止まらない訓練への熱意
ケインは短い昼の時間、できるだけ王宮に足を運ぶようにしていた。
夜は、家族同士の会食と称したケインの婚約者の座を狙う者たちとの縁談で時間を取ることができなかったのだ。
ケインの空いている時間が昼ということもあり、面会で一度に取れる時間は限られている。
学生時代は毎日のことだったので、そのような時間はとても懐かしく思えた。
毎日来るようにという招待はクリスの提案である。
連日の縁談、時には連絡もなく押し掛けてくる礼儀知らずもいるようなので、ケインが王宮に来るのは避難の意味もある。
クリスに呼ばれていると説明されて王宮に押し掛けてくるような者はいないし、そのためにクリスは書面を送っている。
それを見せれば、ほとんどの昼の招かれざる客は帰っていくということで、本人さえいなければ対処ができるようになっているのだ。
そうして連日、昼は王宮、夜は会食という休みない時間を過ごして、いよいよ寮に戻る日が近づいてきた。
そんな日のお茶の時間、クリスとケインの話を聞いていたエレナが突然ケインに質問を始めた。
「ケイン、お兄様たちは、私は剣なんて使えなくても大丈夫だと言うのだけれど、やっぱり使えた方が何かといいと思わない?」
「どうされたのですか、急に……」
困惑したように言ったケインだが、クリスから話を聞いていたこともあり、こういう話が出ることは想定していた。
おそらくクリスもそう考えたからこそ、帰省最初のお茶会にその話題を出したのだろう。
そんなこととは知らないエレナは話を続ける。
「この間、ブレンダに案内されて街に行ったでしょう?私には護衛もついていたし、ブレンダは安全なところしか私を案内しなかったみたいだけれど、道を間違えたら治安が悪いと聞いたのよ。でもあれだけ人がいるのだもの、そこに生きている人がいるということでしょう?」
その場所を歩いていても獣などに襲われるわけではない。
人が住めるところなのだから、自分が強ければその場所を歩くことも叶うのではないかとエレナは思った。
「それはそうだね。でも、だからエレナが強くならないといけないっていう理由にはならないでしょう?」
「市井の民が歩けるところを私が歩くことができないなんてなんだかおかしいし、治安が悪いと知っているということは、騎士団の皆はそこを普通に歩いているのよね」
騎士たちが交代で街の見まわりをしているのは聞いている。
女性であるブレンダも見回りのために街を歩いているが、それができるのは対峙する力があるからだろう。
騎士団には貴族の令息令嬢もたくさん在籍しているし、貴族だから見回りしていないというわけではないはずだ。
もしそうなら貴族の令嬢であるブレンダだって見回りで街を歩くことはない。
この言葉を聞いたケインはクリスが言っていたのはこの事かと理解した。
とりあえず、ケイン個人としてもエレナを騎士にするつもりはないので、訓練から離す方向で話を進めようと思って言った。
「確かに騎士たちは強いです。騎士団はそういう集まりですから。そもそも治安の悪いところに騎士がいるのは牽制のためではないでしょうか?彼らが見回りしているから犯罪が抑制されるのでは?」
「本当に安全なら、私一人が街を歩くのにあんなに護衛はいらない気がするわ。それに市井の人たちは、もし一人でいる時に何かあったらきっと自分で対処できるのでしょう?私にあれだけの護衛がつくのは私に強さが足りないからでしょう?私は街に行くにしても皆に大きな負担をかけたいわけではないの」
次にご褒美をくれると言う話が出た場合、また街に行きたいと言えばクリスがそういう手配をしてくれるに違いない。
前回、いたるところに騎士たちがいて、離れた場所から自分たちを見守ってくれていたということを知っていた。
だからなのか、街で怖い思いをすることはなかった。
「エレナの気持ちは嬉しいけど、エレナに何かあったら大変だからね。どうしても護衛をつけないわけにはいかないよ。それはわかっているよね?」
「ええ。でも街の人たちは大人も子供も一人で買い物をしたりしていたわ。そういう生活を送っているから、彼らは自立した大人になれる、そんな気がしたのよ」
確かに庇護された中で生活をしている貴族より、何の庇護もなく生活している市井の者の方が生きていくために必要なことをよく知っている。
子供のころから働き始めて、お金を稼ぐことを学ぶのだからそれは間違っていない。
「確かに貴族とは別の意味で自立は早いかもしれないね。でもエレナ、王族としての役割を果たすことは仕事をしているのと同じなんだから、自立している扱いになるよ?」
「それでも、人に守られずに自立した大人の女性になるために強くなることは必要なことでしょう?」
「エレナ様、自立をするのと強くなるのは別問題かと思いますが……」
「ケインならわかってくれるって思ったのだけれど……。ケインは騎士学校に通っているのだから専門の先生から色々教わっているのでしょう?だから何か強くなるための方法を私にアドバイスをしてもらえないかしらって思ったの」
エレナはケインに話を振ってみたが、ケインはなぜ自分なら理解されると思ったのか分からない。
クリスは自分で返してねと言いたげにケインの方を見ているだけだ。
「エレナ様、騎士団長に色々教わっているのですよね?」
「ええ。あとはブレンダにも教えてもらっているわ。護身用にナイフを使えるようになったわ。あとは弓も教えてもらって、剣は……まだ一番軽い物を持ち上げるので精一杯なの。実戦では使えないわ」
それは体力や筋力、経験の問題だとクリスもケインも分かっている。
たぶんエレナもそう思っているからこそ、訓練の回数を増やして追いつこうとしているのだろう。
ただ、それを口に出したらエレナが筋力をつけるための訓練を始めるに違いない。
もうすでにしているのなら量を増やすかもしれない。
迂闊なことは言えないので、ここはベテランに任せようとケインは発言する内容を考えた。
「私が知る限り、王宮の騎士団長はこの国で一番能力の高い人です。そしてその次に体調たちがいて近衛騎士たちがいます。国のトップである騎士団長に直接指導してもらえているのですから、私に聞きたいことは騎士団長に聞いた方がいいです。私が間違えたことを教えてしまってはいけませんから」
「そう……。お兄様は剣の持ち方をアドバイスしてくれたのだけれど……」
その言葉を聞いたケインは思わずクリスの方を見た。
エレナが訓練に夢中になっていて困っているのではなかったのか、なぜ手伝っているのかと口には出さないがそんな目だ。
クリスはすぐにケインの言いたいことが分かったのか、首を傾げながら笑顔で言った。
「僕は剣を持ち上げるエレナの体を支えただけだよ。騎士団長含めて不測の事態でもないのにエレナに触れるなんて不敬になってしまうからね。騎士団長も本当は手を取って教えたら早いとは思っていたみたいだし、実際にやってるのを見たら危なっかしかったから」
「それはどういう……」
「構えようとして、剣先を上に向ける時に体がふらついてたの。剣に体を持っていかれてしまうんだ。だから持ち上げた時に後ろでエレナがひっくりかえらないように後ろに立って、体と腕を支えてあげたの」
「ああ、剣は重たいからですね……」
エレナが剣を力技で持ち上げようとして、うまく重心がつかめなかったということだろう。
剣に体を持っていかれ、どこかにぶつかったり転んだりして怪我をするかもしれないし、落としても危険だ。
それなら支えてあげた方がいいと判断したのだろう。
「お兄様のおかげで持った時の感じがつかめたのよ!だから頑張れば、騎士にはなれないかもしれないけど、剣を使えるくらいにはなりたいと思っているわ」
エレナは目を輝かせて言った。
「あまり無理をしないでください」
「大丈夫よ?」
「エレナ様……私からエレナ様を守る役目がなくならない程度にお願いします」
エレナはケインが護衛騎士として自分を守ろうとしていることを理解していた。
剣を使えるクリスですら、常に護衛がついているのだ。
とりあえずクリスのレベルまで訓練をしてもケインの仕事はなくならないだろうとエレナは解釈した。
「わかったわ!とりあえず頑張るのは、お兄様と肩を並べられるくらいまでにしたいと思うわ」
エレナの導き出した答えにクリスとケインは顔を見合わせて苦笑いすることしかできないのだった。




