えていた時、クリスがお茶をしながらうちの両親がごめんねと謝っていたことを思い出した。
「いや、それはできない。高い壁があって……むしろ彼女の両親がせっせと俺に縁談の話を持ち込んできているんだ」
この言葉を聞いて、ルームメイトは彼女との付き合いに何らかの理由があると受け取ったらしい。
身目麗しく騎士学校でも優等生、王太子のクリスからお茶に誘われるような男なのだから引く手あまたなのは分かる。
自分に娘がいたらこんな優良物件は放っておかない。
だから実際に縁談の話が多いのだろうが、肝心のご令嬢が振り向いてくれないのは切ない。
最初は相手の両親が反対しているのかとも思ったが、もしかしたらご令嬢が気後れして困っているから、娘の代わりに彼に縁談を持ってくるのだろうか。
ルームメイトは居たたまれなそうに言った。
「それは何というか、同情するな……。ご令嬢の両親の紹介って、善意か悪意か分からないし」
その言葉を聞いたケインは複雑な笑みを浮かべた。
正直善意か悪意かなどと考えて選択する余地はない。
両親が断れないのは国王と王妃からの依頼のためだ。
そして彼らは、自分がエレナに相応しくないからという理由でこの縁談を持ち込んでいるわけではなさそうなのだ。
ケインは複雑な思いを抱きながら、これからのことを話し始めた。
「まずは王宮の騎士団に入るために頑張るよ。騎士団に入団すれば人生が悪い方に傾くことはないだろう。良縁に恵まれなくても生活に困ることも、肩書に困ることもないんだから」
「そうだな……」
確かに生きていくために職を得る必要がある。
ケインには将来継ぐ家があるのだが、親はまだまだ現役だ。
今のうちにできることをしておきたい。
一方のルームメイトもケインにそう言われたら確かにそうだと思っていた。
自分の場合は絶対に職につかなければならないという事情がある。
卒業までに職を決めるため色々なところを受けたいが、中には給金の安いところもあるし、騎士の学校を出たのに警備の職に就いたら能力が低いと見下されることもあるかもしれない。
一方で騎士団に入団できたら確かに生活にも肩書にも困らない。
考え込んでしまったらルームメイトにケインは言った。
「明日からそんなこと考える余裕はなくなるだろうから、こんな話ができるのも今のうちだな」
「あー、それ考えると憂鬱になるわ。今更引けないけどさ」
ベッドに転がりながら、座ってお茶をしながらのんびりと過ごせるのは今日まで。
翌日からはまた訓練の日々が待っている。
実践的な訓練は基礎訓練よりはるかに体力と精神力を消耗するので、寮に戻ってきても食事をして寝るだけの生活だ。
考え事をする余裕などない。
こうして過ごした翌日、ケインの騎士学校での生活は再開されたのだった。




